第五十三話 アリクレット男爵 その二

謁見の間を出て、ネレイトと一緒に廊下を歩き始めた時、ネレイトからお祝いの言葉を貰った。

「エルレイ、男爵位おめでとう」

「はい、ありがとうございます!」

そうだった…。

言葉を間違えずに言えたことに浮かれていて、大切な事を忘れていた…。

何故か砦を占領した事が俺の手柄となっていたが、あれはソートマス王国軍が行った事で俺とは関係ない。

俺はただソートマス王国軍と同行しただけで、砦に最初に入ったのはソートマス王国軍だ。

なのに俺の手柄とされては、ソートマス王国軍が黙っていないだろう。

しかし、国王の言葉を訂正する訳にもいかず、俺はソートマス王国軍から恨まれる事になるのかも知れない…。

それと、与えられた領地にも問題だ!

ソートマス王国軍がどこまで占領したかは分からないが、砦は間違いなく俺の領地として与えられた。

つまり、アイロス王国軍が取り返しに来たら、俺が守らなければならない訳だ!

あぁ~そう言う事か…。

ソートマス王国としては、俺をどうやっても戦争に関わらせたい訳だ。

国王も英雄の話を持ち出して来ていたし、期待しているぞと言う事なのだろう…。

ルリアの婚約者としては、爵位を頂いた事に素直に喜ぶべきなのだろう。

しかし、恐らく領民も居ない土地を貰ったとしても、これ以上の出世は望めない。

領民が居ない…。

出世するためには、アイロス王国に攻め込めという事なのだな。

その事に気が付いた俺は呆然とし、血の気が引いて行くのを感じた…。


「エルレイ、顔が真っ青だけれど大丈夫か?」

ネレイトに声を掛けられなかったら、その場で倒れていたのかも知れない。

「大丈夫です。ちょっと僕の置かれている現状に気が付いてしまっただけですから…」

「気が付いちゃったか…でも、今ここでその事を話してはいけないよ。

何処に目や耳があるか分からないからね!」

「はい…」

ネレイトは少しだけ苦笑いをしつつも、人差し指を口元に当てて黙っている様にと言って来た。

お城ではそんな事にも気を使わなくてはならないのか…。

何処の国の間者が居てもおかしくないという事なのかもしれないな。

俺は口を閉じ、黙ってネレイトの後に着いて行く事にした。


城内のラノフェリア公爵の執務室に入り、ネレイトに促されてソファーに座った。

まだ俺の顔色は悪いままの様だ。

「今日はこの後食事会を予定していたのだけれど、中止した方が良さそうだね」

「申し訳ありませんが、そうして頂けると助かります…」

「父上が戻ってきたら、そう言ってみるよ」

それから暫くした後ラノフェリア公爵が部屋に戻って来て、ネレイトが説明してくれたお陰で帰れる事となった。

三人で馬車に乗り込み、扉が締められた所で気を抜く事が出来た…。


「エルレイ君でも疲れる事があるのだな?」

ラノフェリア公爵が俺の顔を覗き込みながら、心配そうに尋ねて来た。

「父上、エルレイは自身の境遇に気が付いたみたいですよ」

「そう言う事か…」

ネレイトが気遣ってくれたお陰で、俺が説明する手間が省けて助かった。

何しろ今は、口を開きたく無いほど精神的に参っているからな…。

しかし、ラノフェリア公爵はそんな俺に気遣う事無く、真剣な表情で話し始めた。


「それなら話は早いか。エルレイ君、今の内に話しておこうと思う。

君が察した通り、アイロス王国に大規模な侵攻計画を立案中だ。

その中心に君の存在も置かれている。

侵攻計画自体は常に考えられていた物で、エルレイ君とは全く関係が無い。

しかし、エルレイ君が居なければ、その計画が実行に移される様な事にはならなかっただろう。

そして、その計画を推し進めたのはこの私で、エルレイ君に爵位を与える様に陛下に進言したのも私だ。

幼い君を危険な戦争に巻き込む私を恨んで貰って構わない。

だが、アイロス王国を倒すのはソートマス王国の長年の悲願でもある!

