第八十九話 アイロス王国より帰還

アイアニル砦で五日間、アイロス王都まで十日間、俺は一人で兵士達の為に風呂を用意してやる事になった。

アイアニル砦にアイロス王国軍とソートマス王国軍の一部が残る為、アイロス王都までの十日間は約半分に減ったが、それでも行軍後に用意するのはとても大変な作業だった。

お湯を作り出す事が出来るリゼには刺激が強すぎる為遠慮して貰ったが、風呂を作れるロゼにも手伝って貰う事は出来なかった。

ルリアが一人で戦争を終わらせた事に対する罰だと、ロゼに手伝いをしないように言ったからな…。

軍からは感謝されたが、ルリアからは恨まれる事となってしまった。

まぁ、ルリアに恨まれようと、あれ以上ルリアを危険な目に遭わせたくは無かったからな。

今でもあの時の光景を思い出すと、ルリアを失う恐怖に震えてしまう…。

あんな思いは二度としたくは無いので、ルリアに恨まれようと殴られようと、今後も事前に危機を排除して行こうと誓った!


アイロス王都までの道のりは順調に行き、途中で戦闘になる事も無かった。

アイロス王が戦死し、アイロス王国軍が敗北を認めた事を通達していた事で抵抗しても無駄だと理解してくれたのだろう。

王都内に入る時も警備兵たちは素直に入れてくれたし、お城を守っている騎士達も抵抗はしなかった。


「やっと着いたのね…」

「疲れました…」

「うん、でもこれで僕達は帰れるはずだよ」

ルリアとリリーは慣れない長旅の生活に疲弊していた。

いくら家を用意したとはいえ、公爵令嬢と元王女に馬に乗っての長旅は大変だったみたいだ。

しかし、そんな大変な旅も今日で終わりだし、実家に帰って暫くゆっくりと過ごしたいと思った。

「このお城も魔法が効かなかったりするのかしら?」

「どうだろう?アイアニル砦とは少し違うように見えるけれど…」

アイロス城の壁の色は薄暗い灰色をしていて、アイアニル砦の黒色とは少し違うように見えたけど…。

「ルリア、魔法は撃たない様に!」

「分かっているわよ!」

ルリアがお城の玄関の壁を見つめていたから注意したが、何も言わなければ魔法を撃ち込んだはずだ。

でも、ルリアではないが俺も気になるから玄関の壁まで行って触ってみる事にした。

「魔力を吸われるような事は無いから、アイアニル砦とは違うと思う」

「そう、でもいい色のお城では無いわね!」

「確かに…」

灰色の城は、魔王が住んでてもいいような雰囲気があるな。

ルリアとお城の壁の色の話をしていると、お城の玄関を守っていた騎士が説明してくれた。

「このレンガの色は、この地方で採れる粘土の色で非常に丈夫な事で有名なのです」

「ありがとうございます」

そう言えば、街に建てられていた家々もこの壁の色に近かったかもしれない。

非常に丈夫と言われれば、俺もその粘土を使って何かを作ってみたいと思ったが、それは落ち着いてからの話だな。


俺達はお城の中に入り、適当な部屋に入ってソファーに座った。

「酷いものね…」

「逃げ出す方の身にもなれば当然のことではないかな?」

「私もそう思います…」

「あっ!別にリリーの事を責めた訳では無いのよ。ごめんなさい…」

ルリアが酷いと言ったのは、お城を飾っていたと思われる物が一切無くなっていたからだ。

金目の物は全て持ち出されてしまっていて、広い殺風景な廊下が続いているだけだった。

ソファーやベッド等の大型の家具だけは流石に持ち出されておらずにそのまま置かれていたので、俺達が座って休むことが出来たと言う事だ。

リリーも逃げ出す時には逃亡資金として何か持ち出したのかもしれない。

いいや、リリーはそんなことしないだろうから、ロゼとリゼが気を利かせて持ち出していたのだろう。

リリーは当時を思い出してしてかうつむいてしまい、ルリアが謝罪を込めてリリーの頭を抱きしめていた。

少し暗い雰囲気になった所で、ロゼとリゼが紅茶とお菓子を用意して来てくれた。

俺は紅茶を飲みながら、雰囲気が良くなるように出来るだけ明るい話をしていった。


「歓談中の所失礼する」

俺達が部屋でくつろぎながら話している所に、ダニエル軍団長がやって来た。

俺は慌ててソファーから立ち上がり、ダニエル軍団を迎え入れた。

「僕に何か御用でしょうか?」

「いや、用事と言う程の物では無い。

アリクレット男爵、貴殿の役目は終わり、帰還を許可しに来た」

