第九十三話 ヴァルト兄さんも貴族に その一
お城からラノフェリア公爵邸へと戻ると、買い物から戻った女性たちが真新しいドレスを着てはしゃいでいた。
「エルレイ!お姉ちゃんの服はどうかな?」
俺が帰って来た事に気が付いたアルティナ姉さんが駆け寄って来て、俺の前でくるりと一回りしてドレスを見せてくれた。
「鮮やかな黄色がアルティナ姉さんによく似合っていて美しいです!」
「エルレイに褒めて貰えて嬉しい!」
アルティナ姉さんは、新品のドレスがしわになる事も気にせずに俺に抱き付いて来た。
俺もアルティナ姉さんの抱擁で、戦争で疲れた心が癒されていくような感じがする…。
アルティナ姉さんに抱きしめられている時だけが、気を緩めて安心していられるんだよな…。
シスコンと言う訳では無いが、弟として姉に甘えられる時間と言うのは何とも心地いい物だと、エルレイに転生して気付かされたことだからな。
「エルレイ!いつまで抱き付いているのよ!」
そんな安心できる時間をルリアによって引きはがされてしまった。
ルリアがアルティナ姉さんに嫉妬したのかと思ったが、ルリアの後ろにいたリリーが悲しい表情をしている事から、リリーの為に俺とアルティナ姉さんを引きはがしたのだと分かった。
「ちょっとルリア!エルレイを可愛がる時間を邪魔しないで頂戴!」
「アルティナはいい加減弟離れしないと、婚約者から嫌われるわよ!」
アルティナ姉さんとルリアが言い争いを始めてしまったが、俺には間に入って止める勇気は無いな…。
俺が間に入ると間違いなくこじれるだろうし、最悪二人から殴られる事になる。
かと言って、このまま言い争いを続けさせて喧嘩になってしまうのは避けなければならない。
喧嘩になれば、ルリアが圧勝するのが目に見えているからな。
仕方がない…殴られるのを覚悟して二人を止めるしかなさそうだ。
「アルティナ、お止めなさい!」
俺が止めようと一歩前に踏み出したところで、母がアルティナ姉さんを叱って止めさせてくれた。
アルティナ姉さんも母には頭が上がらないから、渋々引き下がって行ってくれた。
ルリアの方は、勝ち誇った表情でアルティナ姉さんを見ていたが…。
「ルリア、貴方もですよ!」
ルリアの母アベルティアがルリアの背後から近づいて来て平手で頭を叩いた。
「お母様!ごめんなさい…」
ルリアが素直に謝る所を始めて見たかもしれない。
ラノフェリア公爵も、ルリアが戦場に行く時にアベルティアに許可を貰いに行こうとしたろことを止めていたし、相当怖いのかもしれないな。
俺もアベルティアは怒らせない様にしようと思った…。
「ルリアもエルレイ君に抱き付きたいのだったら遠慮しないで良いのよ」
「ちっ、違のよお母様!」
「婚約者なのだから恥ずかしがる必要は無いのですよ」
ルリアは顔を真っ赤にしてアベルティアに必死に弁明しようとしているが、どう言いつくろった所で俺とアルティナ姉さんの抱擁を引きはがした行為は、他人からは嫉妬したとしか見られないんだよな…。
だからルリアを助けるべく、俺はルリアの背後から抱きしめてあげた。
「エ、エルレイ!」
ルリアは一瞬俺を引きはがそうと力を入れたが、目の前にアベルティアが居るからかその力は抜けて行ってくれた。
「ルリア、今日のドレスも可愛くてよく似合っているよ」
「…馬鹿、リリーを先に褒めてやりなさいよ…」
「うん、リリーの事もちゃんと褒めてあげるよ」
皆に見られている中で俺もかなり恥ずかしかったが、アベルティアと母にもルリアと仲がいいところを見せられたのは良かったのだろう。
ルリアから離れた後はリリーの所にも行って抱擁してあげた。
「エルレイさん、幸せです…」
「僕も幸せな気持ちだよ…」
リリーの事は可愛いと思うが、やはりこうして抱きしめていると妹を可愛がっているような気持になるな。
