第七十六話 グリバス砦の戦いが終わり
リリーの頑張りのお陰で死者が出なかった事は本当に良かった。
俺とリゼは砦から負傷した兵士達が引き上げるのを確認した後、砦の見張りは魔法師団に任せて、ダニエル軍団長の所に報告の為戻って来た。
「ダニエル軍団長、ただいま戻りました」
「アリクレット男爵ご苦労、君達の素晴らしい活躍はここから拝見させてもらった」
「いいえ、それより砦内の状況を知らせず味方兵士を危機的状況に陥らせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「いや、元よりその仕事はアリクレット男爵の役目には入っていなかった。
それに、アリクレット男爵の治癒魔法により兵士達が助けられた。軍を代表して感謝申し上げる」
俺の役目に砦内部の調査をする事は入っていなかったのは間違いない事だが、俺が一番確認しやすい場所にいたことは確かな事で、いちいち役目を与えられなくとも報告するくらいの事は当然だと思われていたはずだ。
なのに俺は見学していればいいと暢気に構えていて、味方に被害を出したのは事実だ。
本来なら責められなければならない立場なのだろうが、ダニエル軍団長が庇ってくれたと言う事なのだろう。
さらに、俺のせいで被害を受けたのに感謝までされてしまい、申し訳ない気持ちが膨れ上がる事となってしまった…。
「アリクレット男爵、後の事は我々に任せてゆっくりと休んでくれ」
「はい、お言葉に甘えさせてもらいます…」
まだ砦内部に敵兵が残っていて戦闘になる可能性もあるが、魔力が残り少なく役に立てそうにないし、リリーの事も心配だったので休ませて貰う事にした。
「エルレイ、リリーを寝かせてあげたいから家を出して頂戴!」
「うん、場所も指定されたから、そこに移動してから出すよ」
ルリアの所に戻ると、リリーはまだロゼに抱かれたまま眠っていて、ルリアが心配そうな表情で寝ているリリーの手を握ってあげていた。
ダニエル軍団長が俺達が休憩する場所を確保してくれていたので、そこに移動してから家を出した。
家の中に入り、リリーをベッドに寝かせてあげた。
「エルレイ、リリーは大丈夫なんでしょうね?」
「うん、魔力切れで寝ているだけだから大丈夫だよ。ただ…かなり集中した事による疲労と大量の魔力を消費した事で明日まで起きないかもしれない…」
「そう…ロゼ、リリーの事をお願いね!」
「はい、畏まりました!」
「エルレイ、リリーが目覚めるまでこの家を守るわよ!」
「うん、ダニエル軍団長が護衛を付けてくれているし敵兵も近くには居ないと思うけど、気を抜かずにしっかりと守るよ!」
ルリアは寝ているリリーの頭を優しく撫でてから寝室を出て行き、俺の手を引いてそのまま家から出て行こうとした…。
「ルリア、何処に行くつもり?」
「砦に決まっているわ!」
ルリアはリリーを守るために、敵兵を全滅させるつもりだったらしい…。
リリーを守るために家を空ける方が危険だと何とか説き伏せて、俺が周囲の偵察に行く事でルリアを落ち着かせることが出来た…。
「ルリア、絶対家から出ては駄目だからな!」
「もう分かったわよ!」
「リゼ、しっかりとルリアを見張っていてくれ!」
「畏まりました。エルレイ様お気を付けて行ってらっしゃいませ」
ルリアが無茶しないか心配だが、周囲の偵察はしておかないといけないと思っていた。
俺は一人で家を出て、暫く周囲を飛んで回る事にした…。
≪アイロス王国軍 トリステン視点≫
グリバス砦から撤退後、無事にアイアニル砦へと到着した直後、疲れも癒えぬまま作戦会議を行う事となった。
議題は言うまでも無く魔法使いの少年についてだ。
会議室にはアイロス王国軍の各軍団長が集められている。
つまり、アイアニル砦にはアイロス王国軍全軍が集結していることを意味し、ここでの敗北はアイロス王国の滅亡を意味する。
それだけ重要な作戦会議であるのだが、集まった軍団長の表情は消沈していた…。
何故なら、俺達が撤退している間に集められた少年の情報を聞いて絶望しているからだ…。
「密偵の報告によりますと、彼の少年は見知らぬ魔法で陣地に家を取り出し、そこで就寝しているとの事です。
それから、トリステン軍団長の仕掛けた罠により負傷した兵士数百名を、全員魔法で癒したとの事です。
少年と少女二名とメイド二名、計五名全員が魔法使いで、呪文を唱えず魔法を行使する事が可能との事です。
報告は以上です」
規格外の魔法使いが五人居ると言う事が知らされた。
一人でも対処不能なのに五人だと!
