第七十三話 グリバス砦へ侵攻 その一

兵士に案内されて、昨日の大きなテントへとやって来た。

既に他のテントは撤収されていて、残す所はこの一カ所だけだ。

最後の軍議が終了後、グリバス砦に侵攻する事になるのだろう。

改めて気を引き締めなおして、テント内に入って行った。


席に着いていた軍団長たちの表情も昨日とは違って厳しいものとなっており、戦いに赴く緊張感が伝わってくる。

俺が席に着くと軍議が再開された。

「アリクレット男爵には昨日確認した通り、グリバス砦にある四つの塔を破壊して貰う。

塔の破壊が終了後、魔法師団は門の破壊に向かい、それに合わせて第四軍団はグリバス砦内に侵入を試みてくれ。

第三軍団は魔法師団の援護を頼む。

第一軍団と第二軍団は本陣にて待機。不測の事態に備えよ」

俺が来る前にほとんどの事は決まっていたのだろう。

俺が着たのが最後だったし、細かな事を説明されても困るからな…。

塔の破壊を終えた後は、軍に任せておけば問題なくグリバス砦を落としてくれる事だろう。

援護が必要な時は知らせてくれるだろうし、俺が無理をする必要は全く無い。


「これより三十分後、グリバス砦に向け進軍を開始する!」

「「「「「はっ!」」」」」

各軍団長は素早くテントから出て行った。

「アリクレット男爵は私と共に来てくれ」

「はい」

俺達はダニエル軍団長率いる本隊と共に行軍する事となった。

「お嬢様達の護衛はこの者達を付ける。

私が信頼を置いている者達だから安心してくれたまえ」

「はい、ありがとうございます」

馬も二頭貸して貰い、俺はリリーを抱えて馬に浮かんで乗り、ルリアは一人で馬に跨った。

一応乗馬の訓練も受けてはいるから大丈夫だと思うが、余り自信はない…。

でも、ロゼが手綱を引いてくれているから、馬が暴走したりはしないと思う。

いざとなれば、俺の前に座っているリリーを抱えて飛べば大事には至らないが、馬も扱え無いと思われるのは避けたい所だ。

馬が暴れ出さないように、俺もしっかりと手綱を握った…。


そしていよいよ、ソートマス王国軍がグリバス砦に向け進軍を開始した。

俺達はダニエル軍団長の傍に居るので、最後の方だから少し待つ事になる。

ソートマス王国軍の総数は五万人いて、その人数が一斉に行軍を始めた事で土埃が舞い上がり視界が悪くなる。

俺達が行軍を開始する時になると、その土埃でかなり息苦しい感じになっていた…。

「鬱陶しいわね!」

ルリアは我慢できなかったのか、上空に少し強い風を吹かせて土埃を吹き飛ばしてくれた。

俺は自分の周囲に障壁を張って土埃を防ごうかと考えていたが、ルリアのやった方法の方が視界も晴れるし兵士達も息苦しさを感じずにいいだろう。

ただし、何も予告せずにやった事で兵士達が驚いたのが不味かったが、戦場でも公爵令嬢に文句を言える兵士も居なかったのが幸いだったな…。


進軍を開始してから一時間ほどで、グリバス砦が見えて来た。

まだ遠くて詳しくは分からないが、敵軍が砦の前に出ている様子はうかがえない。

やはり、砦内に籠って防御に徹しているのだろう。

敵軍の数は不明だが、五万の兵の前に出て来る馬鹿はいないだろうからな。

俺達も砦前に到着し、砦から約五百メートルほど前に陣形を整えた。

「大きいわね!」

「そうだね。エレマー砦の四倍以上はありそうだ…」

五万のソートマス王国軍が一斉に攻め込んだとしても、十分に守れそうな砦に思えた。

俺達の侵攻を食い止める城壁は高くそびえ立ち、それを守るために建てられた四つの塔が更に難易度を上げている。

あの塔を先に潰さないと、兵士が幾ら城壁に近づいたとしても上から潰さる事だろう。

そして、その塔を俺達が先に破壊する事になっている。

ルリアにやれるかと聞く必要などは無い。

逆にやり過ぎないように注意したいくらいだが、やり過ぎるくらいがアイロス王国軍の心を折るには効果的かも知れないな。

ルリアに力を温存させて余計な被害が出る事の方が一番不味い。

それなら、ルリアには遠慮なく魔法を使わせた方が良いと思い、好きにやらせる事にした。


