第六十三話 勝負! その二

アンジェリカとお相手のロムルスが対峙し、審判役を努める騎士が間に立った。

「両者、準備は良いか?」

「はっ!」

「はい!」

「試合開始!」

試合は始まったが、お互いに牽制し合ってなかなか動けないでいる。

アンジェリカからすると、ロムルスの身長から繰り出される剣をかいくぐって懐に入るのは至難の業だろう。

リーチの差があるから、アンジェリカはロムルスより一歩踏み出さないと剣が届かないからな。

ロムルス側からすると、絶対に負けられない試合なので慎重にならざるを得ない。

負ければアンジェリカと結婚することが出来なくなる。


「はぁっ!」

先に仕掛けたのはアンジェリカの方だった。

アンジェリカは得意の素早い連撃を繰り出し、ロムルスに反撃する暇を与えない!

アンジェリカは本当に手を抜くつもりは無いみたいだな…。

しかし、最初からそんなに飛ばしていては長く持たないぞ?

それとも、短時間で決着をつけるつもり何だろうか…。

ロムルスは受けに徹しているが、まだまだ余裕がある様に思える。

そんなに簡単に決着が付くとはアンジェリカも思っていないはずだ。

そう思っていると、突然アンジェリカが後方に大きく飛び退け間合いを取った。


「次は貴方の番よ!来なさい!」

「おう!」

なるほど…。

先程とは逆に、ロムルスが連撃を繰り出しアンジェリカがそれを受ける流れとなった。

ロムルスの剣撃はアンジェリカほどの速度やキレは無いものの、一撃一撃が非常に重いものだと、剣同士がぶつかる鈍い音が証明している。

アンジェリカはその重い剣撃を、いとも簡単に受け止めている…。

やはりアンジェリカは凄い剣士だと、改めて認識した。


俺の家族の中でアンジェリカに勝てる者はいない。

一番強い父でさえ負けてしまうほどだ。

俺もまともに戦えば勝てる気はしない。

勇者時代につちった剣術を駆使すれば勝つ事は出来るかも知れない。

それでも、十回に一、二回勝てればいい方だと思う。

その時覚えた剣術は自己流で、魔物や魔族との戦いで鍛え上げた実践的なものだ。

意地汚く生き残るための剣術だから、貴族としての正しい剣術を習得したアンジェリカやルリアからは卑怯だとか言われるんだよな…。

今二人の剣士が真剣に戦っている姿を見ると、卑怯だと言われても仕方が無いと思えるな。

二人の姿は、見惚れてしまう美しさがある。


アンジェリカの受けが終わったのか、今度はロムルスが大きく間合いを空けた。

「では本気で行かせて貰う!」

「来い!」

ここからが本当の勝負の様だ。

アンジェリカが一気に間合いを詰め、ロムルスの体に向け鋭い突きを見せた!

「くっ!」

ロムルスは体をひねって何とか躱し、そのまま一回転しながら威力の乗った一撃を放つ!

アンジェリカは身をかがめ、ブンッ!と言う風を切る音がアンジェリカの頭上を過ぎ去っていく。

アンジェリカはしゃがんだ状態から剣を跳ね上げて、通り過ぎたロムルスの腕を狙う!

「なんの!」

ロムルスはアンジェリカに体当たりをして、剣が当たる前にアンジェリカを吹き飛ばす。

アンジェリカは後ろに一回転して起き上がり、剣を構えなおす!

そこにロムルスの強烈な一撃が打ち込まれた!

「くぅぅぅ!」

起き上がったばかりのアンジェリカは、剣で受け止めはしたものの、その衝撃は体全体に伝わっていたのだろう。

苦痛に表情を歪めるアンジェリカに対して、ロムルスは容赦なく連撃を加えて行く!

一方的に攻撃を受け続けるアンジェリカに、反撃する機会が無いとも思えて来る。

しかし、アンジェリカは諦めている訳では無い。

少しずつだが、アンジェリカは剣を受け止めながら前に進んでいる。

そして、アンジェリカの剣がロムルスに届く距離になった時、受けるだけになっていたアンジェリカの反撃が始まった!


「凄い!」

二人は一歩も引かず、力の限り剣を撃ち合い続けている!

しかし、二人ともここまでずっと剣を振り続けて来ていたため、最初の時のような勢いはない。

それでもお互い大粒の汗を流しながら、歯を食いしばって撃ち合い続けていた!

