第六十話 リリー その三

「エルレイさんはラウニスカ王国をご存知でしょうか?」

「あーうん、名前だけは知っているかな…」

アンジェリカから教えて貰って知っている。

そう言えば、最近誰かとラウニスカ王国について話をしたような…。

直ぐには思い出せず、リリーの話を聞く事に集中する。

「私の以前の名前は、リリアンヌ・ウイレム・ド・ラウニスカ。ラウニスカ王国の第三王女でした」

「えぇっ!?」

俺は驚きのあまり大声で叫んでしまった…。

「エルレイ、うるさいわよ!黙ってリリーの話を聞きなさい!」

「ご、ごめん…でも王女って…」

ルリアに怒られたが、誰だって昨日までルリアのメイドだった人が王女だと言われれば驚くだろう!

あっ!その王女に対して俺はかなり失礼な事をし続けていたのでは無いだろうか…。

魔法を教える際には後ろから抱きしめたし、可愛いからと言って頭を撫でた事もある。

紅茶を淹れさせたこともあったよな…。

俺は不敬罪で罰せられるのか?

いやでも、リリーは俺の婚約者だから不敬も何も無いよな?

とにかくリリーの話を最後まで聞いて見よう。


「ラウニスカ王国には王家が二つ存在し、私の父である国王側の王家と、王国を裏から支え続けて来たもう一つの王家がありました。

ラウニスカ王国の長い歴史の中でも、二つの王家が手を取り合って王国を支えて来ていたのです。

ですが、突如として王家は一つで良いともう一つの王家が言い出し、私の王家を襲ったのです。

私は、当時私のメイドだったロゼとリゼに助けられ、何とか逃げ出す事が出来ました。

そして、ソートマス王国まで逃げ延びて来た所でラノフェリア公爵に保護され、身分を隠すためにルリアのメイドとなる事になりました。

ルリアには多大な迷惑をかけてしまいましたが、これまで追っ手に襲われた事はありませんでした。

ですが油断は出来ませんし、これからはエルレイさんにもご迷惑をおかけする事になってしまい、本当に申し訳ございません」

リリーはそこで話を区切り、俺に謝罪をした。

「リリー、エルレイに謝る必要なんてないわよ!リリーよりエルレイの方がはるかに命を狙われる可能性が高いのだからね!」

「まぁそうだね。それにリリーは僕の婚約者で将来は家族になるのだから、迷惑だなんて思わないよ」

「エルレイさん、ルリア、ありがとうございます」

リリーは俺とルリアを見て微笑を浮かべて嬉しそうにしていた。

そうか、ラウニスカ王国の話をしたのはロゼとリゼだったな。

リリーを助け出し、ラウニスカ王国からソートマス王国までの旅は大変だったのだろう。

その時の苦労は俺には計り知れないが、こんな可愛らしいリリーを守ってくれた二人に感謝したい。

ロゼとリゼを見ると、嬉しそうな表情をしているリリーを見て二人の表情も優しそうに微笑んでいた。

リリーだけではなく、ロゼとリゼも守ってあげなくてはならないな。

それとは別に、リリーの気持ちを確認しておかなくてはならないな。

嬉しそな表情をしているリリーの気分を害してしまうかも知れないが、きっちりさせて置くべきだろう。


「リリーに質問があるのだけれどいいかな?」

「はい、エルレイさんなんでしょうか?」

「リリーは王女に戻りたいと思っていたりする?」

「そ、そんなこと思っていません!」

リリーは俺の質問に驚きを見せていたが、手を全力て振って否定してきた。

「エルレイ、貴方ちょっとラウニスカ王国まで飛んで行って国王殺してこようかなと思ったんじゃない?」

「ルリア、流石にそこまでは考えていないよ…。でも、リリーが望むのであれば努力はするよ!」

「ちょっとルリア!それにエルレイさんも、私はそんなこと考えていませんし望んでもいません!

