第七十二話 戦場の家 その三
「エルレイさん、起きてください…」
リリーの優しい声が聞こえて来て、徐々に脳が覚醒されて目を覚ますと、間近に微笑んだリリーの顔がある…。
そんな理想的な目覚めを期待していたのだが…。
「エルレイ!起きなさい!」
「ごほっ!」
寝ていた腹部にルリアの拳が叩きつけられて、激しい腹痛と共に目が覚めた…。
「ル…ルリア…おはよう…敵が攻めて来たのか?」
「違うわ!でも、もう起きる時間よ!早く起きなさい!」
リリーはまだ隣で寝ていたため、リリーを起こさない様にそっとベッドから抜け出した。
窓からは朝焼けの空が見え、まだ起きるには少し早い時間だと言うのが分かった。
寝る前に窓の外にある防壁を閉めて寝たから開けないと真っ暗なはずだったが、ロゼかリゼが起きて開けてくれたのだろう。
二人のベッドは既に空だし、俺も起きて準備するには良い時間なのかもしれないが…。
しかし、何時も起きるのが遅いルリアがこんな時間に目覚めているのは珍しい。
戦争に興奮して眠れなかったのだろうか?
そう思いながらルリアの方を見ると、ルリアは寝ているリリーの布団を少しめくって何かを確認している様子だった。
「ルリア、何をしているの?」
「エルレイがリリーに変な事をしていなかったか確認しているのよ!」
なるほど…ルリアがこんなに早く目を覚ましたのは、リリーの事が心配だったからなんだな…。
つまり、俺は信用されていないと言う事だ…。
まぁ、ロゼとリゼと寝ていたのを黙っていたし、ルリアにも魔法を教える為とか言って抱き付いたりしていたから信用されていないのは当然だな…。
ルリアの信用を勝ち得る為と、リリーとルリアの仲を悪くさせない為にも、ルリアを説得しなくてはならないだろう。
「ルリア、リリーとは寝る時に手を繋いだ以外は何もしてないよ。
それを証明するためにも、今夜はルリアと一緒に寝る事にしよう!」
「えっ!?い、嫌よ!なんで私がエルレイと一緒に寝ないといけないのよ!」
ルリアは少し怒った感じになり、顔を横に向けて拒否して来た…。
そこまで嫌がっている様子では無いと思いたい…。
だから強引に迫るのではなく、優しく諭さなければならない。
「僕はルリアとリリーを同じように大切にしたいと思っている。
だから嫌がる事を強制したいとは思わない。
ルリアがどうしても嫌だと言うのであれば僕は一人で寝る事にするよ。
それとは別に、ルリアに何かしてあげたいんだけれど希望はあるかな?」
「何よそれ?」
ルリアは俺の方を向き直り首をかしげていた。
「リリーとは一緒に寝たから、ルリアには別の形で何かしてあげたいなと思ったのだけれど?」
「そ、そんなこと言われても急には思い浮かばないわ!」
ルリアは少し俯き、少し考えこんでいる様子だ…。
そして考えがまとまったのか、少し赤くなった顔を上げて俺の事もまっすぐ見て言った。
「私がエルレイにリリーとは別の事をして貰ったら、リリーが悲しむでしょ!
し、仕方が無いから、今夜は私が一緒に寝てあげるわ!」
「うん、ルリア、ありがとう」
「ふんっ!」
ルリアは腕を組んでプイッと横を向いてしまったが、その仕草がとても愛らしく思えた。
これで暴力が無くなれば最高に可愛いのだが、暴力もルリアの魅力として受け入れるしかなさそうだな…。
俺達の話し声を聞いてか、ロゼが寝室に戻って来て俺の着替えを手伝ってくれた。
それはいつもの事だからいいのだけれど…ルリアの前で全裸にさせられたのには多少の抵抗があった…。
まぁ、ルリアは俺の裸になんか興味が無いのか自分のベッドに戻って座り、俺の着替えが終わるのを待っていてくれたくらいだから気にする必要は無いな…。
俺は着替え終えてリビングへと向かうと、キッチンからいい匂いが漂って来ている。
リゼが朝食の準備をしてくれているのだろう。
俺が手伝わない方が良いだろうと思い、窓から外の様子を見る事にした。
兵士達は進軍に向けての準備に大忙しの様子で、テントの片付けも始めているな…。
俺達も朝食を食べ終えたら、さっさと家を片付けてしまわなくてはいけない。
兵士達を見ていると、これから戦争に向かうのだと言う事を実感して緊張してきた…。
何があろうとルリアとリリー、それからロゼとリゼも守らなくてはいけない!