この勝負、どちらが勝っても不思議ではない。

それだけお互いの力量が拮抗しているように思える。

そして長い戦いの幕が下ろされようとしていた…。


「危ない!」

ロムルスが疲労からかガクッと膝が落ち、アンジェリカの剣がロムルスの顔面に直撃しそうになった!

これは試合で、お互い刃を潰している剣を使用しているが、急所に当たれば致命傷になるのには変わりは無い。

何時もなら寸止めできるアンジェリカも、腕が疲労してて止める事が出来ないと焦りの表情を見せていた。

「ふんっ!」

ロムルスは頭を引くどころか前に突き出し、額でアンジェリカの剣を受け止めた!


「そこまで!」

審判の騎士が二人を止めた。

「勝敗はどうなるんだ?」

「ロムルスの負けか?」

「いや、ロムルスの勝ちだろ!」

騎士達が勝敗に対して騒ぎ始めた。

それもそのはず。

アンジェリカの剣はロムルスの額に当たってはいるが、ロムルスの剣もアンジェリカの首筋で寸止めされている。

この勝負が実戦だとすると、ロムルスはアンジェリカの剣をヘルメットで受け止めた形になり、アンジェリカは首を斬られていた事になる。

しかしこれは試合で、審判の騎士も判断しかねている様だ…。


ロムルスは剣を引き、アンジェリカも一歩下がり剣を鞘に納めた。

そしてお互いに礼をし見つめ合っている。

ロムルスの額からは血が流れ落ちていて痛々しそうだったが、見つめ合った二人にはそんな事は気にならない様子だ。

そして、同時に口を開いた。

「私の負けです」

「俺の負けだ」

お互いが敗北を認めたが、この場合どうなるのだろう?

引き分けか?

引き分けなら再戦もあり得るかもしれないが、今は疲弊している状況だから時間をおかないといけないだろう。

しかし、死闘を繰り広げた二人に再戦を言い渡すのも可哀想にも思える。

ここで決着をつけた方が良さそうだ。

しかし、審判の騎士も今だに勝敗を決めかねている。

そして二人は、自分の方が負けたのだと言い合いを始めてしまった…。

俺が止めに入ろうと思った所で、パンパンと手を叩く音が聞こえて来た。


「はい、二人ともそこまでにしなさい!」

ルリアが席から立ち上がって、二人の所に進んで行った。

男爵の俺が間に入るより、公爵令嬢のルリアの方が相応しいな。

俺はこの場をルリアに任せ、傍観する事にした。

「アンジェリカ、貴方は負けたと思たのよね?」

「はい、ロムルスの剣の方が私の首に当たるのが早かったと思います」

「そう。ロムルス、それで間違いは無いかしら?」

「いいえ、実戦だとすると、私は頭を打ち砕かれて死んでおりました。

ですので、私の敗北です」

「どちらも負けだと言うのよね?」

「はい」

「はっ!」

「分かったわ!ではアンジェリカは負けたのでロムルスの嫁になりなさい!」

「はい!」

アンジェリカはルリアから嫁に行けと言われて、満面の笑みで答えていた。

それを聞いたロムルスも一瞬表情が緩んでいたが、次の瞬間表情を引き締めなおしてルリアに反論していた。

「ルリアお嬢様お待ちください!私は敗北したのでアンジェリカ殿を嫁に貰うわけには参りません!」

「そう言う約束だったわね!でも、アンジェリカも敗北したわ!だから約束通り嫁に行かせるのよ!」

「しかし!」

「それに、貴方は再戦を申し込むくらいだから、アンジェリカの事が好きじゃなかったの?」

「そ、それは……好きであります!」

ロムルスは少し迷いながらも、顔を真っ赤にしながらも大きな声で好きだと言った!

「アンジェリカも再戦を受けたのだからロムルスと結婚したかったのよね?」

「はい…」

アンジェリカもロムルスと同じように顔を真っ赤にしながら答えた。

「それならいいじゃない。皆もそう思うわよね?」

「「「「「はい!その通りです!ロムルス結婚おめでとう!」」」」」

ルリアが集まっていた騎士達に問いかけると、声を合わせて答えてくれた。

そこからは、騎士達がロムルスとアンジェリカの周りに集まって、皆で祝福をしてくれていた。

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