第五十七話 王女と魔法 その二
お城の裏にある訓練場へとやって来ると、二十人ほどの魔法使いが訓練していた。
王族の登場に魔法使い達は訓練の手を止め、一斉に跪いて敬意を示していた。
ヘルミーネ王女付きのメイドが魔法使いの所に近づいて行って事情を説明すると、俺達の為に中央の場所を開けてくれた。
端っこでも良かったのだが、むしろ端っこの方が目立たず良かったが、王族が居る以上そう言う訳にはいかないよな。
そして、紫のローブに長い白髪の顎ひげを生やした年老いた魔法使いがこちらにやって来た。
「ヘルミーネ王女殿下、メイヒア妃殿下、ストフェル王子殿下、ようこそおいでくださいましたのじゃ。
本日は魔法の訓練と言う事ですので、僭越ながら儂がご指導いたしますのじゃ」
「それには及ばぬ!エルと一緒にやるのでお主は不要だ!」
ヘルミーネ王女が、年老いた魔法使いを手で払いのけて向こうに行けと言う仕草をしていた。
年老いた魔法使いはそれでもめげずに、今度は俺の所にやって来て話しかけて来た。
「お初にお目にかかりますのじゃ。儂は筆頭宮廷魔導士のコンラート・フォン・ラウザーですじゃ」
「エルレイ・フォン・アリクレット男爵です」
このお爺さんが筆頭宮廷魔導士なんだ。
つまり、ソートマス王国で一番の魔法使いという事になるのだろう。
実の所、ルリア以外で本格的な魔法使いに会うのは初めての事で、どんな魔法を使うのかちょっと見て見たいと思う。
「昨日の魔法はお見事な物でしたのじゃ。四属性を使える魔法使いは、かの英雄以来いなかった上に、呪文を必要としないとは驚きましたのじゃ。
誰かに師事されての事ですかな?」
「いいえ、誰にも教わっておらず、気が付けば呪文を唱えずとも出来る様になっていました」
「偶然の賜物か…それとも…」
お爺さんは、顎ひげに手をやりながら眉間にしわを寄せて考え込んでいる様だった。
俺から無詠唱の事を聞き出したい様だが、そうはいかない!
早々に話を切り上げないといけないが…。
「エル、そんな奴と話さず、早く魔法を見せるのだ!」
「は、はい、すみません、失礼します」
そう考えていると、ヘルミーネ王女に急かされ、上手く抜け出す事が出来て助かった。
「ストフェル王子、どんな魔法が見たいでしょうか?」
「うーんと、ドッカーンってなるのが見たい!」
「承知しました。危険ですので、少し下がって見ていてください」
「うん!」
俺が注意すると、ストフェル王子はメイヒア夫人の所まで下がってくれた。
ストフェル王子の要望を叶える魔法は火属性魔法だろうが、周囲に被害を出すような魔法は使えないので中級魔法当りが最適かな。
ヘルミーネ王女は近くで見たいのか、俺の横に来ている。
ヘルミーネ王女は障壁魔法は使っているが、一応保険として俺もヘルミーネ王女に掛けておこう。
他の魔法使い達も俺の方を見ていて緊張してきた…。
でも、昨日よりかはましだろう。
さて、準備は整ったので的に向けて魔法を撃ち出した。
「エクスプロード!」
俺から放たれた炎の玉が的に命中し、激しい音と共に炸裂した!
