第五十二話 アリクレット男爵 その一

「おい貴様!ちょっと待て!」

ネレイトと一緒に訓練場からお城に向かっている際に、灰色のローブを着た若い男性から呼び止められた。

「僕の事でしょうか?」

「お前しかいないだろう!」

確かに周囲には俺とネレイトだけだが、命令口調に少し頭にくるものがある。

しかしここは王城で、ローブ姿であろうと男爵家三男よりかは地位が高いだろうから、大人しく話を聞く事にした方が良さそうだ。

「僕に何か御用でしょうか?」

「用事と言うほどでもない!いいか!四属性使えるからと言っていい気になってんじゃないぞ!

将来ソートマス王国一の魔法使いになるのは、このカール・キリル・パル様なのだからな!

覚えておけ!」

カールと名乗った男はそれだけ言い放つと、さっさとお城に入って行った…。


「ネレイト様、今の男性は…」

「カール・キリル・パル。パル伯爵家の五男で歳は確か十四歳。幼い頃より上級魔法が使えたので神童と言われた将来有望な魔法使いだね。

今は宮廷魔導士見習いとして、ここで訓練の日々を送っている。

そして、ルリアの婚約者だった事もある人物だね」

「なるほど…」

ルリアの婚約者と言われて、何故か嫌な気分になってしまった…。

その事が表情に現れていたのか、ネレイトが慌てて言葉を続けてくれた。

「ルリアの婚約者と言っても、一日も持たなかったから気にしないでいいよ!」

「あっ、いえ…やはり剣での勝負に負けたのでしょうか?」

「いいや、ルリアに一発殴られただけで、泣きながら親に婚約破棄を懇願したそうだよ」

「あぁ…」

ネレイトは楽しそうに笑いながらそう話してくれた。

俺も殴られたから気持ちは良く分かるが、年下のルリアから殴られて泣くとは…。

「それに、魔法使いには剣術は不要だとか言っていたはず」

「僕としては、魔法使いだからこそ剣術が必要だと思うのですが…」

「同感だね!でも、彼の魔法の実力は本物だよ。エルレイも油断しない事だね!」

「はい、分かりました」

魔法に関しては油断するつもりもなく、日々訓練を頑張っている所だ。

お城で無駄な時間を過ごしているより、家に帰って魔法の訓練をしたいくらいだからな。

カールも、今日俺が無詠唱を見せた事で努力して身に付ける可能性が無いとも限らない。

魔法では誰にも負けたくは無いから、努力を怠らないようにしないといけないな。


カール以外に呼び止められる事は無く、すんなりとラノフェリア公爵の執務室に戻って来られた。

部屋に入るなり三人のメイドに囲まれ、服や髪の乱れを直して貰っている…。

リリー、ロゼ、リゼはルリアに着いて行ったので、このメイド達は初めて見る人達だったが凄く手際が良く、あっという身だしなみが整えられてしまった。

ロゼやリゼとはメイドの質が違うと感心してしまうほどで、お城に仕えるメイドの素晴らしさを見せつけられた感じがした。

俺の姿を確認したネレイトも頷き満足している様子だ。

「さてエルレイ、これから言う事を頑張って覚えてくれ」

「はい」

ネレイトにそう言われて覚えさせられた言葉は…。


「謹んでお受け致します。ソートマス王国と国王陛下の為に、誠心誠意尽くす事をお約束致します」


と言うものだった…。

この後、国王に会ってこの言葉を言う事は理解できる。

何を与えられるのかは分からないが、断る事が出来ないと言う事だ…。

魔法を披露した事から、やはり宮廷魔導士の線が濃厚だろう。

お城に縛り付けられる上に、戦争にも参加しなくてはならない立場に置かれるのは非常に不味い。

不味い、不味いが…どうしようもないのが現状だ…。

今直ぐにでも逃げ出したい気持ちだが、そうすればラノフェリア公爵の顔を潰す事になり、ルリアとの婚約解消と父の立場も危うくなるのは目に見えている。

覚悟を決めて、大人しく受け入れるしか無さそうだな…。

あっ、ルリアはこの事が分かっていたから、俺の仕事の話に呆れていたのだろうか?

