第五十六話 王女と魔法 その一

ヴィクトル王子との会談を無事に乗り切った俺は、まだヴィクトル王子の部屋に残されていた。

ラノフェリア公爵と共に部屋を出て行こうとしていた所で、ストフェル王子に魔法を見せて欲しいとせがまれたからだ…。

「エルレイ君、私は用事があるからストフェル王子の相手をしてやってくれ」

「はい、分かりました…」

そう言って、ラノフェリア公爵は部屋を出て行った。

しかし、魔法を見せてくれと言われても、室内と言うより城内で魔法を使う訳にはいかない。

いくらヴィクトル王子が許可しようとも、魔法を使った時点で騎士に捕縛されてしまうだろう。


「そう言えば、ヘルミーネもエルレイ男爵の魔法を見たいと言ってましたよ」

「ヘルミーネか…私の妹ながら…」

「あなた?」

「いや、何でもない。エルレイ、ストフェルに魔法を見せてやっては貰えないだろうか?」

「はい、分かりました。この場で魔法を使用することは出来ませんので、ストフェル王子を昨日の場所までお連れして構いませんでしょうか?」

「そうだな。メイヒア、ストフェルを連れて行ってくれ」

「はい、ストフェル、行きましょうね」

「うん!ヘルミーネお姉ちゃんも連れて行ってもいいよね?」

「えぇ、そうしましょう」

ヘルミーネと言う女性も魔法の見学に加わるみたいだが、一人増えようと問題は無い。

むしろ一度で済むのであれば、この際何人見学させても良いだろうと思う。

メイヒア夫人はストフェル王子と手を繋いで部屋を出て行き、俺もそれに続く。

俺の後ろには、護衛の騎士が二人とメイドも二人着いて来ている。

城内であろうと護衛を付けないと歩けない王族に対して、少しだけ同情してしまった。

しかし、男爵になった途端に王位継承問題に関わる事になるとは勘弁願いたかった…。

俺自体が何かする必要が無いのは幸いだが、そんな話を聞かされるだけで気が滅入ってしまう。

無邪気に母親と手を繋いで、楽しそうに前を歩いているストフェル王子の姿だけが癒しだな…。

少し歩いた所でメイヒア夫人は扉の前で立ち止まり、中の人を呼ぶようにと扉の前に居る騎士に声を掛け、暫くすると部屋の中から一人の少女が出て来た。


「メイヒアお姉ちゃん、それからストフェルも来てくれてありがとう!」

「ヘルミーネ、ごきげんよう」

「ヘルミーネお姉ちゃん!」

ストフェル王子は、俺の時と同じように少女に突撃して抱き付き、少女もストフェル王子を抱きしめていた。

微笑ましい光景に、滅入った俺の心も癒されて行くのを感じる。

俺自身が、アルティナ姉さんに抱きしめられている状況を思い出したからだ。

早く家に帰りたいな…。

城内と言う息の詰まる空間からいち早く抜け出したいと思ってしまった。


「今から魔法使いのお兄ちゃんの魔法を見せて貰いに行くんだけど、ヘルミーネお姉ちゃんも一緒に行かない?」

「魔法使いのお兄ちゃん?」

そこで少女は顔を上げて、俺の事を始めて認識したみたいだ。

ヘルミーネと呼ばれた少女は、ウェーブがかった茶色の髪に、緑の大きな目が特徴の可愛らしい少女だった。

その大きな目で俺の事をじろじろと観察している。

「昨日の魔法使い!確かエル何とかと言ったな?」

「お初にお目にかかります。エルレイ・フォン・アリクレット男爵です」

「そうであった、まぁ長いからエルで良いな!

私はヘルミーネ・フェリクス・ド・ソートマス。第七王女だ」

俺は姿勢を正し少女に挨拶をすると、名前が長いと言う理由でエルと呼ばれた。

エルレイと言う名前が呼びにくいと言うのは、俺自身感じている事だから略されるのは一向にかまわない。

しかし、初対面で馴れ馴れしく呼ばれるのはあまりいい気はしないが、相手は王女だから笑顔で対応しないといけないな…。

あっ、ヴィクトル王子に作り笑いを看破されたのを思い出して失敗した!と思ったが、ヘルミーネ王女にそういう能力は無かったみたいで安心した。


「魔法使いのお兄ちゃん、ヘルミーネお姉ちゃんも凄い魔法が使えるんだよ!」

「そうなのですね」

ヘルミーネ王女も魔法が使えるのか。

十人に一人は魔法が使えるのだから、王族に魔法使いが居ても不思議ではないな。

ストフェル王子が凄い魔法と言うくらいだし、ソートマス王家に伝わる魔法があったりするのかもしれない!