四人を守るのは大変だが、その準備は今日までやって来たのだから、必ず守り切ると心に誓い、女神クローリスにもお祈りをした。
ルリアとリリーが着替え終えてリビングへとやって来た…。
「今日はズボンなんだね…」
「そうよ、悪い?」
「ううん、良く似合っていて格好いいよ!」
ルリアとリリーは、俺と似たようなデザインの黒い軍服を着ていた。
エレマー砦の時は動きやすい膝下あたりのスカートだったに、今回は軍服を用意していたのだな。
準備期間は長かったし、俺が着ている軍服もラノフェリア公爵が用意してくれた物なんだよな。
そう考えると、ルリアとリリーがお揃いの軍服を着ているのにも納得できる。
「こういう服は初めて着たのですが、私も似合っていますか?」
リリーは自分の姿を見ながら俺に尋ねて来た。
「うん、リリーも良く似合っているよ」
「ありがとうございます」
二人共長い髪を後ろで纏めていて普段とは違った印象を受けるが、可愛らしい顔が強調されていていい感じだ!
暫く二人の顔を眺めていたい欲求に駆られるが、そんな時間は無いのが残念だ…。
しかし、よく考えて見ると、ロゼとリゼはメイド服のままだな…。
戦場では動きにくいかも知れないが、ロゼとリゼはメイド服以外の服を所持しているのだろうか?
ロゼに聞いて見れば良い事だな。
「ロゼ、戦場に行くのにメイド服では不便だろう?
他の服があるのであれば、着替えて貰ってもいいぞ」
「エルレイ様、私達はメイド服以外持ち合わせておりません。お気遣い感謝いたします」
「そうか…それはすまなかった」
ロゼはメイド服でも気にはしていないみたいだが、これは俺の失態だな…。
次は無いと思いたいが、戦争から帰ったら真っ先にロゼとリゼの服を買ってあげようと思った。
それは戦争の為だけではなく、普段着でと言う意味合いも含めている。
ロゼとリゼが、メイド服以外を着てくれるかという問題はありそうだが、そこは俺が何とか二人を説得するしか無いだろう。
ロゼとリゼは年頃の女性だし、おしゃれをしてみたいと思った事もあるだろう。
ちょっと卑怯かもしれないが、リリーに相談すればうまく行くかも知れない。
忘れないように、心にとどめておく事にしよう!
皆揃ってリゼの作った朝食を頂き、急いで出発の準備を整えた。
俺は地下の穴を埋め戻し、皆と家の外に出てから家を収納すると、周囲にいた兵士達から驚嘆の声が聞こえて来た。
この魔法が空間属性魔法だと分かる者はいないと思うが、少なくとも誰も使った事が無い魔法だと言うのは理解できるだろう。
ラノフェリア公爵の話では、空間属性魔法の記された魔法書はあの一冊だけだと言うし、これまであの魔法書を読んで使えた者はいなかったらしいからな。
ともかく、俺が家と言う大きな建物を出し入れできる魔法使いだと言う事は知れ渡る事になったのだ。
俺を利用しようと近づいて来る者が現れるだろうし、得体のしれない魔法を使う危険人物だとして暗殺者を送って来る者も増えるかもしれない。
より一層、注意して行動しなくてはならないのは間違いない。
両手で頬を叩いて気を引き締めなおし、迎えに来ていた兵士に皆で着いて行く事にした…。
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