第八十五話 アイアニル砦へ侵攻 その八

「エルレイ様…」

「僕が勝つから心配せずに見ていてくれ!」

「はい、お気をつけて!」

リゼが背後から心配そうな声を掛けて来たので振り向いて安心させてやると、リゼは少し笑みを見せてくれた。

リゼの為にも負けられなくなったな。

歴戦の強者の風格を漂わせるカールハインツを前に、俺も気合がみなぎって来た。


「子供とは言え容赦はせぬ!」

「僕は全力で戦わせてもらう!」

「ぬぅん!」

カールハインツは大きな体格に似合わぬ速さで間合いを詰め、上段から剣を振り下ろして来た。

俺は軽やかとは行かないが、横に飛び去りながらその一撃を躱すも、カールハインツの振り下ろしたはず剣が横なぎに襲い掛かって来た。

ガキンッ!

俺は剣で受け止め、その衝撃で吹き飛ばされる事になった。

子供と大人の対格差と剣の威力を考えれば当然の出来事だ。

でも、そんな事は最初から分かっていた事で慌てる事は何一つない。


勇者時代は力溢れる大人の体だったが、敵は俺より大きな魔物や魔族で力や速さも俺より数段上だった。

そんな敵を倒してきた俺にとって、体の大きさや力の強さの違いがあるのは当然の事だ。

今の一撃を受け、カールハインツの実力もある程度予想は出来る。

アンジェリカよりは上で対人戦も慣れていそうだが…。


今度は俺から間合いを詰めて懐に入り込もうと試みたがリーチの差が大きく、カールハインツの振るう剣によって阻まれてしまう。

右に左に足を生かしながら攻め続けるも同じだ。

本当にカールハインツは容赦してくれないみたいだな!

まぁその方が楽しいから良いのだけれど、このままでは剣の稽古をつけて貰っている子供だな…。

周囲の兵士達は、俺が下りて来た時は緊迫した表情をしていたのに、今は余裕の表情を見せながら俺とカールハインツの戦いを見ている。

カールハインツは兵士達から余程の信頼があるのだろうな。

だがそれもここまでだ!


俺は剣を下に構えて身をかがめ、移動速度を一段階上げた!

「ふぬ!」

カールハインツは俺の下から振るう剣に戸惑いながらも必死に受けている。

剣術を正式に習っている者ほど、下からの攻撃には意外と無防備になりがちだ。

特にアンジェリカやルリアの様に、貴族として正々堂々戦う事を前提とした剣術を習っているとな。

カールハインツは軍で鍛えているせいか、俺の攻撃にある程度対応して来ているが、それでも子供と戦う機会などほとんど無いだろうからな。

足を使い下からの攻撃を繰り返して行くうちに、俺の間合いにやっと入ることが出来た。

「これでどうだ!」

カールハインツのふところにもぐれた俺は、下から喉元に突きを放った!

「なんの!」

しかし、カールハインツの左手の手甲ガントレットによって俺の剣は弾かれる事になってしまった。

だが俺の狙いは別にあり、しゃがみながらカールハインツの足を払った!

「くっ、なんて重い足だ!」

「わはははっ、儂に足払いなぞきかぬ!」

綺麗に足を払えたと思ったのだが、予想以上にカールハインツの足は重く、俺の足の方に痛みが走るだけとなってしまった。

もう少しバランスを崩しておかないと、鎧を着こんだカールハインツの足を払う事は無理だな…。

カールハインツが足元に居る俺に剣を突き刺して来たので、俺は転がりながら間合いを離して起き上がった。

体中泥だらけになったが、ゴーレムとの戦いのときに汚れていたので気にはならない。

それより、痛めた足の治療をこっそりと行う…。

剣での戦いとは言え、正式な試合でもないからこれくらいは許されるだろう。


「今度はこちらからゆくぞ!」

休ませてはくれそうにないが、足の治療は間に合ったので問題は無い。

カールハインツは俺を間合いに入れさせまいと、突きを中心として攻め込んで来た。

俺は突きを躱しつつ懐に入り込む機会を探すも、連続で突きを放って来るカールハインツはそれを許してはくれそうにないが、カールハインツの体力も何時までも続くものでもない。

カールハインツが一瞬息を吸った所を逃がさず、突きを掻い潜って懐に潜り込んだ。

「同じ手を食らうか!」

カールハインツは下半身に力を籠め、左手で突きだされた剣を左手で振り払って来た。

俺も同じ事をするはずも無く、左足に力を込めて思いっきりカールハインツの足を踏みつけてやった!

