第六十六話 アリクレット男爵家の危機 その一
ヘルミーネ王女の魔法の訓練で多少時間は取られてしまったが、その日のうちに家まで帰って来る事が出来た。
アンジェリカは父に婚約が決まった事を報告し、近い内に家庭教師を辞めて実家に帰る事になる。
剣術の指導者が居なくなってしまうが基礎は教わっているし、俺も男爵になった事でその内この家を出て行く事になるだろうから問題は無い。
この家に次の家庭教師が来るのは、マデラン兄さんに子供が出来てからになるのだろうな。
自室に転移して来た後、アンジェリカは部屋を出て行ったがルリアには残って貰っていて、今はベッドの横に二人並んで座っている。
「それで、話って何?」
ルリアは疲れてるんだけど?って言いたそうな視線を俺に向け、今にも俺のベッド寝ころんでもおかしくない様な怠そうな声で聞いて来た。
俺もお城で魔法勝負したりヘルミーネ王女の相手をしたりして疲れているが、ルリアと二人きりの時に聞いておきたかったからな。
ルリアには申し訳ないけれど、少しだけ話に付き合って貰う事にした。
「ルリアの交友関係は僕にも関係して来るから、ユーティアお嬢様とヘルミーネ王女様に関して聞いておきたかったんだ」
「そんな事なのね…それで何が聞きたいの?」
「まずはユーティアお嬢様だけれど、ルリアとは仲がいいの?」
「普通ね。年も近いし数年前までは良く遊んでいたわ」
「数年前までと言う事は、今は違うの?」
「ユーティア姉様がロゼリア母様から仕事を受け継いでからは遊んでないわ。
仕事と言うのは貴族の縁組ね」
「あぁ、それでアンジェリカのお相手も探して貰ったという事なんだね」
「そう言う事よ」
「でも、僕はユーティアお嬢様が話している所を見た事が無いのだけれど、それで仕事が務まるの?」
「元々口数は少ない方だったのだけれど、仕事で貴族の秘密を多く知る事になってからは、自室と一対一になれる場所でしか話さないわね」
「なるほど、そう言う理由だったんだね」
貴族の縁組ともなれば、多くの人達の人となりを調べ上げなければな無いのだろう。
それと同時に、貴族達から信用を得ないと情報も集まらない。
信用を得るために、口を閉ざしているという事なのだろう。
実際にどのような仕事内容なのかは想像できないけれど、大変な事なのだと言う事は理解できた。
「エルレイ、ユーティア姉様には婚約者が居るのだから手を出しては駄目よ!」
「いや、そんなつもりで聞いたわけでは…」
「まぁいいわ。次はヘルミーネに関してだったわね。
お父様に連れられて城に行った際に仲良くなった程度よ。
お互い魔法が使えるから話が合ったくらいだわ」
「そうなんだ。という事はルリアも城内で魔法を使ったりしたのかな?」
「ふんっ!ヘルミーネと一緒にしないで頂戴!」
「そうか…ごめん」
ルリアなら、ヘルミーネ王女と張り合って城内で魔法を使ったりしたのかと思ったが違って良かった。
「私はバルコニーから外に向けてちゃんと撃ったわ!」
訂正、ルリアもヘルミーネ王女と大差なかった…。
その後騎士が大勢押しかけて来てお父様からも叱られたわ…と小さな声で言ってたのを俺は聞き逃さなかった。
「あの頃は私も子供だったのよ!」
「まぁ、知らなければ仕方ないよな…」
今も子供だと思ったがそれは口に出さず、ルリアが怒って来たので素直に擁護しておく。
殴られたくは無いからな…。
「ルリア、ありがとう。今日はゆっくり休んでくれ」
「そうするわ!」
これ以上ルリアの機嫌が悪くならないうちに部屋に戻らせた。
それから数日間は平和な日常を過ごす事が出来たが、ラノフェリア公爵家の執事ヴァイスから念話の連絡が届き事態は急変した。
『エルレイ男爵様、緊急事態でございます。
アリクレット男爵領に、エルレイ男爵様のお命を狙う暗殺者らしき集団が入ったとの知らせが届きました。
何卒ご注意くださいませ!』
『分かりました。その暗殺者はラウニスカ王国から送られて来た者なのでしょうか?』
