第七十五話 グリバス砦へ侵攻 その三
「ねぇエルレイ、少し様子が変じゃない?」
ソートマス王国軍がグリバス砦の門から中に侵入していく様子を上空から見ていると、ルリアが俺に尋ねて来た。
「変て何がかな?」
「あれよあれ、城壁の敵兵は追い払ったから居ないのは分かるのだけれど、砦内部にも敵兵の姿が見えないのは変じゃない?」
「あっ、そう言われてみれば変だね…」
ルリアに言われて、俺も砦内部の様子を窺って見た…。
砦内部には幾つかの建物と中央に高い塔がある以外、人影が全く無かった。
守りの要である塔と門が破壊されたから逃げ出したと考えるにしても早すぎる。
建物の中に避難している訳では無いだろうし、確認してみる必要がありそうだ。
しかし、砦内部に飛んで入るのは危険だからルリアを連れて行く訳にはいかない。
ルリアはリリーの所に戻って貰う事にして、俺とリゼだけ向かう事にしよう。
「罠だ!引け、引けぇ!」
そう思っていた時、砦内部に侵入していた兵士から罠だと言う声が聞こえて来た!
門から侵入した兵士は数百人は居るだろう。
今も砦に侵入しようとしている兵士達は続いていて、門から外に出ようとする兵士達と衝突して大混乱となっている。
バンバンバンバン!
その時炸裂音が幾つもして、砦内部が火の海と化し、砦内部に残されていた兵士達が火の海に飲み込まれて行く!
「エルレイ!」
「あぁ、分かっている!ルリアはリリーを呼んでくれ!」
「分かったわ!」
リリーを巻き込みたくは無かったが、あの人数の負傷者を救うのは俺には出来ない。
俺に出来る事は火を消す事だけだ!
「リゼ、魔力は残っているか?」
「はい!」
「左側に雨を降らせてくれ、俺は右側をやる!」
「承知しました!」
俺とリゼで広範囲に雨を降らせて燃え盛る炎を消していく!
幸いな事に、魔法の炎では無かったから火は意外と早く消えて行ってくれている。
魔法の炎は魔力で作られているから簡単には消えてくれなくて、同じ魔力で打ち消す必要がある。
でも今回は火薬か油かは判断できないが、そのどちらかを使っての事だったのだろう。
「エルレイさん、お待たせしました!」
丁度火を消せた頃、ロゼに抱きかかえられたリリーが来てくれた。
「リリー、大変だとは思うが急いで治療を頼む!」
「分かりました。ですが、私では魔力が足りませんので、エルレイさんのを分けてください」
「分かった!」
火を消し止めた後には数百人の兵士達が大やけどを負って倒れていて、一刻も早く治療しないと亡くなってしまうだろう。
俺はリリーと手を繋ぎ魔力を受け渡す。
リリーは集中して、倒れている一人一人の魔力の状況を把握している。
リリーは今までの訓練で数人を対象にしてしか行っていなかった治療魔法だ。
それを一気に数百人を同時に行おうとしているのだから、想像以上に大変な事だろう。
思わず数人ずつ行えばいいと言おうとしたが、集中しているリリーの邪魔になるだろうし、何よりリリーが目の前の負傷者をいち早く治してあげたいと言う気持ちがこの集中力に繋がっているのだろうからな。
リリーと繋いだ手からは、俺の魔力が大量にリリーの方に流れて行っている…。
俺も集中していないと、大量の魔力の消費で意識を持って行かれそうだ!
リリーも眉間にしわを寄せ、額からは大量の汗を流していて、リゼがリリーの邪魔をしないように汗を拭い続けている。
リリーが集中していた時間は一分足らずだが、俺とリリーには途轍もなく長い時間に感じられた…。
「行きます!」
リリーがしっかりとした声でそう言うと、リリーから放たれた治癒魔法は淡い光の雨となって負傷した兵士達に降り注いでいき、負傷した兵士達は淡い光で包まれると同時に傷が癒えて行っている…。
「リリー、よくやったわ!全員無事よ!」
「はい…」
リリーはルリアから無事だと言う言葉を聞くと、安心したかのように目を瞑って意識を失った…。
「ルリアはロゼと共にリリーを安全な場所に連れて行ってくれ」
「分かったわ!ロゼ行くわよ!」
「はい!」
ルリアとロゼはリリーを連れて後方へと下がって行ってくれた。
「エルレイ様は大丈夫なのでしょうか?」
リゼが俺の腕の中で心配そうに見上げて来てくれていた。
正直、魔力切れで俺も意識を失いそうだが、もう暫く我慢しなくてはならないだろう。
また同じように兵士が負傷したとしても、今日は魔力が無くて治療出来ないからな…。
「大丈夫。それより兵士達が砦の外に出るまで守る事にしよう」
「はい、承知しました」
今の状況で敵兵が建物から出て来て攻め込んで来れば、再び大量の負傷者が出るだろう。
そうなったとしても守れる様に、兵士達の盾となる為に前へと出て行った。
土壁を作るくらいの魔力はまだあるからな…。
敵兵が来ない事を祈りつつ、兵士達の撤退を見守る事にした。
≪ソートマス王国軍 ガルデル視点≫
「魔法使いがもたらしてくれたこの好機!絶対に逃すな!全軍突撃!」
「「「「「おぉぉぉぉぉっ!」」」」」
俺はソートマス王国軍第四軍団長ガンデル。
俺達第四軍はグリバス砦に侵入する先陣を任された!
