第七十九話 アイアニル砦へ侵攻 その二

「一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか?」

俺が声を上げると一斉に視線が集まって来た。

しかしその視線は厳しいものでは無く、俺になにか期待している…そんな感じの視線だった。

この視線は勇者の時にも散々浴びせられたから良く分かる。

まぁ、家を出したり風呂を作ったりしていれば、今回も何かしてくれると期待されても仕方がない。

あまりやり過ぎないようにと心がけてはいたものの、戦場で自分達が不自由ない生活をと行動した結果なので仕方が無い…。

「アリクレット男爵、言ってくれ」

「はい、アイアニル砦に軍が当たる前に、一度僕達で攻撃させては頂けないでしょうか?」

俺の提案に、集まった軍団長達が驚愕しざわめきだした。

無謀だとか、死にに行く様なものだとか、俺を心配して声を掛けてくれている。

「アリクレット男爵の事だ、何か策があるのだろう?」

「はい、この場では説明しにくいのですが、上手く行けば門の破壊は出来るかも知れません」

「なるほど、門だけでも破壊して貰えれば、こちらの被害も少なくて済む。

しかし無理をする必要は無い。

失敗したとしても、我々のやる事に変わりは無いのだからな!」

「はい」

俺は軍より先に攻撃出来るようにしてもらう事が出来た。


軍議を終えた俺はルリア達が居る家に戻り、アイアニル砦に攻撃をしてみる事を説明したのだけれど…。

「と言う事なんだけれど、ルリアは危険だからリリーと一緒に待っていて貰えないかな?」

「嫌に決まっているわ!」

ですよね…。

ルリアがこう言うのは分かっていたのだけれど、一縷の望みを託して言って見た。

リリーに視線を送るも首を横に振っているし、諦めて連れて行くしか無いみたいだ。

「分かった、しかし、危険だと思ったらすぐにでも逃げてくれ!」

「えぇ、でも、魔法が効かないのなら、なおさら魔法で破壊したくなるわよね!」

「その事には俺も同意かな」

この魔法の世界において、魔法が効かない物質があると知れた事だけでも、今回の戦争に参加した意味はあるだろう。

そして、その物質を実際に魔法で破壊出来ないか試す機会でもある。

ルリアには全力で魔法を当てて貰うつもりではあったけど、それは戦争が終わってからでもいいと考えていた。

砦に近づけば攻撃を受けるし危険だからな…。

明日の攻撃時には、ルリアの事を全力で守ってやるしか無い…。


そして翌日、ソートマス王国軍はアイアニル砦に向けて進軍を開始した。

アイアニル砦は山々に挟まれた谷にある道を抜けた先にあり、一度に大群で攻め込めないようになっている。

道の両側はそびえ立つ崖になっていて、敵の潜伏を警戒する必要は無いのだけれど、上空からの魔法攻撃には備えなくてはならない。

そんな道を半日も歩き続ければ兵士達も疲弊するし、山を登って高度も上がっているので気温も少し下がって肌寒さを覚える。

俺は馬上でリリーを前に座らせて後ろから抱きしめる様にしているから温かいが、一人で馬に乗っているルリアと歩いて馬を引いているロゼとリゼは少し寒そうにしていた。

魔法で風を温めてあげればよかったのだが、戦いを前にして魔力を温存しておきたかったんだよな…。

収納魔法から上着を取り出して、三人に着て貰うくらいの事しか出来なかった。


「あれがアイアニル砦なのね!」

「その様だね…」

谷が少し開けて来たと思った所で、行く手を遮るように黒くそびえ立った砦が谷の間に建てられていた。

グリバス砦に比べるとかなり小さく思えるが、ここまで進軍して来たソートマス王国軍の数を考えれば大きいと言わざるを得ない。

今ここに布陣しているのは五千人ほどで後続にも同じ数だけ待機しているが、これ以上の数をこの谷の間に布陣する事は出来ない。

五千人でアイアニル砦の門を打ち破って中に侵入し、敵兵の排除を行わなければならないから厳しい戦いになる。

ソートマス王国軍は増援を続けて砦を打ち破るつもりなのだが、兵士達は寒い道端での野宿を強いられた上に、何日かかるか分からない戦闘を継続しなければならない状況は大変だと思う。

