第八十六話 アイアニル砦へ侵攻 その九

≪アイロス王国軍 トリステン視点≫

俺の呼びかけに応じて、少年の魔法使いが俺の目の前に下りて来た。

本当に下りて来てくれるとは思っていなかったが、敵だらけの中に下りて来れる勇気の持ち主であると同時に、話の通じる相手だと言う事が分かりひとまず安堵する。

上手く話を進める事が出来れば、これ以上の破壊活動を止めさせることが出来る。

俺は慎重に言葉を選びながら少年に語り掛けて行ったが、カールハインツが割り込んできた。

全く融通の利かない奴だ…。

このまま俺が少年と交渉を続ければ、どの様に転んだとしても責任は俺一人で被ればいい事になる。

一人身の俺ならばどこに行っても生活は出来るし、最悪殺される事になったとしても悲しむ者は居ない。

妻子あるカールハインツは黙って見てればいい物を…。

カールハインツはそれを理解した上で俺に下がれと命じて来た。

馬鹿な奴だが、それだけに仲間からの信頼も高い。

カールハインツが少年に対して敗北を認めれば、反抗する兵士も少ないだろう。


「はぁ」

俺は額に手を当て天を仰いだ…。

カールハインツの奴が少年に剣での一騎打ちを申し込んだからだ。

一騎打ちでカールハインツが納得して敗北を認める事になれば、俺の様に戦わずして敗北を認めるよりかは反対する者は少ないだろう。

しかし、相手は魔法使いでおまけに子供だぞ。

幾らなんでも一騎打ちを受ける筈もない!そう思ったのだが…。

少年の魔法使いは嬉々として剣を抜いてカールハインツと対峙した。

カールハインツも少年と真剣に向き合い、手を抜いて戦う気はさらさらない様に思える。

カールハインツは何を考えている?

少年の魔法使いに剣で勝つのは容易たやすく、勝ってしまえば少年の魔法使いと魔法で戦わなくてはならなくなるのだぞ!

カールハインツの剣の腕は、アイロス王国軍の中でも勝てる者が居ないほどだ。

もちろん俺なんかでは歯も立たずにやられてしまう。

そんなカールハインツが少年の魔法使いと真剣に向き合い戦い始めた!


勝負は一瞬で終わる!そう思っていたが…少年の魔法使いは剣の腕前も確かなものでカールハインツと互角に渡り合っている。

いや、年齢や体格差を考えれば少年の魔法使いの方が圧倒していると言っても過言では無い。

それにあの様な戦い方は今まで見た事が無い。

一見基本から外れているように見えるが、相手の死角から確実に急所を狙った攻撃は見事としか言いようがない。

カールハインツと正面から戦えば力負けするのは明白だ。

その事を理解した上で小さな体を利用しカールハインツを翻弄している。


カールハインツは攻撃が当たらない事に苛立ち始めていたので、思わず声を掛けてしまった。

真剣勝負の一騎打ちに水を差したのもそうだが、カールハインツが敗北した方が俺達の為だと言うのにな…。

俺は勝負の行く末を固唾かたずを飲んで見守る事にした。


≪エルレイ視点≫

「わーはっはっはっ!負けだ負けだ儂の負けだ!」

俺が背中を足で押さえていると、カールハインツは大笑いしながら敗北を認めたので背中から降り、落とした剣を拾い上げてリゼの所へ戻って行った。


「エルレイ様、お見事でした!」

「うん、結構危なかったけれど何とか勝つ事が出来て良かった」

本当に紙一重の勝利だったと思う。

その証拠に、カールハインツの最後の一撃を受け止めた俺の剣は、折れなかったのが不思議なくらい曲がっていた。

鞘にはもう収まらないし、父から貰った剣だから捨てる訳にもいかずリゼに預けた。

この場で収納魔法を敵に見せる訳にはいかないからな…。


カールハインツは起き上がり大声で宣言した。

「儂は負けた!宣言通りアイロス王国軍も敗北したものとする!

異議のある者は儂の前に出てこい!」

カールハインツが周囲に集まった兵士達を見渡すが、異議を唱える者が出て来る事は無かった。

「異議あり!」

しかし、兵士達を割って異議を申し立てる者が入って来た!