私は今の状況に満足していますので、危険な事はしないで下さい!」

「うん、分かった。リリーがそう言うのであれば僕は何もしないよ。

ロゼとリゼも、それでいいのかな?」

「「はい、リリーお嬢様の望みが私達の望みです!」」

「そうか」

三人がそう言うのであれば、俺が何かする必要は無いな。


「事情は大体わかったから、僕は部屋に戻るよ。

ルリア、リリー、おやすみ」

「エルレイ、おやすみ」

「エルレイさん、おやすみなさい」

まだ聞きたい事はあったけれど、あまり遅くなってもいけないし、これからいくらでも話を聞く機会はあるだろう。


ルリアの部屋から出て、俺は与えられた部屋へとロゼと供に戻って来た。

ロゼとリゼには、リリーが居ない所で話を聞きたかったから丁度いい。

ロゼと一緒にベッドの脇に腰掛けて話を聞く事にした。

「ロゼ、リリーはあのように言っていたけれど、本当にラウニスカ王国に何もしなくて良いのかな?」

「はい、リリーお嬢様のお気持ちの通りにして頂いて構いません」

「分かった。それで、ロゼの気持ちはどうなのかな?」

俺はロゼの目をじっと見つめて、ロゼの真意を見抜こうとした。

ロゼも暫く俺の目を見てくれていたが、ゆっくりと目をそらし、大きく息を吐きだしながら話し始めてくれた。


「リゼがどう思っているのかは分かりかねますが、私自身としては、リリアンヌ王女様の平穏で安らかな生活を壊した者に対して強い憎しみを持っており、今でも殺してやりたいと思っております」

ロゼの太ももの上に添えられていた両手は強く握りしめられていて、強い殺気を放っていた。

「ふぅ~」

しかし、ロゼがまた一つ大きく息を吐きだした事で握りしめられていた両手は緩み、殺気も消えていた。

「ルリアお嬢様と楽しい日々を送っているリリーお嬢様のお姿を見ると、その気持ちは次第に薄れて行きました…。

そして私達から離れ、ルリアお嬢様と一緒にエルレイ様の所に行った後にお会いしたリリーお嬢様は、とても幸せそうな表情を見せる様になっておりました。

家族と離れ離れになって以降、リリーお嬢様が見せた事の無い表情に私は驚き、そして喜びました。

リリーお嬢様が幸せであるのであれば、私の気持ちなどどうでもいいのです。

私の願いは、リリーお嬢様が幸せな生活を送れる事なのですから」

そこまで話したロゼは、再び俺の目を真っすぐ見つめて来た。


「エルレイ様、どうかリリーお嬢様を幸せにしてあげてください!」

ロゼの真剣な願いを聞き届けてあげたいが、今の俺ではその願いを叶えてやる事は出来ない…。

幸せにするよと言えば、ロゼも安心してくれるかもしれないが、真剣な願いに嘘を言いたくはなかった。

だから、ロゼには今の俺に出来る事を話すだけだ。


「ロゼ、僕が戦争に行く事は知っているだろう。

戦争では何が起るか分からないし、僕が戦死する可能性だってあるだろう。

もちろん僕はまだ死にたくは無いし、死なない様に精一杯努力するつもりだ。

しかし、確実では無い以上ロゼに約束する事は出来ない!

だけど、リリーを幸せにしたいと言う気持ちは僕も同じだ。

リリーだけでは無い、ルリアも、ロゼも、リゼも、家族も幸せにしたいと思っている。

ふふっ、僕は欲張りだな。

しかし、そんな欲張過ぎる願いを一人で叶えられるとは思ってはいない。

ロゼ、欲張りな僕に協力してくれないだろうか?」

「うふふっ…」

ロゼが珍しく感情をあらわにして笑い続けていた。

暫く笑い続けたロゼは落ち着きを取り戻し、失礼しましたと表情を引き締めなおしていた。

「エルレイ様、私はエルレイ様のメイドですのでご命令になればよろしいのです。

それに私がお願いした事なのですから、答えは決まっております。

エルレイ様、喜んでご協力させて頂きます」

「うん、ロゼ、よろしく頼むよ!」

俺はロゼの柔らかい手を握り、皆を幸せにすると心に誓った。

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