「行けるかね?」

馬に乗ったダニエル軍団長が俺達の所に来て尋ねて来た。

「いつでも大丈夫です」

「そうか、ではすぐにでも向かってくれ」

「分かりました」

ダニエル軍団長は戻って行き、俺はリリーを抱きかかえて馬から降りた。

「リリーはここでロゼと一緒に待っていてくれ」

「はい、エルレイさん、ルリア、リゼ、気を付けて行って来てください」

「任せて、すぐに終わらせて戻って来るわ!」

「うん、行って来る。ロゼ、リリーの事は任せた」

「はい、リリー様の事はこの命に代えましてもお守り致します」

「いいや、ロゼも命を大事にしてくれ。皆が悲しむ事になるからな」

「…承知しました」

ロゼとリゼはメイドだからか、自身を大事にしない傾向にあるので注意したのだが…ロゼの反応を見るにリリーの危機には身を投げ出す事を躊躇わなさそうだな。

俺もルリアとリリーの危機ともなれば、ロゼと同じように身を投げ出す覚悟はある。

勿論死にたくは無いが、自ら守ると決めた人の為だからな…。

そう考えると、ロゼの行動を俺が咎める事は出来ないかも知れない。

ロゼとリゼの事も守ると決めたのだから、二人がそんな事をしなくて良いように俺が何とかしなくてはならないな。


「ルリア、リゼ、行くよ!」

「分かったわ!アイロス王国を叩きのめしてやるわ!」

「はい、エルレイ様、私も頑張らせて頂きます!」

ルリアは張り切って飛びあがり、俺はリゼを抱きかかえてルリアの後に続いて行った。


「ルリアは、右の二つの塔を頼む」

「四つ全部でもいいわよ!」

「ルリアお嬢様、私にも一つ分けてください!」

「仕方ないわね、右の二つでいいわ!でも、遅かったら横取りするわよ!」

「ありがとうございます」

ルリアは全部の塔を破壊したかったみたいだが、リゼがルリアにお願いした事で譲ってくれた。

リゼの破壊が遅ければルリアが奪いに来るかも知れないが、そこはリゼに頑張って貰うしかないだろう。

今回俺は塔の破壊には参加せず、二人の防御に集中する予定だ。

ルリアの破壊力は言うまでもなく、リゼもルリアに鍛えられたのであの塔を破壊する事は可能だろう。

ただし、二つ壊せばリゼの魔力は枯渇するかもしれないが、それで俺達の役割は終わるのだから問題は無い。


俺とリゼは一番左端の塔の百メートルほど前まで来て停止した。

ルリアは右端の塔に向かって行ったから、かなり離れた事になる。

大丈夫だとは思うが、何時でも飛んで駆け付けられるように注意していなくてはな。

「エルレイ様、敵の魔法が来ます!」

「分かった!リゼは攻撃を始めてくれ!」

「はい、承知しました!」

ルリアの方に目を向けていたら、正面の塔からの魔法攻撃に気付くのが遅れた…。

障壁は掛けておいたから大丈夫だとは思うが、油断している場合では無いな。

目の前の敵に集中し、障壁を強化して魔法攻撃を受け止めた。


「フリージング!」

リゼの魔法が塔に放たれると、塔自体の温度がどんどん下がってき表面が氷で覆われて行っている。

塔の上にいた魔法使い達は自身の障壁によって何の影響もないだろう。

だがリゼが使った魔法は塔自体を破壊するのが目的で、魔法使いを倒すための物では無い。

俺達の仕事は塔の破壊であり、敵兵の排除では無いのだからな。

「バーニング!」

今度は冷え切った塔を急激に熱して行き、急激な温度変化で塔自体をもろくさせる。

敵の魔法使い達は、塔が熱された事に慌てて逃げ出していた。

「アイスクラッシュ!」

リゼが脆くなった塔に下に氷塊を当てると、ガラガラと音を立てて塔が崩れ落ちて行った。

「エルレイ様、やりました!」

「リゼ、よくやった!もう一つの塔も間に合いそうだから、同じように破壊してくれ」

「はい!」

リゼは自分の魔法で塔を破壊出来た事を、俺の腕の中ではしゃぎながら喜んでいた。

俺はリゼを落とさないように腕に力を込め、左から二つ目の塔へと向かって行った。

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