このまま丸く収まればいいと思ったのだが、そう簡単にはいかないよな…。

俺としては見守る他ないのだが、何時攻撃を受けても良いように警戒だけは怠らないようにしておこう。


「コルライド近衛騎士団長か、国王陛下の救出は終わったのか?」

「今だ継続中だ!魔法が効果を発揮できず人力での救出作業は困難を極めている…」

コルライドは拳を強く握りしめて表情を歪め、絞り出すように言葉を発していた。

俺が破壊した塔の中にアイロス王国の国王が居たのか…。

知らなかったとはいえ、俺は非常に不味い事をしたのでは無いだろうかと、冷や汗が出て来る…。

コルライドが来た方向を見ると、瓦礫の山となった塔に人が集まり手作業で瓦礫を取り除いている人達の姿が見えた。

あの塔の中に居たのであれば万が一にも助からないよな。

ルリアが殴られた事で頭に来ていたせいもあり、問答無用に玉を落として完全に破壊したからな…。

と言うより、最前線に国王が来ているとは思わないし確認出来るはずもない!

俺は悪くない!悪くないはずだ…。

やはり魔法は効かないみたいなので瓦礫の撤去作業を手伝えるはずも無く、大人しくしている他ないみたいだ…。


「そうか…それで、近衛騎士団長がこの戦場で儂の決定を否定すると言うのか?ここは王城では無いのだぞ?」

「承知している。しかし、国王陛下がこの場にいる以上、アイロス王国の敗北を認める決定を鵜呑みには出来ない!

我等近衛騎士は国王陛下とそのご家族をお守りするのが使命!故に無条件での敗北は受け入れられない!」

そうですよね…。

戦わずして勝利を得られるかと期待したのだけれど、この様子では無理かもしれない。


「ならば、お主も話し合いの席に同席すればよい」

「そうさせて貰う!」

カールハインツとコルライドの話し合いは纏まり?カールハインツが俺の方に歩み寄って来た。

「エルレイ殿、我等アイロス王国軍はソートマス王国軍に降伏するが、いくつか条件がある。

今からその話し合いをしたいのだが構わぬか?」

「あーえっと、僕ではその判断は出来かねます。

確認しますので暫く待って貰えませんか?」

「承知した」

俺にそんな重要な事を決める決定権は無い。

なので、念話でルサームに経緯を説明し、軍の方で対応して貰うようお願いをした。


「二時間後アイアニル砦前だな、会合場所はこちらで準備しておく」

「よろしくお願いします。僕は一度戻ります」

念話でのやり取りに時間はかかってしまったが、ソートマス王国軍とアイロス王国軍の会合の時間と場所も決まり、俺はリゼを抱きかかえて飛び立った。


ローベルト軍団長に報告に行く必要があるかと思ったが、念話で連絡したからもういいだろうと判断した。

それより、ルリアの事が心配だ!

俺は飛行速度を上げ、ソートマス王国軍が布陣している背後にある家に直接向かって行った。

家の前に下り立ち、リゼを下ろして一緒に家の中に入って行った。


「リリー、ルリアは無事か!?」

家のリビングに人影は無く、迷わず寝室に飛び込んで行ってルリアの安否を確認した。

「しー!ルリアは寝ていますので、大きな声を出さないで下さい」

「ご、ごめんなさい…」

ルリアが寝ている横で看病していたリリーから怒られてしまった…。

しかし、ルリアの寝顔は穏やかだし、リリーの表情にも笑顔がある事からルリアの無事が確認出来て安心した。

俺はリリーの傍へと行き、小さな声でルリアの様態を聞いて見た。

「リリー、ルリアの状態はどうなんだい?」

「ルリアの体に異常はありません。ですが、何時目を覚ますかは分かりません…」

「そうか…でも、そのうち元気に目を覚ますだろう。

ルリアの事は俺が見ているから、リリーは少し休んで来てくれ」

俺は出来るだけ笑顔でリリーに話しかけたのだが、リリーは頬を膨らませて怒ってしまっていた。

「いいえ、私はここにいましたので疲れていません。

それより、エルレイさんの方が疲れているはずです。

靴は片足履いていませんし、服も泥と血で汚れていますし、ズボンなんか破れて酷い有様です!」

「あっ…」

「リゼと一緒に服を着替えて汗を流して、少しでも休んでください!いいですね!」

「はい、そうします…」

俺と同じように、リゼの服も血と泥で汚れきっていた。

「心配したんですからね…」

「ごめんなさい…」

リリーが怒るのも当然だな…。

俺はリゼと共に風呂場に行き、泥と血と汗を流して貰う事となった…。

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