だからこそ、俺は何としても門の破壊だけは達成しようと覚悟を決め、アイアニル砦を睨みつけた。


「エルレイ!家を出しておきなさい!」

「それがいいね!」

ルリアが家を出して置けと言って来たので、今回の指揮官であるローベルト第二軍団長に許可を貰った。

家は、ソートマス王国軍が布陣している後方の崖の傍に土壁で囲いを作ってその中に設置した。

上空からは侵入出来るが、地上からは高さ四メートルの土壁を登らない事には侵入出来ない事になっている。

グリバス砦ではリリーが無理をして意識を失ったから、今回も同じ事が起こらないとは限らないからな。

出来るだけその様な事態に陥らないよう努力はするつもりだが、備えて置いて損をする事は無いだろう。


「リリーは大人しく家の中で待っていてくれ」

「はい、エルレイさん、ルリア、リゼ、お気を付けて」

「ロゼ、リリーを守るのは当然だが、自分の事も守ってくれ!」

「承知しました」

「行って来るわね!」

リリーとロゼを家に残し、俺はリゼを抱きかかえてルリアと共にアイアニル砦へと飛んで行った。

ソートマス王国軍が布陣している場所は、アイアニル砦から一キロメートルほど離れた場所だ。

最初はもう少し近かったのだが、ルリアに全力で魔法を使って貰い、その余波に巻き込まないようにと俺が無理を言って下がって貰った。

これで思いっきり魔法を使う事が出来るだろう。


「ルリア、敵の数が多いから注意してくれ!」

「分かっているわ!全力で撃っていいのよね?」

「あぁ、遠慮は無用だ!」

「そう!思いっ切り行くわよ!」

ルリアは子供のような笑みを浮かべながら、アイアニル砦に向けて魔法を撃つ準備に入った。


アイアニル砦の城壁の上には数多くの敵兵が待ち構えていて、俺達に向けて魔法を一斉に放って来た!

「食らいなさい!」

ルリアも巨大な青白い炎の玉を作り城壁に向けて放った!

巨大な青白い炎は、城壁から放たれた様々な魔法を吸収しながら進み城壁に当たった!

「「「えっ!?」」」

俺達三人は同様に驚きの声を上げた。

ルリアが放った青白い炎の玉は、着弾すると大きく破裂して広範囲を焼き尽くすはずだった。

しかし、ルリアの魔法は城壁に当たる瞬間に吸い込まれて行くように消えて行ってしまった。

魔法が効かないと聞いていたけれど、それはアイアニル砦という建物に対してだと思っていた。

だから、ルリアの魔法の炎は城壁にいる敵兵たちには効果があると思っていたのだけれど、魔法自体を吸収し無効化されるとは予想外だった。

「もう一度別の魔法を撃ち込んでみるわ!」

ルリアはグリバス砦で使った炎の竜巻を作り出して城壁に進ませたのだけれど、結果は同じで何の効果を与える事無く消滅させられていた。

「リゼ、城壁の上空から氷柱を降らせて見てくれ」

「はい!アイシクルレイン!」

俺の要求通り、リゼは城壁の上空から多数の氷柱を降らせてくれた。

リゼが魔法を撃っている間に、俺は収納魔法から事前に用意していた小さな玉の入った小袋を取り出し、その一個の玉を城壁に向けて撃ち出した。


「なるほど…城壁に当たる寸前に吸収されるのであって、離れた位置にある魔法までは消えないみたいだな」

「その様ね!でも、あれでは城壁は壊せないわよ!」

ルリアは腕を組み、不満気に城壁を睨みつけていた…。

「今この玉を撃ち込んで見たのだけれど、これは吸収されずに城壁に当たって弾け飛んだ」

「そう、エルレイの予想通りって事なのね」

「そうだね。門を壊すのはあの方法しか無いみたいだ。

ルリアには最後の一押しを頼むよ」

「任せなさい!」

用意した大きな玉はニ十個。

俺は大きな玉を上空から落とし、ルリアには落ちて来る大きな玉に魔法を当てて軌道を修正し、門に当てて貰う作業をして貰う。

門に当たるかはルリアの腕次第だけれど、訓練の時は上手くやれてたから大丈夫だろう。

この作戦が上手く行けば、砦内部に侵入するのは軍に任せる。

しかし、前回の様な事にならないように、俺も砦内部に侵入して情報収集と敵兵の排除をする必要があるだろう。

とにかく今は門の破壊に集中しよう。

ルリアを下に残して、俺は上空へと移動して行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る