『確証はございませんが、恐らく違うかと思われます』
『そうですか、後はこちらで対処します。情報ありがとうございました』
…暗殺者とは困った事になったな。
ラウニスカ王国の暗殺者では無いという事だったが、そっちの可能性も考えて対処しなくてはならないな。
俺はまず父とマデラン兄さんに報告する事にした。
「そうか、家の中の警護に関しては心配する事は無い」
「はい、父上にお任せします」
「怪しい人物の捜索は僕がやっておくよ」
「マデラン兄さん、お願いします」
「僕は屋敷の周囲に魔法で罠を仕掛けようと思います」
「頼んだぞ」
お互いの役割を決め、俺は父達を別れて外で魔法の訓練をしているルリア達の所へとやって来た。
魔法の訓練をしていたルリア達に集まって貰い、休憩を兼ねてロゼとリゼに紅茶を用意して貰った。
「皆落ち着いて聞いて欲しい。先程ヴァイスさんから念話で近くに暗殺者の集団が来ているとの知らせがあった」
「そう、やっと来たのね!」
ルリアは暗殺者と聞いても動じず、紅茶を優雅に口に運んでいた…。
やはり公爵令嬢と言う立場にいると、暗殺者など珍しいものでは無いのか?
でも、リリーは元王族なのにかなり動揺しているな…。
単なる性格の違いによる物なのかも知れない。
「ルリアは暗殺者が来る事が分かっていたのだろうか?」
「エルレイが鈍すぎるだけなのよ!」
「うっ…」
「エルレイは戦争で戦果を上げて男爵になったのよ!
他の貴族からの妬み。
お父様に敵対する貴族。
アイロス王国。
エルレイの敵は、上げればきりが無いほど多いわ!」
「まったくもってその通りです…」
ルリアの言う通り、俺を殺したいと思っている人達は多そうだ…。
「それで、ロゼとリゼに聞きたいのだけれど、どう対処すればいいと思う?」
「そうですね…全て私達に任せて頂けませんか?」
「いや、ロゼとリゼだけに負担は掛けさせたくはない。
それと、あの技を使わせたくは無いんだ」
「ですが…」
あれから色々調べてみたが、ロゼとリゼが異常なほどに早く動けるのには、脳に相当な負担がかかる事が分かった。
だから連続して使えないし、一日に使える回数も決められていて、限度を越えれば死んでしまうからだ。
二人もそれは分かっていて無理はしないとは思うが、リリーの危機ともなれば命を投げ出しても技を使う事を躊躇わないだろう。
それをやらせないためにも、俺が何とかして対処しなくてはならない。
「私達は殺気を感知する事が出来ますので、暗殺者が近くに来れば分かります」
「リゼ!」
「ロゼ、暗殺者が何人いるか分からないし、技を使うなと言われれば、エルレイ様と協力して撃退しないといけないでしょ!」
「そうかも知れないけど、エルレイ様に危険な事をさせるのには反対です!」
ロゼとリゼが喧嘩を始めてしまった…。
「喧嘩はやめてください!」
「「はい、申し訳ございません」」
しかし、リリーの一声で二人は喧嘩を止めてくれた。
「村に来た暗殺者の情報はマデラン兄さんが調べてくれているし、それが分かってから、もう一度対策を考えよう」
そして翌日。マデラン兄さんから暗殺者の情報が伝えられた。
「村の宿に泊まっているのは二十二人。
その内、怪しそうな人は十二人と言う所だね」
田舎の小さな村だから、他所から入って来た者はすぐに分かるのが利点だったな…。
「宿屋に泊まっていない人が居るかもしれないから、正確な数では無いかも知れない。
それが複数の組に分かれて、村の状況やこの屋敷の周囲を調べているみたいだ。
数日中には襲って来るだろうね」
「ふむ、人数は多いが私の剣の錆にしてくれよう!」
父は暗殺者と戦う気満々だ…。
父の腕なら一対一なら負けないだろう。
しかし、家族を人質に取られたり、複数で襲われれば厳しいと思われる。
やはり、屋敷に入られる前に対処した方が良さそうだ。
ロゼとリゼに手伝って貰う事にしようと思う。
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