俺はヘルミーネ王女の使う魔法に興味がわき、見てみたいと思った。

「うむ、私の魔法を見せてやろう!」

俺の気持ちが表情に出ていたのか、ヘルミーネ王女は自慢げな笑みを浮かべて、広い廊下の真ん中へと移動した。


「大地を潤す恵みの水よ、我が魔力を糧として水球を作り出し賜え、ウォーターボール!」


ヘルミーネ王女は城内の廊下にも関わらず、躊躇する事無く呪文を唱えて魔法を行使した!

俺は慌てて身構えてしまったが、騎士達は動かず、ストフェル王子は笑顔で拍手を送っていた。

魔法で作られた水球はヘルミーネ王女の足元に落ちスカートを濡らしているが、ヘルミーネ王女は気にする事無く、ドヤ顔で俺の方を見て来ていた。

「ヘルミーネ王女様!城内で魔法を使わないで下さいと何時もお願いしておりますのに!」

お付きのメイドがヘルミーネ王女に駆け寄って来て、ヘルミーネ王女に注意しながら水で濡れたスカートを懸命に拭いていた。

「構わぬではないか!危険な魔法を使っている訳では無いのだぞ!」

そのメイドに対して、ヘルミーネ王女は怒りをあらわにしていた…。

メイドは至極当然の事を言っているのに怒られ、後始末までさせられている姿は非常に可哀想だった。

正しい大人としては、ここでヘルミーネ王女を叱るべきなのだろうが…成り立ての男爵にその荷は重すぎる…。

そもそも、騎士が注意しなくてはならない案件だろうが、見て見ぬふりをしているな…。

面倒事に関わり合いたくない気持ちは良く分かるが、城の安全を守る騎士なら注意して欲しいものだ。


「エルの魔法を見せてくれ!」

スカートが乾いたのか、ヘルミーネ王女からメイドが離れた所で、俺に魔法を見せるように言って来た。

その瞬間、騎士達が機敏に動き、メイヒア夫人とストフェル王子を守るような形で前に出た。

一応、騎士も魔法が危険だという認識はあるみたいだな…。

出来ればヘルミーネ王女の時にも、その反応を見せて貰いたかった…。

だから俺は、魔法を使わない事をヘルミーネ王女と騎士達に伝えなければならない。

そうしないと、今にも剣を抜くぞと腰に手を当てている騎士達に斬りかかられてしいそうだ…。


「ヘルミーネ王女様、城内で魔法を使用する事は出来ません!」

「むっ、エルは全属性使えるのであろう?水を出すくらい造作も無い事では無いのか?」

ヘルミーネ王女は眉をひそめ、俺に対して不快感をあらわにしていた。

ヘルミーネ王女は根本的な事を理解していないらしい…。

俺は城内で魔法を使えないと言ったのに、魔法が使えないと勘違いしたみたいだ。

メイドを除く周囲の人達が注意しないのが悪いのだろう。

この状況で俺がヘルミーネ王女を納得させられないと、ヘルミーネ王女が怒ってしまい、最悪騎士に連れて行けと言われる可能性もある…。

それで無くとも、騎士達は今にも俺に剣を向けてこようとしているのだから最悪だ…。

騎士達としては、呪文を唱えずに魔法を行使できる俺は脅威でしか無いだろう。

俺が騎士の立場だとしても、やられる前にやる選択を取るのは間違いない。

俺は背中に冷たい物を感じながら、ヘルミーネ王女が理解出来るようにゆっくりと説明する事にした。


「ヘルミーネ王女様、城内で剣を抜くと、どの様な状況になるかご存知でしょうか?」

「もちろん知っておるぞ!だが魔法とは関係ないでは無いか!」

「いいえ、関係があります。城内で剣を抜く行為と、魔法使いが呪文を唱える行為は同義なのです」

「むっ、そうなのか?」

ヘルミーネは後ろに振り向き、先程スカートを拭いてくれたメイドに尋ねていた。

「はい、その通りでございます」

「そうであったのか…」

ヘルミーネ王女は俯き、今までの自分の行いを振り返っている様子だ。

「ですので、これから昨日僕が魔法を使用した場所に向かい、そこでヘルミーネ王女様に僕の魔法を披露したいと思います」

「うむ、是非見せてくれ!」

「はい、ストフェル王子にもお見せし致します」

「うん、早く行こう!」

ストフェル王子はヘルミーネ王女と俺の手を取り、早く行こうと引っ張り始めた。

ふぅ~。

何とか騎士に取り押さえられずに済んだみたいだ。

俺はストフェル王子の速足に着いて行きつつ、危機を乗り越えられた事を安堵した…。

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