リリーも婚約者なのだからそんな気持ちではだめなのだろうが、リリーが成長するまでの数年間この気持ちが変わる事は無いのかもしれない。
リリーの抱擁を解き、ルリアに明日の予定を聞いて見る事にした。
「ルリア、明日も買い物に行くのだろうか?」
「そうよ…」
ルリアはあまり買い物に行きたくは無いのか、少しだけ表情をゆがめていた。
アベルティアが色々とルリアを着せ替え人形の様に着替えさせている様子が容易に想像できるし、気持ちは分からないでもない。
だから、少しでも買い物に行きたくなるようにと、小声でお願いをしてみる事にした。
「ルリア、ロゼとリゼにも服を買って来ては貰えないだろうか?」
「それはドレスをって事かしら?」
「いや、普通の…街の人が着ている様な服が良いのだけれど、無理だろうか?」
「ちょっと難しいわね…二人に服を贈りたいのであればエルレイが買ってあげた方が喜ぶんじゃない?」
「そうなんだけれど、今の僕はお金を持っていないからさ…」
「それもそうね。すぐには無理だけれど何とかしてみるわ」
「お願いします…」
贈り物を買うお金も持っていないのが非常に情けないが、こればかりはどうしようもない。
ルリアもその事は分かってくれているから、苦笑いしながらも了承してくれた。
でも、今回の戦争で活躍したし、今度こそ領民が居る領地を貰えるだろうから、俺の手もとにお金が入って来る事になるだろう。
その時に改めてロゼとリゼには、今までの感謝を込めて贈り物をしたいと思う!
翌日も俺は馬車に乗り込んで王城へと向かっていた。
しかし、今日の主役は俺では無くヴァルト兄さんになる事は間違いない。
俺の隣に座っているヴァルト兄さんは、呪文のように同じ台詞を繰り返していた。
俺も必死になって覚えたから気持ちは良く分かるし、俺のも新たな領地が与えられる事になるだろうから言わなくてはならないだろう。
俺もヴァルト兄さんと同じく台詞を間違えないように思い出す事にした。
馬車はお城へと到着し、昨日ラノフェリア公爵に挨拶した時より緊張しているヴァルト兄さんと一緒に王城へと入って行き、ラノフェリア公爵の執務室へとやって来た。
そこでメイド達から身だしなみを整えて貰い、国王との謁見の時間が来るまで待つ事になる。
「先に行っているから頑張ってね」
ネレイトはマデラン兄さんを連れて先に部屋を出て行った。
マデラン兄さんは見学に来ただけなので、謁見の間にて俺達を見守る事になる。
出来れば俺も見学するだけにして貰いたいが、新たな領地を授けられる事になるのだからそう言う訳にはいかないよな…。
「ヴァルト、エルレイを見習って落ち着け!」
「は、はい!」
俺は二度目だから落ち着いていると言うより、ヴァルト兄さんが緊張しているから落ち着いていられるといった感じだ。
でも、このままの状態で国王の前に行ったら失敗するのは目に見えているな。
ヴァルト兄さんの緊張を少しでも和らげてやろうと、俺はヴァルト兄さんの手を取って俺の頭に乗せてやった。
「エルレイ?」
「ヴァルト兄さん、いつもの様に撫でてください」
俺がそう言うと、ヴァルト兄さんは首を傾げながらも優しく頭を撫でてくれた。
「そうでは無く、いつもの様に力を入れて!」
「こうか?」
ヴァルト兄さんは何時ものように力を込めて俺の頭を撫でまわしてくれた。
お陰で俺の髪はぐしゃぐしゃになってしまったが、ヴァルト兄さんはいつものような落ち着きを取り戻したみたいだ。
「エルレイ、ありがとうな!」
「いいえ、僕も落ち着きました!」
ヴァルト兄さんはいつもの笑顔を浮かべ、更に俺の頭を撫でまわしていた。
俺の髪をセットしてくれたメイドさんには悪いが、ヴァルト兄さんの緊張がほぐれたのは良かった。
その直後騎士からの呼び出しがかかり、メイドさんが慌てて俺の髪を直してくれから部屋を出て行った。
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