第七十一話 戦場の家 その二

リゼの作った料理は多少焦げてはいたが、とても美味しく仕上がっていた。

初めて魔法を使用しての加熱調理でこれだけ出来れば十分だと思うのだが本人は納得しておらず、ルリアとリリーに謝罪していた。

ルリアとリリーは、そんな細かい事は気にする性格でもないし、料理を作ってくれたことに感謝しているくらいだ。

俺が手伝った方が良いかも知れないが、リゼの魔法の上達の妨げになるし頑張って貰うしかないかな。

家の中での生活は、俺個人としてはなかなか快適に過ごせているが、ルリアとリリーはどう思っているのか聞いて見る事にした


「快適に過ごせているわ!特にトイレを水で流すのは凄いわ!あれを家にも設置できないのかしら?」

「それは難しいな…排水を上手く処理できればいいんだけれど…機会があったら考えて見るよ」

「お願いね!」

ルリアはトイレが気に入ってくれたみたいだ。

俺の家もルリアの屋敷でもトイレは汲み取り式で、下水に流して一カ所で処理すると言うような仕組みはこの王国には無い。

他の国にあるかは分からないが、ルリアの期待に応えるためにも下水処理の方法を考えないといけないみたいだ。

下水処理の知識など持ち合わせていないので大変だが、俺自身も不便に思っている所だから、戦争が終わったら色々試してみようとは思う。


「私は…外の視線が少し気になりますが…その他は快適に過ごせています」

リリーが少し言いにくそうに答えてくれた。

窓にはレースカーテンを付けているから、外から中の様子を見ることは出来ないだろう。

しかし、中からは外の様子がある程度わかる。

兵士達には、俺が魔法で取り出したこの家が珍しのだろう。

通りかかる兵士達がじろじろと見ていくからな…。

カーテンを閉めるか、窓の外にある戸を閉めれば外からの視線は遮ることが出来るが、日光も遮断されて暗くなってしまう。

灯りは用意しているが、そこまではしたくない。

もう少し窓を小さく作るか、窓の位置を高くして外から見られないようにする工夫が必要だった。

それか、最初にルリア達に家を見せた時に作っていた、家の周囲を取り囲む塀をもう一度考える必要がありそうだ。

ルリアから視界が悪くなると言われて撤去したが、防衛を考えると有効なんだよな…。

今はどうしようもないのでリリーには我慢して貰い、今後の課題として覚えておこう。


風呂は狭いが、ルリアとリリーからは苦情は無かった。

ロゼとリゼからは、作っている段階から広くしてほしいと言う要望はあったが、風呂を大きくするためには家全体をもう一回り大きくしなくてはならなかった。

余り家を大きくしすぎると置く場所に困るかと思い、今回は我慢して貰っている。

戦争に行く機会が早々あるとは思わないが、次はもう一回り大きな家を作ってみようとは思う。


慣れない家での生活も問題が無いかと思われていたのだけれど…。

就寝する際に最大の問題が生じてしまった!

「エルレイ、なぜリゼが貴方と一緒に寝ようとしているの?返答によっては殴るわよ!」

「エルレイさん…」

「い、いや、これは…」

不味い、非常に不味い!

ルリア達と寝室が同じだけど、リゼがいつもの様に俺のベッドで寝ようとして来た。

ロゼとリゼには、俺と一緒に寝るようにお願いしているから、その行動は間違ってはいない。

間違ってはいないが…そこは空気を読んで貰いたかったし、俺も事前に今日は一緒に寝なくても良いと言っておくべきだったと後悔した…。

しかし既にもう遅い。

ルリアはベッドから出て俺の傍に来ていて、何時でも殴れる距離にいる。

リリーも起き上がり、俺に非難の視線を向けて来ている…。

ルリアから怒られるのには慣れているので構わないが、リリーからあのような視線を向けられるのには耐えられない…。

どうにか言いつくろわないといけないが、どの様に説明してもロゼとリゼと毎日寝ていた事実に変わりは無く、ロゼとリゼもルリアとリリーに嘘は言わないだろう。

嘘を吐いた所で露見するのであれば、ここは素直に非を認めてルリアから殴られるのが正解なのかもしれない。

よし、殴られるのは痛いし殴られたい訳では無いが、ルリアも殴ればスッキリしてそれ以上の追及をして来ないだろう。

俺は心を決めて、ルリアとリリーに謝罪する事にした…。


「ルリアお嬢様、エルレイ様は一人で眠るのが寂しいとの事でしたので、私とロゼが毎日添い寝をさせて頂いておりました。

エルレイ様とは手を繋いだくらいで、決してやましい行いはしておりません。

申し訳ございませんでした!」

俺が謝罪する前に、リゼがルリアに説明して頭を下げてしまった…。

「そう…頭を上げなさい、リゼが謝る必要は無いわ!