軍人にとって先陣を任されるのは名誉であると共に恐怖でもある。
しかし、その恐怖も吹き飛ばすくらいの魔法を少年少女に見せられては、怖気づく者も居なくなった事だろう。
皆果敢にグリバス砦の門へと走り込んで行き、俺も続いてグリバス砦へと侵入していく。
魔法使いの少年達の実力を直接見ていない俺と第四軍の兵士達は、今作戦に少年達が参加するのには反対だった。
いくら魔法が優れていようとも、たかが数人の魔法使いで数万の敵兵が守る砦の一角を落とせるとは思ってもいなかった。
だが、国王陛下から少年を使うようとの命令を受ければ納得しなければならないが、不満が消えた訳では無い。
それも昨日までだったが…。
少年達が合流し、魔法で何も無い場所に家を突然出されては、少年が規格外の魔法使いだと言う事くらい分かる。
そして今日、塔の破壊を命じられた少年達は苦も無く短時間で四つの塔を破壊してみせた…。
あの少年達が味方でよかったと心底安心したものだ…。
「少年達が上から見守ってくれている!後から笑われないようにいい所を見せろ!」
「はっ!しかしガンデル軍団長、敵兵の姿が見えません!」
「なにっ!?」
グリバス砦に侵入し、味方を鼓舞する檄を飛ばしたのだが…。
兵士達の戦う剣撃の音も、逃げ惑う敵兵の声も聞こえない。
先に侵入した兵士達も戸惑いを隠せないでいる。
くそっ!
「罠だ!引け、引けぇ!」
「急には無理です!」
「それなら防御陣形を取れ!」
兵士達に何が起きても対応出来るように防御陣形を取らせようとしたその直後、破裂音と共に地面から炎が吹きあがって俺達を包み込んだ!
「落ち着けぇ!ごほっ、落ち着いて火を消せぇ!」
必死に足元を踏みつけ燃え上がる炎を消そうとするが、既に俺の体にも炎が燃え移って来ていて熱くて息苦しい…。
兵士達はも同じ様に燃え、悶え苦しんでいる。
そして、一人…また一人と…苦しみながら燃え盛る地面に倒れて行く。
「立て!立って逃げろ!」
俺も最後まで仲間の兵士達を助けようと声を張り上げ続けたが限界だ…。
敵と剣を交えて死ぬ覚悟はあったが…罠にかかって死ぬ覚悟は無かった…。
死にたくは無いが俺はここまでの様だ…。
最後に故郷で待つ家族の事を思い…空を見上げた…。
「あ…め…」
喉も焼けて、かすれた声しか出なかったが、最後に乾いた喉を潤してくれる嬉しい雨が降って来た…。
いや!雨なんて生ぬるい物では無かった!
水が滝のように降り注いできて、一瞬で燃えていた大地と俺の体の炎を消し去ってくれた。
助かったのか?
確かに火は消えたが俺達の体は焼けただれていて、数時間もしないうちに死ぬのは目に見えている。
数十人は治癒魔法を受けて助かるかも知れないが全員は無理だろう。
俺は仰向けに寝転んだ。
冷たく濡れた地面が焼けた肌を冷やしてくれて心地いい…。
このまま最後の時を迎えよう…そう覚悟した…。
しかし俺の体が温かな光りに包まれたかと思うと、痛みや息苦しさが消え去った!
治癒魔法を掛けられた様だ。
俺は体を起こし周囲を見渡すと、俺と同じように治癒魔法を受けた兵士達も起き上がっていた。
「これは奇跡か!?」
「そうかも知れません…」
確認が取れた訳では無いが、焼かれた全員が治癒魔法で癒されている様子だ。
「負傷者を保護しつつ、速やかに脱出を開始しろ!」
「はっ!」
何が起ったのかは今はどうでもいい、とにかく安全な場所への避難が先だ!
俺は最後まで砦内部に残り、全員が無事に外に出るのを確認した。
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