第五十八話 リリー その一

訓練場で、ストフェル王子とヘルミーネ王女と別れた俺は城内に戻り、近くにいた使用人にラノフェリア公爵のいる所まで案内して貰った。

「エルレイ君、ストフェル王子は喜んでくださったか?」

「はい、大変喜んでおりました」

「それはよかった」

ラノフェリア公爵は俺の顔を見るなり、ストフェル王子の機嫌を聞いて来た。

俺が怒らせなかったか心配したのだろけど、少しは俺を信頼して貰いたいものだ。

と思いつつ、ヘルミーネ王女の相手ばかりしていて、ストフェル王子の相手はあまりしていなかったな…。

ラノフェリア公爵が心配するのも当然の事だと反省する。

ネレイトも俺の手続きが終ったみたいで戻って来ており、感謝を伝えた。

そして、お城での用事もすべて済んだと言う事で帰る事となった。

帰りの馬車の中で、ネレイトが俺の領地についての説明をしてくれた。


「エルレイの領地は、占領したシュロウニ砦とその周辺のみだね。

当然領民も居ないので収入も無いが、王国に納めるお金も必要無い。

管理はソートマス王国軍が行い、エルレイが手出しする必要は無い。

現在エルレイの領地には、ソートマス王国軍がアイロス王国へ侵攻する為の拠点作りを始めている。

アイロス王国の妨害次第だが、予定通り行けば半年後には準備が整い、アイロス王国へ侵攻を開始することが出来る。

アイロス王国側の情報は家に戻り次第渡すとして、新しい情報が入り次第ヴァイスを通じて知らせる事にする。

エルレイはそのつもりで準備しておいてくれ」

「分かりました」

以前にも説明された通りだな。

俺はこの半年間を利用して、さらなる魔法の研究に勤めればいい。

もう戦争に行きたくないとか言ってる場合ではなくなっているからな。

戦争に向けてしっかりと準備しておかなくてはならない!


王都のラノフェリア公爵家別荘に到着し昼食を摂り終えた後は、ルリア達が帰ってくるのを待ってから、空間転移魔法を使用してラノフェリア公爵家へと帰って来た。

人数が多かったため、安全を期して二回に分けて全員を転移させた。

「エルレイ、本当にすごいな!」

「うむ、便利な魔法だ」

ネレイトは一瞬で帰って来れた事に驚き、ラノフェリア公爵も表情には出してはいないが驚いている様子だった。

以前に、俺とルリアがここから自宅に空間転移で帰っていたのを見ていたはずだが、実際に体験した事で実感が得られたのだろう。


「お父様、約束を果たしてください!」

「うむ、ではこれから行う事にしよう。エルレイ君、疲れているとは思うがもう少し付き合ってくれ」

「はい…」

この二日間で俺は精神的にかなり疲れていて、今すぐにでも休みたい気持ちだ…。

しかし、ルリアの約束と言うのも気になるし、ラノフェリア公爵の頼みを断る事も出来ない。

仕方なく、ラノフェリア公爵とルリアに着いて行くしか無かった。

俺は豪華な部屋へと連れて行かれ、ソファーに座らされた。

正面にはラノフェリア公爵とネレイトが座り、俺の横にはルリアと、何故だかルリアがリリーを呼んで、リリーは少し戸惑いながらもルリアの隣に座った。

メイドのリリーが公爵家の人達と一緒の席に座っているのは疑問だし、ラノフェリア公爵も咎める事もしない。

これがルリアの約束なのだろうか?

事情が理解できず困惑していると、ラノフェリア公爵がリリーに向けて話し始めた。


「リリアンヌ様、今日までルリアのメイドとして大変ご苦労をおかけしました事を謝罪致します」

「えっ!?」

ラノフェリア公爵がリリーに対して謝罪した事に驚き、思わず声を上げてしまった!

それにリリーでは無くリリアンヌ?

それに、ラノフェリア公爵がリリーに敬語を使っている!