悪いのは、そんな子供じみたエルレイよ!

それにエルレイがやましい事をしないなんてありえないでしょう!」

「ぐばっ!」

ルリアの拳が俺の腹にめり込み、俺は腹を抑えて前に倒れて行った…。

ルリアは何時も俺の顔面を殴って来ていたのに、腹を殴って来るとは予想外だった。

かなり痛いし苦しい…。

俺はお腹を押さえてゴロゴロとその場で転げまわった…。

何時もならリリーが心配して様子を見てくれるのだけれど、今回は何も言って来ない…。

完全に嫌われてしまったみたいでかなり悲しい…。

痛みが治まるまで暫く転げまわった後、ゆっくりと起き上がる。

治癒魔法はまだ掛けていないので痛みが完全に消えた訳では無いが、俺が反省したとルリアが思う前に掛けるとまた殴られるからな…。

ルリアは腕を組んで仁王立ちのまま俺を睨んでいた。


「ル、ルリア、リゼの言った通り…一緒に寝ていた事は事実だ。ごめんなさい…」

俺は再び殴られる事を覚悟しながら謝罪した。

「ふんっ、それで、本当に手を出していないのでしょうね?」

「本当だ、ロゼにも聞いて見るといい」

「ロゼ、本当なのですか?」

「はい、添い寝と手を繋いだこと以上の事はされておりません」

ルリアがロゼに聞く前にリリーが尋ねてくれた。

「ルリア、ロゼが私に嘘を吐いた事はありませんので、間違い無いかと思います」

「そう…一人で寝るのが寂しいなんて本当に子供ね!」

「ごめんなさい…」

ルリアが俺の事をちょっと見下したような感じの笑みを浮かべて見ていた。

本当は下心で一緒に寝て貰っていたのだが、誤解してくれたのをわざわざ訂正する必要も無いだろう。

この際だから、俺は一人で眠るのが寂しいと思って貰えると、今後もロゼとリゼの二人と眠れて幸せになれるな。

「どうせアルティナに甘やかされて育ったのでしょうから仕方ないのかもね…」

「う、うん…」

「はぁ、まぁいいわ!リゼ、寂しがり屋のエルレイと一緒に寝てあげなさい!」

「承知しました」

ふぅ~、もう二度とロゼとリゼと寝られないようになるかと思ったが、ルリアが納得してくれたみたいで今後も一緒に寝られる事になり非常に嬉しい!

嬉しいが、余り表情にその事を出してはいけない!

あまり俺が喜びすぎると、ルリアの気持ちがいつ変わるか分からないからな…。

そしてルリアも自分のベッドに戻り、リゼが俺のベッドに入り込んで来ようとしていた。


「エ、エルレイさんとは私が一緒に寝ます!」

その時、リリーが顔を真っ赤にしながら珍しく大声を上げて宣言した。

俺も驚いたが、ルリアも俺以上に驚いるみたいだ…。

「リリー、言っている意味が分かっているの?」

「勿論分かっています。その…私もエルレイさんの婚約者なのですから…か、覚悟は出来ています!」

ルリアがリリーを諭すも、リリーの意思は固い様だ。

リリーは自分のベッドから出て、俺のベッドの傍までやって来た。

「リゼ…私と代わって下さい…」

「リリーお嬢様…よろしいのでしょうか?」

代われと言われたリゼも困惑気味で、俺とルリアに視線を向けて来ていた。

「リゼ、リリーと代わってあげなさい。エルレイ、リリーに変な事をしたらただじゃおかないわよ!」

「う、うん…」

ルリアもリリーの行動力には負けたみたいで、俺に背を向けて寝てしまった…。

そしてリゼと代わったリリーは、恐る恐る俺の横に寝転がって来た…。

ロゼとリゼの手を握って眠っていたから、リリーの手も握らないと不味いよな…。

俺はそっとベッドの中で手を伸ばし、リリーの手を握った。

リリーはちょっと驚いてビクッとされたが、少ししてから優しく握り返して来てくれた。

「エルレイさん、明日はルリアと眠ってあげてください」

「あぁそうだね。ルリアが嫌では無ければそうするよ」

リリーが小さな声でそう言って来た。

ルリアも俺の婚約者なのだから、リリーだけと一緒に寝る訳にはいかない。

ルリアが俺と一緒に寝てくれるかは別問題だが、ルリアとリリーは仲もいいし、こんな事で喧嘩して欲しくはないからな。

そこは俺がルリアを何とか説得しなくてはならない所なのだろう。

「リリー、おやすみなさい」

「エルレイさん、おやすみなさい」

リリーの恥ずかしがる可愛い横顔を眠りにつくまで見続け、俺は幸せな気持ちで眠る事が出来た…。

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