第五十四話 アリクレット男爵 その三

お城からラノフェリア公爵の王都の別荘に馬車が到着したのは、お昼を少し過ぎた辺りだった。

ルリアとアベルティアはまだ戻っておらず、男三人で寂しい昼食を摂り、俺は夕方まで休ませて貰う事にした。

与えられた部屋へと行き、着替えを済ませてメイドにも退出して貰ってから、俺はベッドに倒れ込んだ…。

柔らかな感触と、洗い立てのシーツから香る花の匂いに癒されつつ、俺は目を瞑って思考を巡らせる事にした。


男爵になったんだよなぁ…。

領地もあれだから実感も湧いてこない…。

家に帰ったら家族は喜んでくれるだろうか?

皆が祝福してくれる姿しか想像できないな…。

その事だけ思うと男爵になってよかったと思えて来る。

でもなぁ~。

ラノフェリア公爵が、ルリアの旦那となる俺を男爵程度にしておくはずも無い。

力を得るために協力するって言われたし…。

俺がやるべきことは、戦争に向けて魔法の技術を向上させる事だ。

うだうだと考える前に、少しでも魔法の訓練をすべきだな!

俺は勢いよくベッドから飛び出し、部屋の外に待機しているメイドを呼んで、魔法の訓練が出来る場所まで案内して貰った。

別荘に魔法の訓練が出来る様な場所は無かったが、綺麗に整えられら庭の一角を借りてやらせて貰う事となった。

メイドは俺の事を見ているが、ラノフェリア公爵家に仕える使用人だから大丈夫だろう。


俺は、周囲に影響を与えない水属性魔法の治癒系統の魔法を訓練していく。

治癒魔法は、俺が唯一苦手としている魔法だ。

俺自身に治癒魔法を掛けるのには問題無いのだが、他人に掛けるとなると結構大変な作業となる。

何故なら、治癒魔法を掛けるには対象の魔力を把握しなくてはならないからだ。

俺は相手に触れる事によって魔力を把握できるが、リリーは触れずとも相手の魔力を把握できる。

例えば、ルリアが怪我をしたとして、俺がどうしてもそばに近寄れなかった場合、治癒魔法を掛ける事が出来ない。

呪文を唱えれば離れていても問題無く発動するが、間に合わない場合も考えられる。

だから何としても戦争が始まる前までに、触れずとも魔力の把握が出来る様になっていなくてはならない。

丁度メイドが居るので、お願いして少し離れた位置に立って貰っているが…。

幾らメイドに治癒魔法を掛けても発動する事は無く、メイドの魔力も把握できない。

俺は無言で魔法を行使しているので、メイドが怪訝な表情を見せているが気にしない…。

試しに手を握らせて貰うと、問題無く治癒魔法が発動する。

この日、夕方まで続けさせて貰ったが、成果を得る事が出来ずに終わった…。


夕食時に食堂に向かうと、ルリアとアベルティアが待ち構えていた。

「エルレイ君、男爵位を授かったそうですね。おめでとう」

「エルレイ、仕事見つかってよかったわね。おめでとう」

「アベルティア様、ルリアお嬢様、ありがとうございます」

二人から祝福して貰い、なんだかとても嬉しい気持ちになってしまった。

ルリアの言う通り、俺が悩んでいた仕事が決まったのは事実だな…。

ルリアは俺が相談した時から、こうなる事を知っていたのだろう。

いや、今日のラノフェリア公爵の話からすると、俺の所に婚約者として来た時から知っていたという事だな。

そんなルリアに仕事の事を相談していたとは恥ずかしい限りだ…。

アベルティアがルリアに「仕事ってどういう事なの?」って聞き、ルリアが笑いながら説明しているからな。

「まぁ」

アベルティアもそれを聞いて笑っているし…。

「エルレイ君にそんな夢があったのに、壊す様な事をしてしまったみたいね。主人に変わって謝罪します」

「いいえ、そう言う仕事が出来るのでは無いかと考えただけで、その仕事を是が非でもやりたかった訳ではありません」

「そうなの?まぁ、面倒な事は主人に任せておけば大丈夫ですからね」

「はい、その点に関しては僕は何も知らないのでお世話になります」

アベルティアは謝罪と言いつつも笑顔だし、既にラノフェリア公爵からも謝罪を受けていたので気にはしていない。


「そんな事より、ルリアの事を見てあげて頂戴。今日買ってきたドレスなのだけれど、エルレイ君の好みに合うかしら?」

アベルティアは、少し恥ずかしそうにしているルリアを俺の前に押し出し、ルリアをクルリと一回転させてドレスを見せてくれた。

爽やかな水色のドレスに、腰の背中に大きなリボンが飾られており、スカートにも小さなリボンが幾つも着いていて可愛らしい。

ルリアが普段着ない様なドレスだな。

だからあえて、アベルティアが選んであげたのだろうか?

「ルリア、とても可愛らしくて良く似合っているよ!」

「そう…ありがとう…」

ルリアが俯き加減で恥ずかしそうにしていた。

その仕草が普段のルリアとは違い過ぎて、とても可愛らしく思える。

「どうエルレイ君、ルリアは可愛いでしょ!」

「はい、可愛らしいですね!」

「これ以外にも沢山可愛い服を注文して来たから、これからずっと可愛いルリアが見られる事になるわ。期待していてね!」

「それは楽しみです!」

こんな可愛らしいルリアが見られると言うのであれば期待はしてしまうが、母親のアベルティアが居るから大人しくしているだけだろう…。

でも今日だけは、この可愛らしいルリアをずっと見ていたいと思ってしまった。


「皆知っている事だと思うが、今日エルレイ君が国王陛下から男爵位を授かった。

だがこれで終わりではない。エルレイ君には更に頑張って貰って上を目指して貰うつもりだ。

皆もそのつもりでエルレイ君を支えてやって欲しい。

エルレイ君、おめでとう!」

食堂に全員がそろい、ラノフェリア公爵の言葉で夕食が始まった。

今夜はいつもと違い、賑やかに会話しながらの食事だ。

ルリアも気を許して楽しく会話をしていて、なんだか俺の家にいる時のように感じられ、俺も食事と会話を楽しむ事が出来た。


「お父様、約束の件はどうなっているのでしょうか?」

「あれは家に帰ってからになるが構わないか?」

「忘れていなければ問題ありません」

ルリアがラノフェリア公爵に何か尋ねていたのが気になり、小声で聞いて見る事にした。

「ルリア、約束とは何?」

「何でもないわ!エルレイは気にしなくて良い事よ!」

「そう…」

気にするなと言われれば余計に気になってしまうが、これ以上聞いても教えて貰えないのだろう。

ルリアはそれ以降、俺に話しかけて来る事は無かった…。


「エルレイ君、明日も王城へと着いて来てもらうが、体調は元に戻ったかね?」

「はい、大丈夫です。ご心配おかけしました」

「うむ、明日は今日ほど大変では無いが、言動だけは注意してくれたまえ」

「分かりました」

正直、お城にはもう二度と行きたくは無かったが、予定を変更して貰ったからな。

頑張って明日一日乗り切ろうと思う。

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