第六十二話 勝負! その一

家に帰って来てからは魔法の訓練だけではなく、午前中はアンジェリカの指導で剣術の訓練も毎日行っている。

戦争に参加するのだから体力は必要だし、後方で魔法だけ撃っていればいいという事にはならないだろう。

魔力切れになる可能性も無いとは言えないし、前線で剣を持って戦う可能性も考慮しておくべきだろう。

子供の俺が剣で戦ったとして、一人か二人倒せるかどうかというとこだろうが、それでも備えて置いて損は無いはず。


この日も朝から基礎的な訓練を終えた後、アンジェリカはルリアと俺を相手に実戦的な剣術の訓練をしてくれていた。

そして、休憩の為に三人でテーブルの席に座り、ロゼが用意してくれた飲み物を飲んで一息ついていた時の事だった。

「アンジェリカのお相手が見つかったと今朝連絡があったわ!」

「本当ですか!」

アンジェリカはルリアの方に身を乗り出し、満面の笑みを浮かべていた。

「えぇ、お相手はミエリヴァラ・アノス城の騎士でキエフ伯爵の七男、ロムルス・ヨーゼ・キエフ、二十四歳よ」

「ロムルス殿ですか…」

満面の笑みだったアンジェリカは、相手の名前を聞くと次第に笑みが消え、乗り出していた体も元に戻って椅子にストンと腰を落として座った。


「えっ?アンジェリカはその人の事を知っているの?」

「はい、一度お会いした事があります…」

俺が聞くと、アンジェリカはとても沈んだ声で応えてくれた。

一度会ったという事は、アンジェリカが剣の勝負で勝ったという事なのだろう。

それで、落ち込んでしまったのか…。

しかし、そんな相手を何故ルリアの知り合いは選んで伝えて来たのだろう?

ルリアの方に視線を向けると、分かっているわよ!と言うような目で睨まれ、ルリアはアンジェリカに優しく話しかけた。

「他にも候補は居たみたいなのだけれど、ロムルス側からもう一度お願いしますと強く言われたそうよ。

だから、もう一度だけお願いできないかしら?」

なるほど、相手はアンジェリカに負けたままで終わらせたくは無かったのだろう。

お城に勤める騎士という立場からしても、女性に負けたままなのは許されないだろうからな。

でもこれは、アンジェリカの結婚相手を決める勝負なのだから、相手もアンジェリカの事が好きだったりするのかも知れないな。

アンジェリカの方はと言うと、ルリアからお願いされて迷っているといった感じだろうか?

