第九十二話 イクセル第二王子との会談

イクセル王子の部屋に入り奥の部屋に進んで行くと、ソファーで寛いでいるイクセル王子と先程見かけた横幅の広い中年の男性が談笑していた。

「来たか」

イクセル王子は俺にも座るようにと言って来た。

「失礼します」

俺は横幅の広い中年の男性から少し離れた位置に腰掛けた。

「儂はトラウゴッド・フェル・ポメライム公爵。アリクレット男爵よろしく頼むぞ」

「ポメライム公爵様、エルレイ・フォン・アリクレットです。よろしくお願いします」

横幅の広い中年の男性はポメライム公爵と名乗り俺に笑顔を向けてきた。

中年のおじさんの笑顔を見せられても暑苦しいだけだが、相手は公爵だから俺も笑顔で応えた…。


「アリクレット、私は面倒な言い回しは嫌いだから単刀直入に言う。私の味方になれ!

私の味方になれば、そこにいるトラウゴットが貴様の望む物を何でも用意してくれるぞ!」

イクセル王子がポメライム公爵に顎をくいっと上げて合図をし、ポメライム公爵が手を叩いて控えていたメイドを呼び付け指示を出していた。

そして、そのメイドが隣の部屋に消えたかと思うと、十人の着飾った女性を連れて戻って来た。

「どうだ、好みの女が居ればこのまま持ち帰って構わんぞ!」

イクセル王子の言葉に心が少し動いてしまった…。

ラノフェリア公爵に注意されて気を引き締めて来たが、目の前に綺麗な女性を並べられれば、男としては多少動揺しても仕方が無い事だと思う…。

貴族の子女たちばかりなのだろうし、化粧をして美しいドレスで着飾っていれば皆美人に見える。

それと男性を誘う為だろう、胸元が普通のドレスより大きく開いている気がする…。

男としては、胸元の視線を奪われてしまうのは仕方が無い事だろう?

しかし、ここで誘惑に乗ってしまう訳にはいかない!

俺はぐっと我慢して視線を女性達からイクセル王子へと戻した。

イクセル王子は俺の心情を読み取ってか、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。


「気に入った女がいた様だな?」

いました!

とは言えないので断るしかない。

「いいえ、男爵の僕の為にわざわざ用意して下さったのはとても喜ばしい事でございますが遠慮させて頂きます」

「そうか、貴様は金の方が好みなのだな」

今度は俺の前に大金を出して来たが、俺の心は大金で揺るぐ事は無いのですぐに断る事が出来た。

イクセル王子の機嫌は目に見えて悪くなり、苛立った声で俺に問いかけて来た。

「貴様は何が望みだ!言って見ろ!」

「僕の望みは平穏に過ごせる時間です」

戦争から帰って来たばかりだと言うのに王城に連れて来られ、ストレスの溜まる王子との会談をさせられているからな。

今の望みを素直に伝えたのだが、イクセル王子は大きな笑い声をあげて笑った。


「あははははは、平穏に過ごせる時間だと?

そんな時間何処にでも転がっているだろう!

私なんか毎日退屈で死にそうなくらいだ!」

仮にもヴィクトル第一王子を退けさせて王位に就こうとしているイクセル第二王子が、退屈で死にそうと言ってはならないだろう。

王位に就くために必死になって勉強しているとでも言えば、俺の印象も変わったと言うのにな。

笑うイクセル王子を庇う様にポメライム公爵が口を挟んで来た。


「ロイジェルクの所にいれば、そんな時間は永遠に訪れまい。

ロイジェルクに何を言われているかは知らぬが、今後も奴に使い続けられる事になるのだぞ。

アイロス王国が終わり、次はルフトル王国とラウニスカ王国との戦争を企んでおるはず。

こちらに来れば、下らぬ戦争に加担せずに済むぞ!」

ポメライム公爵の言葉に俺の心は揺れ動いた…。

アイロス王国との戦争が終わった今、元から隣接していたルフトル王国とアイロス王国の北にあるラウニスカ王国と隣接した事になる。

ソートマス王国はアイロス王国を吸収した事で大国へとなり、隣国はソートマス王国を脅威とみなすだろう。

ラノフェリア公爵が戦後の事を考えていないとは思えないし、また戦争に駆り出されるのかと思えば嫌になって来る。

「私は戦争は嫌いだが、ルフトル王国との戦争は避けられまい。

しかし、それ以上の戦争は望まぬ。悪い事は言わぬ、私に着け!」

「そうだぞ!イクセル様は平和を望んでおられるのだ!