ますます訳が分からなくなって混乱する…。

「ラノフェリア公爵様、その名は既に捨てました。

私はルリアお嬢様のメイドのリリーですので、謝罪は必要ありません」

「分かりました。では改めましてリリー様、今日この場にお呼びしましたのは、ルリアのメイドを辞めて頂き、私の養子となって頂きたくお願いする次第でございます」

「嬉しい提案ですが、私はルリアお嬢様のメイドでいたいと願っています」

「リリー、私からもお願いよ!私の妹になって頂戴!」

「ですが…」

リリーがラノフェリア公爵の提案を断ると、ルリアが提案を飲むようにと、リリーの手を握って説得していた。

俺は相変わらず状況が飲み込めず、ただただ見守る事しか出来なかった…。

「「リリアンヌ様、私達からもお願いします!」」

更に、ロゼとリゼまでもがリリーを説得し始めた…。

「ルリアお嬢様、私が表に出ると皆様を危険に晒してしまいます」

「リリー、もうそんな事はどうでも良くなったのよ!

リリーより危険を呼び寄せるやつが近くに居るからね!」

ルリアはそう言って俺の方を見て来た。

「うむ、ルリアの言う通りです。エルレイ君にはリリー様より多くの敵がいますからな」

「えぇっ!?」

ラノフェリア公爵はそう言って笑っているが、俺ってそんなに敵が多いのか?

空間属性魔法を習得したが、まだラノフェリア公爵家と俺の家族くらいしか知らないはず。

それとも、お城に行って第一王子に会った事で敵が増えたと言いたいのだろうか?

そう考えると、メイドのリリーよりは敵が多いが…。

いや、リリーがただのメイドでは無い事はラノフェリア公爵の態度から分かる。

分かるが、どんな身分なのかは検討がつかない。

状況を説明して貰いたいが、今はリリーの返事を待っている状況だから俺は口を挟む時ではない…。

やがて、リリーはクスクスと笑いながら、ルリアの方を見て話し始めた。


「ルリアお嬢様、私がメイドを辞めると朝起きられますか?」

「お、起きられるわよ!」

「着替えと髪を梳かすのもご自分で出来ますか?」

「で、出来るわ!ロゼとリゼもいるから大丈夫よ!」

ルリアは朝自分で起きれず、着替えも手伝って貰っているのか…。

公爵令嬢だし、手伝って貰うのが当たり前として育って来たのだから仕方の無い事だろう。

それでもリリーに指摘されて、恥ずかしさのあまり顔を赤くしている所は可愛いと思う。

俺の前でも、こんな可愛らしさを何時も見せてくれればいいのにと思ってしまうな…。

「分かりました。ルリアお嬢様の妹になりますね」

「違うわよ!私の妹になるのだから、ルリアと呼び捨てにしなさいよね!」

「はい、ルリア、よろしくお願いします」

「リリー、よろしくね!」

ルリアとリリーは抱きしめ合い、姉妹に成った事をとても喜び合っていて、俺達はその状況を微笑ましく見守っていた…。


「リリー・ヴァン・ラノフェリアとし、私の養女として迎える」

「はい、お父様ありがとうございます」

ラノフェリア公爵が宣言しリリーが受け入れた事で、リリーがラノフェリア公爵家の養女となった。

めでたしめでたし…だけど、いまだに状況が理解できない俺としては説明を願いたい所だ。

「リリーの部屋は早急に手配させる」

「お父様、今まで通り、ルリアと同じ部屋で構いません」

「そうか?しかしここは既にリリーの家だ。用意はしておくが使うかどうかはリリーの好きにするといい」

「はい、分かりました」

ラノフェリア公爵とネレイトは、用事が済んだという事で退室して行ってしまった…。

「リリー、私達も部屋に戻りましょうか?」

「はい、ルリア」

ルリアとリリーも部屋を出て行こうとしたので、俺は必死に呼び止めた。

「説明して欲しいのだけれど?」

「そうね、リリーどうする?」

「エルレイ様はお疲れでしょうから、明日にした方がよろしいのでは無いでしょうか?」

「それもそうね!エルレイ、今日はゆっくり休みなさい!」

「はい…」

二人の気遣いは非常に嬉しい!嬉しいが何も分からない状況でゆっくり休む事は出来ないと思うぞ…。

俺は与えられた部屋へと移動しベッドに寝ころんだが、やはり眠る事は出来なかった…。

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