「っ!」

カールハインツは声にならない叫びを上げつつも、戻した右手の剣を俺に斬りかかって来た。

俺は後ろに飛びつつ距離を離す。

長い時間カールハインツの懐にいれば捕まってしまい、身動きが取れなくなるからな。


「小癪な真似を…」

カールハインツの表情は怒りに満ちていたが、感情に任せて剣を振るって来る事は無かった。

そう簡単に勝てるとは俺も思っていないし、今の様な地味な攻撃を繰り返すのみ。

勇者の時の様な凄い技があれば倒せたのだろうが、今の俺は魔法を除けば普通の少年と何ら変わりはない。

だから、ちまちまと時間をかけてカールハインツにダメージを与えつつ疲弊させていく事で、勝利を得るしか方法は無いからな。

俺は小柄な体を利用して素早く動き回りながら、カールハインツが予想していない所に一撃を加えて行く。

今の俺の動きはアンジェリカから教えて貰った動きでは無く、勇者時代に独学で覚えた実践的なものだ。

地面を転げまわるし足も使って相手を翻弄する。

そんな俺の動きに、カールハインツは徐々に苛立ちをあらわにしてきた。

俺の一撃がカールハインツにとって致命傷になる事は無いが、それでも攻撃を一方的に当てられてる事に対しての怒りや焦りがカールハインツの動きを僅かに狂わせる。


「カールハインツ落ち着け!」

「分かっておる!」

もう少しでカールハインツから冷静さを失わせる事が出来ると思った所で、仲間から声がかかりカールハインツは最初の時のような落ち着きを取り戻してしまった。

そして、カールハインツの目つきが真剣なものへと変わって行った。

ついにカールハインツも本気を出してくるのだろう。

俺は身構えてカールハインツの攻撃を待つ…。

「せいやっ!」

力強い一撃が俺に向けて振り下ろされて来て、俺はそれを剣で受け流しつつ懐に潜り込もうとした。

ギャリッ!

剣同士がぶつかり合い、激しい火花を散らしながらカールハインツの剣が俺の横をすり抜けて行く。

俺は一歩踏み出してカールハインツの懐に踏み込もうとしたが、カールハインツの剣が思ったより重く、そして剣を振りおろした際の風圧で俺は吹き飛ばされてしまった。


「とんでもない馬鹿力ですね」

「鍛えておるからな!」

それからもカールハインツは、力のこもった一撃で俺を吹き飛ばし続けてきた…。

不味いな…俺の剣がそろそろ折れるかもしれない。

今使っている剣は、男爵になった時に父から贈ってもらった剣なのだが、お世辞にも高級品とは言えない。

俺が子供だから立派な剣は俺が使うのには長すぎるんだよな。

だから普通のショートソードを贈って貰い、俺が成長したら貴族として相応しい剣を贈って貰える事になっている。

俺は魔法使いだし、戦争に行く事が分かっていても剣で戦う事は無いだろうと父も俺も思っていた。

こんな事になるのなら、もっといい剣を贈って貰っておけばよかったと思うが後の祭りだな。

今は剣が折れる前に勝負を付ける事を考えないといけない。


しかし、剣が折れる心配をする必要は無かったみたいだ…。

「ぜぇはぁぜぇはぁ…」

カールハインツの方が先に息を切らしたみたいだ。

あれだけ全力で何回も剣を振り続ければそうなるのも仕方が無い。

「降参してはいかがですか?」

「なんの…まだまだ儂は倒れておらんぞ!」

俺は降伏を勧めたのだが、カールハインツは剣を上段に構えて剣の間合いまで足を進めて来る。

最後の一撃を放つつもりなのだろう。

それならば、俺も全力でその一撃を受けるのみ!


「ぬおおおおぉぉぉぉ!」

カールハインツは剣の間合いに入ると一気に上段から剣を振りおろして来た!

「はぁぁぁぁぁっ!」

俺も腰を低く構え、下から剣を振り上げてカールハインツの剣を真正面から受け止めた!

ギャギンッ!

激しい音と火花が散り、両者の剣が止まった!

俺が剣を受け止めた事に対して、カールハインツは目を見開いて驚愕しつつも、押し負けまいと力を剣に込めて来る!

今だ!

俺は剣から両手を離し、カールハインツの手首を掴み、カールハインツが剣を振り下ろす力を利用して前に引き倒した!

俺は倒れたカールハインツの背中に乗り押さえ込んだ!


「動くと首を魔法で斬り落とす!大人しく敗北を認めろ!」

俺がそう言うと、倒れたカールハインツから力が抜けて行くのを感じたが、まだ気を許していい時ではない。

俺はカールハインツと周囲にいる兵士達を警戒しつつ、カールハインツからの言葉を待つ事となった。

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