ルフトル王国との戦争を避けられぬのは如何ともしがたい事だが、イクセル様に任せておけばそれ以降は平和なソートマス王国になるのは間違いない!」

二人が言う通り、ラノフェリア公爵に着いていれば戦争に巻き込まれるのは間違い無い事だろう。

だが、二人もルフトル王国との戦争はするつもりの様だ。

このまま二人の意見を鵜呑みにするのは危険すぎる気がする。

「折角のお誘いですがお断りさせて頂きます」

「ふん、まぁ良い!戦うのが嫌になれば何時でも私の所に来い、力になってやるぞ!」

「はい、失礼します」

俺が断ると、イクセル王子は素直に退出を許可してくれた。

もう少し引き留められるかと思ったが解放されて本当に良かった…。

部屋を出た所で背伸びをして深呼吸したい所だが、誰が見ているか分からないと言うか、騎士が見ているからそんな事は出来ない。

背筋を伸ばして騎士にラノフェリア公爵が待っている所まで連れて行って貰った。


「随分とやつれているな」

ラノフェリア公爵は俺の表情を見て苦笑いをしていた。

表情には出さない努力をしていたつもりだが無駄だったみたいだ。

「疲れました…」

「そうであろうな。色々言われて疑問を抱いたのではないか?」

ラノフェリア公爵には二人が俺に対して何を言ったのか想像できているみたいだ。

それならば疑問に答えて貰おうと、二人から言われた事をそのままラノフェリア公爵に伝えた。


「戦争か、確かにアイロス王国を落とした今となっては、ラウニスカ王国が此方に攻め込んでくる可能性はゼロでは無い。

しかし、ルフトル王国が此方に攻め込んで来る事は無いぞ!」

「そうなのですか?」

「うむ、エルレイ君も調べれば分かる事だろうが、ルフトル王国がソートマス王国に攻め込んで来た事は一度たりとも無いのだ。

ルフトル王国と隣接している他の国にも、ルフトル王国が攻め込んだ事は一切ない。

ルフトル王国は少し変わった王国で自国を守る事しか興味が無いのだ。

説明しただけでは分からぬだろうが、私はルフトル王国との和平を望んでいて戦争は望んでいない。

ルフトル王国との戦争を望んでいるのはドラウゴッドなのだ」

「そうなのですね…」

ラノフェリア公爵の話が正しいとすると、あの二人は俺に嘘を吐き戦争の道具として使いたかったという事なのだろう。

「エルレイ君が、難攻不落のアイアニル砦を落とせると思っていなかった二人は焦っておるのだ。

エルレイ君の活躍により、ヴィクトル第一王子の王位継承は揺るぎないものへとなり、イクセル第二王子が再び王位継承の椅子を狙う為にはルフトル王国を落とす必要がある。

だが、国王陛下もルフトル王国との戦争には難色を見せておるので軍を動かす事も難しい。

となれば、力を持ったエルレイ君に頼って来るのは必定と言うものだ」

「なるほど…」

「あくまで私の考えであって、最終的にどちらに着くのかを決めるのはエルレイ君だ」

ラノフェリア公爵は真剣な表情で俺の目を見て来た。

今どちらかに着くかと問われればラノフェリア公爵を選ぶ。

ただそれは、ラノフェリア公爵の方が付き合いが長く人となりを知っているからと言うのが大きく、イクセル王子とポメライム公爵の方が正しい事を言っている可能性も否定は出来ない。

でも俺はルリアとリリーの事が好きだし、二人との婚約解消は絶対避けたいと思っている。

ルリアと出会って殴られた時には、ルリアの事を好きになるとは思っていなかったんだがな…。

俺が思っている以上にルリアの事が好きになっている事実を再確認すると、自然と笑みがこぼれて来た…。


「ラノフェリア公爵様を信じます」

「そうかね?そんな事を言えば私はこれからもエルレイ君の事を使い回す事になるぞ」

「承知の上です!ですが、その分の見返りも頂けますよね?」

「はっはっはっ、分かった、ちゃんと用意しておこう!」

ラノフェリア公爵には、これまで色々やらされて来たし危険な目にも遭った。

でも、ルリアとリリーの可愛い二人を婚約者に貰ったし、ロゼとリゼと言う素晴らしいメイドも与えて貰った。

男爵はおまけみたいな物だったが、それでも貴族にもして貰ったからな。

今更ラノフェリア公爵を裏切るような恩知らずにはなりたくはない。

これからもこき使われるだろうが、ラノフェリア公爵に着いて行こうと心に決めた。

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