「ありがとうございます!」

やっと帰ることが出来るので素直に喜び感謝を伝えた。

「貴殿が帰る事で兵士達からの不満が出るやもしれんが、ここまで楽をさせて貰ったからには俺達もしっかりと仕事をしなくてはならないからな」

「はい、よろしくお願いします!」

ダニエル軍団長は笑いながらそう言って、部屋を出て行った。

ソートマス王国軍は、これからアイロス王国の掌握に勤めるのだろう。

アイロス王国軍は機能しておらず残された敵は極僅かだろうから、俺の出番は無いと言う事だ。


「ルリア、リリー、帰ろうか!」

「えぇ、そうしましょう!」

「はい、帰りましょう!」

ルリアとリリーは元気よくソファーから立ち上がり、俺の傍へとやって来て手を繋いだ。

どうやら二人はここから転移魔法で帰れると思ったみたいだが、ラノフェリア公爵から転移魔法を他人に知られていい許可を貰っていない。

俺もこの場から転移魔法で一気に帰りたい気持ちは同じだが、手順を踏んで帰るしか方法は無い。

その事を二人に説明しなくてはな…。

「面倒な事ね!帰ったらお父様を説得して使用許可を貰うわよ!」

「うん、僕も使えた方がいいのでお願いするよ」

ルリアがラノフェリア公爵の説得に成功すれば、俺としても大助かりだから頑張って貰いたい!


という事で、王都の外まで兵士達に送って貰い、そこから飛んで人気のない場所を探してから、転移魔法で実家まで帰って来た。

「私達は部屋に戻っているわね!」

「エルレイさん、失礼します」

ルリアとリリーは、俺の部屋に到着するとすぐに自室へと戻って行った。

俺もこのままベッドにダイブして眠ってしまいたいが、家族に無事帰還した事を報告しなくてはならないだろう。

俺は部屋を出て父の執務室へと向かって行き中へと入って行った。


「エルレイ、大活躍だったそうじゃないか!」

父の執務室に入るなり駆け寄って来て頭を力一杯撫でて来たのはヴァルト兄さんだった。

「ヴァルト兄さんはどうしてここに?」

「俺は父さんから呼び出されてって、エルレイは何も聞いていないのか?」

「えっ!?父上話が見えないのですが?」

俺は頭に疑問符を浮かべながら父に尋ねてみた。

「うむ、エルレイには話していなかったな。

エルレイが戦争より戻り次第、家族全員で王都に行く事になっている。

エルレイは転移魔法で私達全員を送る事は可能か?」

「はい、それは可能ですが…全員と言うと母上達もでしょうか?」

「そうだ、転移魔法に人数制限があるのだったか?」

「人数制限はありますが、数回往復すれば全員送る事は可能です」

「エルレイは戦争から戻ったばかりで大変だろうが、明日には王都に向かいたい。

エルレイ、頼んだぞ!」

「はい、分かりました」

父は珍しく急いでいる様子だったので俺も承諾したが、せめて一日くらいゆっくりと休みたかった…。

父の執務室を後にし、母とアルティナ姉さんに帰宅した事を伝え、その後ルリアとリリーに明日には王都に向かう事を伝えに行った。


「はぁ、お父様も相当急いでいるみたいね…」

「あぁ、やっぱりラノフェリア公爵様が何か企んでいるのか?」

父が急ぐ理由は、ラノフェリア公爵絡みでしか無いのは予想できていた。

ルリアが何か知っている様子だったから聞いて見たのだが…。

「エルレイ、少し考えれば分かる事でしょう!」

ルリアに考えろと言われて、俺の家族全員が王都に呼ばれる理由を考えて見た…。

今回の戦争で手に入れたアイロス王国の件だと言うのは間違い無いだろう。

砦しか無かった俺の領土が多少増える事は分かっているが、それに父やヴァルト兄さんまで関係して来るのか?

アイロス王国の領土はソートマス王国に比べると少し狭いが、その領土を治めるとなれば多くの貴族が必要になってくる?

それでヴァルト兄さんにも領地が与えられたりするのか?

この考えが正解かどうかは分からないが、そうなればヴァルト兄さんも貴族となるので喜ばしい事だ。

「エルレイ、明日からまた忙しくなるから今日は休みたいの!」

「あぁすまない。邪魔して悪かった…」

ルリア達の休息を邪魔しては悪いと思い、俺は自室に戻ってから改めて考え直す事にした。

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