第六十四話 勝負! その三

「「ユーティアお嬢様、ルリアお嬢様、アリクレット男爵様、ありがとうございました」」

騎士達からの祝福が終わった後、アンジェリカとロムルスの二人は俺達の所に来て感謝を伝えて来た。

ロムルスの額の傷は既に魔法で治療されていて、俺が治療するまでも無かった。

「アンジェリカ、良かったわね。おめでとう!」

「アンジェリカ、おめでとう!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

ルリアと俺が祝福すると、感極まったアンジェリカは泣きだしてしまい、ルリアが優しくアンジェリカの涙を拭ってあげていた。

ルリアは意外と優しい所があるんだよな…。

リリーには当然の事だけれど、メイドのロゼとリゼに対しても優しい。

その優しさを少しでも俺に向けてくれれば嬉しいんだけれどな…。


アンジェリカが落ち着きを取り戻し、俺達の役目は終わり帰る事となった。

アンジェリカは一度俺の家に戻って父に報告後、実家に帰るそうだ。

実家から両親と共に、ロムルスの実家に赴いて正式に結婚する事となる。

俺達は戦争を控えている為、結婚式に出席する事は出来ないがお祝いの品は送ろうと思う。

アンジェリカとロムルスの二人は、城の玄関へ向かう途中楽しく話ながら俺達の前を歩いている。

会話の内容は先程の勝負の事で、あの場面ではこう動いた方が良かったとかと言う、結婚が決まった男女の会話では無いと思うが、二人が楽しそうにしているからいいのだろう。

俺はと言うと一人寂しく歩いている。

ルリアはユーティアと会話しているし…と言うか、ルリアが一方的に話していて、ユーティアがそれに頷いているだけなんだけどな。

でも、二人は意外と仲が良かったんだな。

ラノフェリア公爵家で二人が会話している所を一度も見た事が無かったから、仲が悪いんだと思っていた。

アンジェリカの事をユーティアに頼んだのはルリアだし、二人の仲を俺が知らなかっただけなんだな。


「おい貴様!ちょっと待て!」

お城の庭を玄関に向けて歩いている所で、背後から聞き覚えのある声で呼び止められた。

俺は振り向いて見ると、灰色のローブを着た若い男性が俺を睨みつけていた。

名前は思い出せないが、見習い宮廷魔導士だったか?

国王陛下を前で魔法を披露した後に、同じように呼び止められた記憶がある…。

どうでもいい奴なのだが、二人の結婚が決まって玄関までの短い間の会話を邪魔したこいつに怒りを覚えた。

ルリアも同じ気持ちなのだろう、怒りをあらわにして灰色のローブの男性を睨みつけている。

ルリアに睨まれると怖いんだよな…。

俺もよく睨まれるから男性の今の気持ちは良く分かる。

男性はルリアから目をそらし横を向いてしまっているしな…。

さっさと男性から話しを聞いて退散して貰った方がいいな。

俺はそう思って口を開こうとしたら、ロムルスが男性の前に立ち塞がった。


「見習い、アリクレット男爵に対して失礼だぞ!

即座に謝罪するのであれば見逃すが、そうで無い場合は相応の処罰を下す!」

ロムルスは表情を硬くし、アンジェリカと楽しそうに話していた時の声とは違い、怒気のある低い声で男性を叱責していた。

そうだよな。

俺は男爵になったのだから、貴様呼ばわれされる謂れはないな。

まだまだ男爵になった実感と言うのが無かったんだよな…。

領地はあれで…領民も居ないからな…。

今はそんな事はどうでもいいな。

「アリクレット男爵様!た、大変申し訳ございません!」

叱責された男性は顔を真っ青にし、俺に向けて頭を何度も下げながら必死に謝罪して来ていた。

このまま放置して行くのが楽だけれど、一応俺を呼び止めた理由は聞いておいた方が良いのだろう。

「それで、僕に何か用事があるのかな?」

「はい、アリクレット男爵様にお願いしたい事があります!