「魔法使いのお兄ちゃん、凄ーい!」
後ろからストフェル王子の喜ぶ声が聞こえて来て、目的の一つを達成できて一安心だな。
後は、隣に居るヘルミーネ王女のご機嫌取りだが…。
横目でヘルミーネ王女の表情を見ると、驚いた表情を見せていた。
中級魔導でも十分効果はあったみたいで、こっちの方も問題は無さそうだ。
「本当に呪文を使わないのだな!」
「はい…」
「エル!私にもその方法を教えろ!」
と言う事にはならなかったが、想定の範囲内だろう。
勿論、ヘルミーネ王女に教えるつもりは全く無い。
城内で魔法を使う様なお転婆娘に無詠唱を教えたら、歯止めが効かなくなるのは目に見えている。
そうなった場合、注意を受けるのはヘルミーネ王女では無く、教えた俺に来るに決まっている。
だから、丁重にお断りしなくてはならない。
「ヘルミーネ王女様、実はどの様にして呪文を使わず魔法が使えるのか僕自身理解しておりません。
ですので、お教えする方法も分かりません」
「むっ、そうなのか…」
「はい、申し訳ございません」
ヘルミーネ王女は渋々ながらも納得してくれた。
そしてこのやり取りは、後ろで密かに聞き耳を立てていた筆頭宮廷魔導士のお爺さんに耳にも届いただろう。
そっちは騙されてはくれないだろうが問題は無いな。
「ヘルミーネ王女様、よろしければ魔法を見せては頂けませんでしょうか?」
「うむ、いいぞ!よく見ておれよ!」
ヘルミーネ王女は自信に満ちた表情を見せ、標的に向かって呪文を唱え始めた。
「凍てつく大地を覆い尽くす氷よ、我が魔力を糧として槍となり、我が敵を貫き凍てつくせ、アイスランス!」
ヘルミーネ王女が放った氷の槍は見事に的に命中し、的を凍らせていた。
いたって普通の魔法だったので落胆したが、よく考えて見れば王族に伝わる秘蔵の魔法とかがあったとしても、見せてくれるはずも無いよな…。
「ヘルミーネ王女様お見事です!」
「ヘルミーネお姉ちゃんも凄い!」
「うむ、当然だ!」
ヘルミーネ王女は、俺とストフェル王子に褒められて上機嫌だ。
「ヘルミーネ王女様、もう一つの属性を見せては頂けませんか?」
「むっ、もう一つか…」
ヘルミーネ王女は、俺の要求に嫌な表情を見せていた。
機嫌を損ねてしまったのかと、俺は慌てて言葉を続ける!
「無理を言って申し訳ございませんでした!」
「いや、無理では無い…ただ、もう一つの属性は好きでは無いのだ…」
「好きでは無いと申しますと?」
「地だ、地属性魔法だ!あれは地味で好かん!」
あぁ~、なるほど…。
確かに地属性魔法は、他の属性に比べると地味に見えなくもないし、王女が使う魔法としも相応しい物では無いだろう。
かと言って、地属性魔法が弱いかと言われればそうでもないと思う。
王女故、命を狙われたりする可能性もあるかも知れない。
そんな時に地属性魔法は役に立つと思うのだが…。
せっかくだし、地属性魔法の有効性を教えるくらいは、してあげた方が良さそうだな。
「ヘルミーネ王女様は地属性魔法が地味だとおっしゃいました。
確かに見た目はそうですが、他の魔法と変わらず便利で強い魔法だと僕は思います」
「むぅ、そうなのか?」
「はい、僕が戦争で活躍した話はお聞きになりましたでしょうか?」
「うむ、聞いたぞ!壁を作って敵の侵入を防ぎ、敵を落とし穴に落としたそうだな!」
「その通りでございます。そして、その二つとも地属性魔法を使用しております」
「むっ、地属性魔法とはそんなに強い魔法であったか…」
「はい、ですのでヘルミーネ王女様も地味だからと毛嫌いせず、地属性魔法を何時でも使える様に訓練しておいた方がよろしいかと思います」
「そうだな…エル、私に魔法を教えてくれ!」
「残念ですが、陛下から男爵の地位を授かりましたので、ヘルミーネ王女様の御指導をする時間はございません」
「そうか…」
ヘルミーネ王女は俺が断ると顔を伏せ、とても悲しい表情を見せていた…。
ちょっと意地悪過ぎたか…。
相手は子供だし、もう少し優しくしてやる必要があったみたいだ。
「ヘルミーネ王女様、ここには僕より優秀な魔導士が大勢いらっしゃいます。
毎日真面目に訓練を続ければ、いずれ僕より優れた魔法使いになるやもしれません」
「それは本当か?」
ヘルミーネ王女は少しだけ顔をげて俺の目を見つめて来た。
「はい、嘘は申しません。ただし、城内で魔法の訓練をしてはいけません」
「わ、分かっておる!」
ヘルミーネは少しだけ表情を明るくし、俺が注意した事に怒ったのか頬を膨らませて横を向いてしまった。
余計な事を言ってしまったかと後悔したが、あれは本当に止めさせた方がヘルミーネ王女の為でもあるだろう。
ついでに、ヘルミーネ王女の行動に苦労しているメイドも助けておいてやるか。
濡れたスカートを拭いている姿が可哀想だったしな。
「それから、メイドさんの言う事をよく聞き、分からない事があれば何でもお聞きすると良いと思います」
「むっ、ラウラの言う事はちゃんと聞いておるぞ!」
「僕の認識不足でしたか、大変失礼しました」
「うむ、次会う時はエル以上の魔法使いになっておるからな!」
「はい、期待しております」
やっと、ヘルミーネ王女とストフェル王子から解放される事となった…。
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