俺としても、アンジェリカが嫌だと思う相手と無理やり結婚させたくは無いので、ルリアに確認してみよう。


「ルリア、アンジェリカが嫌だと言えば、他の人に代えて貰う事は出来るのだろうか?」

「可能よ!受けるかどうかはアンジェリカの気持ち次第でいいわ!」

「アンジェリカ、そう言う事だから嫌ならまた別の人を探して貰ってもいいみたいだけど?」

アンジェリカはまだ迷っていたが、やがて顔を上げてルリアをしっかりと見て答えてくれた。

「ルリアお嬢様、お受けしたいと思います!」

「そう、二、三日中に連絡が来るでしょうから、心の準備をお願いね!」

「承知しました!」

アンジェリカは喜びでは無く、真剣な表情をしていた。

アンジェリカはこれまでと同じように、勝負に手を抜くつもりは無いらしい…。

俺としては、アンジェリカに結婚して幸せになって貰いたいと思っているから、相手が勝つ事を願うばかりだ。


そして三日後、俺はアンジェリカとルリアを連れて、ラノフェリア公爵邸へと空間転移魔法でやって来ていた。

リリー、ロゼ、リゼの三人には、残って魔法の訓練をして貰っている。

戦争までの時間は限られているので、出来るだけ魔法の上達に力を注いでもらい戦力を上げるためだ。

ロゼとリゼは、最後まで護衛に着いて来ると言われたが、ルリアが護衛はラノフェリア公爵家で用意すると言った事で、渋々ながら納得してくれた。

ベルを鳴らすとすぐに部屋の扉は開かれて、ラノフェリア公爵家三女ユーティアとメイドが転移してきた部屋に入って来た。

「ユーティア姉さん、待たせてしまったみたいね!」

ルリアがユーティアに声を掛けると、フルフルとかを横に振って否定していた。

「そう?すぐに向かうけどいいのよね?」

ユーティアは頷くと、ルリアが差し出した手を握った。

「エルレイ、王都に転移して頂戴!」

「わ、分かった」

ユーティアは変わった女性で、俺は今までユーティアが話しているのを見た事が無かった。

ラノフェリア公爵の問いにも、無言で首を動かすだけで答えていたし、その事をラノフェリア公爵が注意していなかったから話せないのだと思っていた。

しかし、ルリアにユーティアの事を聞くと普通に話せると答えてくれた。

ただし、特定の場所でしか話さないらしいが、ルリアは俺が知る必要は無いと、その理由を教えてはくれなかった。

俺としても、ユーティアと関わるつもりは無かったので、それ以上の事までは追及しなかったのだけどな。

今回、アンジェリカの結婚相手を探してくれたのがユーティアで、アンジェリカのお見合いと言う名の勝負に立ち会うので、俺が連れに来た訳だ。

ユーティアとメイドが繋がったのを確認し、王都にあるラノフェリア公爵家別邸へと転移してきた。

今回のお見合いの相手がお城に勤める騎士だから、俺もまたお城へと行く羽目になった…。

馬車に乗り込み、お城へと着いた時にはお腹がキリキリと痛んで来た…。

また精神的に疲れる場所に来たと、体が訴えているのだろう。

俺も行きたくは無いが、アンジェリカの為に行かなくてはならない。

自身に治癒魔法を掛けて痛みを取り除き、馬車から降り立った。


「わ、私なんかが、ミ、ミ、ミエリヴァラ・アノス城に、は、入ってもいいのだろうか…」

アンジェリカは、俺が最初に来た時の様にお城を見上げて、ガタガタと膝を震わせていた。

そうだな。今日はアンジェリカの事を優先すべきで、俺はしっかりとしていなければならない!

俺は気持ちを入れ替えて、堂々とした態度で臨む事にした。

「大丈夫よ!アンジェリカは余計な事を考えずに、お見合いの事だけに集中していなさい!」

「は、はい…」

ルリアがそう言ってもアンジェリカの震えは止まらず、ルリアが仕方ないわね!と言ってアンジェリカの手を引いてお城の玄関へと連れて行った。

「ユーティアお嬢様、ルリアお嬢様、お待ちしておりました。

ロムルスは既に裏の訓練場にて待機中です!」

「案内して頂戴!」

「はっ!」

騎士に案内されて城内を移動し、お城の裏に出て騎士の訓練場へとやって来た。

俺が魔法を披露した場所とは違っているのだな。

騎士の厩舎の更に裏にあったため、前回来た時には気付かなかった。

その訓練場には、非番なのか、それとも訓練中だったのか分からないが、三十人ほどの騎士が待ち構えており、その中の一人だけが剣の素振りをして体を温めている様だった。

恐らくあの騎士が、アンジェリカのお見合いの相手なのだろう。

俺達が来たのに気が付くと素振りを止めて剣を鞘に収めて、こちらにやって来た。

短く刈上げた金髪に彫の深い顔立ちの大人の男性だ。

体格もよく、相当鍛えていると思われるから、これは期待してもいいのかも知れないな。


「ユーティアお嬢様、ルリアお嬢様、今回私に機会を与えて下さり、誠にありがとうございます!」

騎士が俺達の前に来て片膝を付き感謝を述べていた。

「挨拶は結構よ!二人共早速始めるから準備なさい!」

「はっ!」

「はい!」

アンジェリカの体の震えは収まっていて、これなら勝負に支障は無いだろう。

ルリアは準備する様に伝えた後、用意された席へと移動して行った。

俺はアンジェリカの相手をする為その場に残り、アンジェリカと共に素振りをした後、軽く撃ち合いをした。

「アンジェリカ、頑張ってと言うのは変かもしれないけれど、後悔の無いようにね!」

「はい、勝負に手を抜くつもりはありません!」

アンジェリカの目は真剣そのものだ。

アンジェリカが勝負で勝てば、やはり結婚する気は無いのだろう…。

相手の騎士に勝って欲しいが、アンジェリカの実力は本物だ。

両者の準備が整い、いよいよ勝負が開始される事となった。

俺は二人が怪我をしてもすぐ治療に行けるようにと傍に立ち、勝負を見届ける事になった。

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