叶うならば、私と魔法で勝負をして頂けないでしょうか?」

魔法でどの様な勝負をするのかには興味があるが、勝負を受けた所で俺にメリットは無いな。

早い所帰って、魔法の訓練に時間を割いた方が良いだろう。

そう思い、断ろうとしていた所…。


「エルレイ面白そうじゃない!勝負を受けなさい!」

「えぇー…」

ルリアの言葉に、俺は思わず不満を漏らしてしまい、ルリアは俺の表情を見て、良いおもちゃを見つけたと言う様な嬉しそうな表情をしていた…。

「エルレイが嫌だと言うのなら私が受けてもいいわよ!」

「い、いや、ぼ、僕が受けるから、ルリアは見ていてくれ!」

ルリアが魔法勝負を受けると言うのを、俺は慌てて止めた!

どんな魔法勝負か不明だが、ルリアなら全力で相手を敗北させるに決まっている!

そうなってしまえば、せっかく隠している魔法の事を知られてしまうし、それを見た魔法使いが自分にも出来ないか試そうとするはずだ。

今の俺の切り札は魔法しか無い。

それを失わない為にも、情報をなるべく与えないようにすることが肝要だろう!

ルリアとリリーがそうであったように、努力すれば身につく技術だからな。

「えーと、君の名前は…」

「カール。カール・キリル・パルです!」

「カールさん、僕が勝負をうけるけれど、あまり時間が無いので早めにお願いします」

「は、はい、第一魔法訓練場まで御足労お願いします!」

カールは最初に俺を呼び止めた時とは全然違う態度でぺこぺこと頭を下げてお願いし、俺の前を歩き始めた。


「アンジェリカ、帰るのが少し遅くなるけどもう少し待っていてくれ」

「いいえ、エルレイ君の勝負が見れるのは楽しみだ。いい勝負を期待しているよ」

「はい」

「アンジェリカはエルレイの勝負なんて見なくて良いから、ロムルスとゆっくし過ごしていなさい」

「あっ、はい、お気遣いありがとうございます」

なるほど、ルリアが勝負を受けろと言ったのにはそう言う意図があったのか。

アンジェリカは少し恥ずかしそうにしながらロムルスの傍に寄り添い、ロムルスもカールを叱責した時とは変わって表情を緩めていた。

ロムルス!そこはアンジェリカの手を繋いであげる所だと思うんだが、恥ずかしいのかロムルスの手は握りしめられたままだ…。

ここは俺が一肌脱いであげる所だろうと思い、ルリアと手を繋いだ。

いきなり手を繋がれたルリアはビクッとして俺を睨んで来たが、俺が二人の方に目配せするとルリアも理解を示してくれた。

ふぅ~、一応ルリアから殴られる覚悟をしていたが、そうならずに済んでよかった。

ルリアの頭の良さに感謝だな。


「エルレイ、嬉しいわ!」

「僕も嬉しいよ!」

ルリアがわざと二人に聞こえる様な声で芝居をしてくれたので、俺もそれに合わせる。

ルリアの普段なら絶対言わないようなセリフに、俺は少しだけドキッとさせられたのは秘密にしておこう。

ルリアも暴力を振るわなければとても可愛らしいんだよな…。

でも、お淑やかなルリアと言うのはルリアでは無い様な気がする。

殴られたい訳では無いが、普段通りのルリアの方が良いと思ってしまった…。


さて、俺とルリアの芝居が上手く行ったみたいで、ロムルスが勇気を出してアンジェリカと手を繋いでいた。

二人とも顔が真っ赤だが、お互いの顔を見つめ合っていた。

「あの…私の手は硬いので繋いでいても楽しくはないのでは?」

「そんな事は無い。アンジェリカの手は剣士としての立派な手だと俺は思うし、俺も負けないくらいに硬いからな」

「そう…ですね。毎日訓練されたのが良く分かります」

「この手は俺に敗北を教えてくれたアンジェリカのお陰だ」

二人の甘い世界を作り出して幸せそうに話しているのを聞いていると、俺まで嬉しく思ってしまう。

アンジェリカにはお世話になったから、この幸せが続いてくれる事を願うばかりだ…。

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