アイアニル砦の魔法無効化が有効なのは城壁だけだと聞いている。
俺は実際効果を確認した事は無いが、魔法師団長のブルクハルトが確認しているので間違いないだろう。
つまり、砦内部に飛んで侵入されて魔法攻撃を受ければ防御手段は無いと言う事だ。
「グリバス砦では、魔法師団の精鋭によって少年と少女に魔法攻撃を行った。
しかし、少年と少女の障壁を破壊する事は出来ずに、こちら側にだけ被害が及んだ。
ブルクハルト、間違い無いな?」
「…はい」
カールハインツが魔法師団から上がった報告書を読み上げ、更にブルクハルトに確認をした。
ブルクハルトとしては認めたくない事実であったが、目の前で起こった事だから認めざるを得ない。
「ブルクハルト、仮にアイアニル砦の上空から敵魔法使いの襲撃があった場合の対処方法があれば教えてくれ」
カールハインツはこの事を聞くためにブルクハルトに確認したのか…。
しかし、ブルクハルトは沈黙したまま答えない。
いや、答えられないのが正しい。
俺が唯一勝つ可能性があると考えた方法は、魔法師団とアイロス王国軍の全ての魔法使い、約七千人を集めて一斉に魔法を撃ち込む事だ。
ただし、それだけの人数で上空に魔法を撃ち込んでは、地上も無事では済まないだろうと言う事だ。
味方の魔法使い全員を犠牲にして勝ちを得られるかどうかの賭けになる…。
俺としてはそんな賭けには出たくは無いが、ブルクハルトの答えはどうなる事か…。
「…ありません…ある訳が無い!カールハインツ軍団長もあの魔法を見たでしょう!
どう対処すればいいのか教えて貰いたいのはこっちですよ!」
ブルクハルトは拳を握り締め、悔し涙を流しながらカールハインツに訴えた!
「そうか…」
カールハインツもその事は重々承知の上で、あの魔法を見ていない他の軍団長の為にブルクハルトに言わせたのだ。
次に意見を言わされるのは、エレマー砦とグリバス砦で二度魔法使いを見ているこの俺だ。
意見を言いたくは無いが、ブルクハルトばかりに辛い思いをさせる訳にはいかない。
「カールハインツ、俺にも意見を言わせてくれ」
「うむ」
「敵魔法使いを見ていない者達には信じがたい事だろうが、グリバス砦で起こった事は事実だ。
アイロス王国、いや…この大陸全土に敵魔法使いに対抗できる魔法使いなど居ないと断言できる。
そこでだ、俺はもし敵魔法使いが攻め込んで来た場合、被害を最小限に抑えるべく降伏しようと思う」
「何だと!」
「貴様、アイロス王国を裏切るつもりか!」
「我らの使命を忘れたのか!」
他の軍団長から罵声を浴びせられた通り、俺の意見は王国への反逆だと思われても仕方が無い。
だが、それでもあえて俺は降伏を勧めなければならない。
俺は多くの部下達の命を預かる身として、部下達を無駄に死なせる訳にはいかないのだから!
俺は罵声に負けない声を張り上げ話を続けた。
「無条件で降伏するのではない!国王陛下とその御家族や貴族達が無事に他国に逃げ出せる時間と命の保証を降伏の条件とする!
それが飲まれない場合は、アイロス王国の為最後まで命をかけて戦う!」
敵も無慈悲だとは思いたく無いが、俺もアイロス王国に使える軍人として戦う意思はある。
そうなってしまった場合は、部下達だけでも逃がす算段を考えておかなければならないな。
無駄に死ぬのは俺だけでいい。
結婚もしてない身で死にたくは無いが、軍団長としての責務を果たさねばならないだろう。
だが、俺の意見がすんなり通るほどアイロス王国を守る軍団長たちではない。
徹底抗戦の意見の方が大半で、愛国心溢れるその姿に感銘を覚える。
だからこそ、無駄に死なせたくは無いと思うのだ…。
どんなに惨めで貧乏であろうと頑張って生きていれば必ず良い事がある。
これは俺の母親の口癖だった。
そう言っていた母親は病で亡くなってしまったが、俺は母親の言葉を信じて今日まで頑張って生きて来たし、これからも生きて行くつもりだ。
臆病者だと罵られようとも、理解されるまで説得を続けようと思う。
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