頼む、ソートマス王国の為に戦っては貰えないだろうか!」

ラノフェリア公爵は俺に深々と頭を下げて懇願した。


「ラノフェリア公爵様、頭を上げてください!」

男爵家三男、いや、今は男爵だったな…その事はどうでもいい。

その俺に公爵家当主が頭を下げていいものでは無い!

俺は慌てて馬車の席から立ち、床に膝をついてラノフェリア公爵に頭を上げるように求めた。

俺の言葉を聞いて、ゆっくりとラノフェリア公爵が頭を上げてくれた。

「エルレイ君、戦ってくれるのか?」

「はい…本音を言うと戦争には行きたくは無かったのですが、男爵として領地を与えられてしまいましたから…」

「本当にすまない」

ラノフェリア公爵は、今度は頭を下げずに謝罪してくれた。

その光景を横で見ていたネレイトが口を開いた。


「父上、僕も発言してもよろしいでしょうか?」

「うむ、構わぬ」

「ありがとうございます」

ネレイトはラノフェリア公爵に発言の許可を求めた後、俺に座るように言ってから笑顔を浮かべて話し始めた。


「エルレイ、父上はソートマス王国の為とか言っているけれど全然違うからね!

全てはルリアの為なんだよ!そうですよね父上!」

「そ、そんな事は無いが…」

ネレイトの問いに、ラノフェリア公爵が少し焦った感じになっていた。

なるほど…ネレイトの言葉が真実だと、ラノフェリア公爵の態度が物語っているな。

「父上は、僕も嫉妬してしまうくらい、末娘のルリアを溺愛しているからね。

エルレイには悪いけれど、その溺愛しているルリアをエルレイの婚約者にすると思う?」

「思いません」

ルリアを男爵家三男の婚約者にする時点で、変だと思わなければならなかった事だ。

つまりネレイトは、ラノフェリア公爵がその時からこの様な事態になるように仕向けていたと言いたい訳だな。

「聡明なエルレイにはこれ以上の説明は不要だよね?」

「はい…」

俺はラノフェリア公爵の策略により、アイロス王国との戦争を回避する術を失ってしまった。

しかし、目の前にいるラノフェリア公爵を恨んだりする事は出来ない。

何故なら、そこに居るのは公爵では無く、娘を溺愛する父親にしか見えなかったからだ。

俺はルリアの事をまだ愛してはいないが嫌いでは無いし、大事にしたいと思っている。

ルリアの幸せの為に…いや、俺と俺の家族の幸せの為に戦う決意をしなくてはならない!


「ラノフェリア公爵様、僕はアイロス王国との戦争を戦い抜くと約束します!」

「うむ、私も出来る限りの手助けは惜しまない。

以前、エルレイ君は家族を守る力を手に入れると言っていたと記憶している。

その力とは、剣術や魔法だけではなく、ソートマス王国での地位も含まれるはずだ。

私はそちらの方でエルレイ君の力になろう!

エルレイ君は己の技術を磨く事のみに集中してくれ!」

「はい、分かりました」

そんな事を俺は言ったのだろうか?

でも、家族を守るとは言ったかもしれない。

貴族の知識がほとんど無い俺としては、ラノフェリア公爵にいくら借りを作る事となったとしても甘えるとしよう。


「それから戦争の状況だが、現在アイロス王国はグリバス砦まで軍を下げ防衛に主軸を置いておる。

当分攻め込んで来る事は無いだろうと言う報告だ。

我が軍の侵攻の準備は早くて半年、遅くても一年以内に完了する予定だ。

エルレイ君も、そのつもりで準備しておいてくれたまえ。

最後にエルレイ君の領地に関してだが、在って無い様な物だ。

収入も見込めないので、お金を納める必要も無い。

よって、今まで通りゼイクリム男爵の下で生活していてくれ」

「はい、分かりました」

アイロス王国に侵攻するまで、時間的猶予があるのはありがたい。

この時間を使って魔法の訓練に集中する事にしよう。

領地経営に関しては何も考えなくていいみたいだな。

父の後を継ぐ訳でも無かったから、領地経営の知識は皆無なんだよな。

その辺りの事も、ラノフェリア公爵が上手くやってくれるのだろう。

方向性が決まって覚悟も出来た。

後はそれを実行するだけで良いと知って、気持が楽になって来た。

戦争に不安が無い訳では無いが、全力を尽くして頑張って行こうと心に決めた!

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