宮廷魔導士も立派な貴族だろうし、安定した収入でルリアにも満足して貰える生活を送らせる事が出来る。

それに、戦争さえなくなってしまえば、毎日魔法の訓練だけしていればいいのでは無いのか?

それでお金を貰えるのであれば、意外と悪くないのかも知れない…。

俺が前向きに考え始めた頃に、部屋の外から騎士の声で呼び出しがかかり、俺とネレイトは騎士の後に続いて長い廊下を歩いて行く事となった。


大きく豪華な両開きの扉の前へと着き、扉の前にいる二人の騎士が両脇に移動した後、ゆっくりと扉が開かれ俺とネレイトが中に入って行く事となった。

扉の奥は広間になっていて、床には赤い絨毯が敷き詰められており、歩くたびに足が沈むほど柔らかい。

高い天井には、一本の大きな剣に、今となっては伝説となっている竜が絡まるように描かれている、ソートマス王国の旗が掲げられていた。

広間の両側には、貴族やローブを着た魔導士が大勢並んでいて、俺とネレイトはその中心をまっすぐ歩いて行く。

そして、奥の一段高くなった場所にある玉座の前で片膝をつき頭を下げた。

俺が入って来た広間は、いわゆる謁見の間と呼ばれる所だろう。

玉座にはまだ誰も座っていないが、あの場所に先程見た国王が座るのだろう。

かなり緊張してきた…。

俺はネレイトから教えられた言葉を間違えない為にも、頭の中で何とも繰り返し言い続けた。

そして俺の緊張が最高潮に達した辺りで、やっと国王が入って来て玉座へと座った。


「面を上げよ」

今度は国王から直接声を掛けられ顔を上げた。

間近で見る国王は、少し白髪の混じった四、五十代の優しい目をした人だった。

俺が子供だから優しい目で見てくれているのかも知れないが、失礼の無いように気を引き締めていかなくてはな!


「先程の魔法は見事であったぞ」

「あ、ありがとうございましゅ!」

緊張のあまり、声が上ずっていたし噛んでしまった…。

お陰で周囲からも笑い声が聞こえて来て、国王も少しだけ笑顔になっている。

勇者の時にもこのような状況があり、その時は堂々と返答する事が出来たのだけど、緊張しすぎていたのか失敗した…。

恐らく恥ずかしさのあまり俺の顔は真っ赤になっているだろうが、そんな事よりこれ以上失敗しない事に集中しなくては!

出来るだけ心を落ち着かせるように、国王に気付かれないように息をゆっくりと吐きだした…。


「言い伝えでは、かの英雄が四属性魔法の全てを使ったと言われておる。

そなたも、英雄と同じく歴史に名を遺す魔法使いに成れるやもしれぬな」

国王が英雄の話を持ち出して来たという事は、俺に英雄に近い活躍を期待しての事だろう。

しかし俺は英雄になるつもりも無いし、この国のために働く気も無いが、完全に否定するにも不味いだろう。

勇者では無いという事だけは、伝えなくてはならないな。

「いいえ、僕は英雄様の足元にも及びません。

ですが、今後も努力を続けて行く所存です!」

「うむ、期待しておるぞ」

「はい、ありがとうございます」

ふぅ~、今度は噛まずに落ち着いて返答する事が出来た。

だが、油断するのはまだ早い。

ネレイトから教えられた言葉をまだ言って無いからな。

国王も、優しい目で俺を見ながら言葉を続けて来た。


「アイロス王国の侵攻を魔法で退け、アイロス王国の砦を占領した事、大儀である。

この功績を称え、ゼルギウス・フェリクス・ド・ソートマスの名において、エルレイ・フォン・アリクレットに男爵位、並びに占領した砦周辺を授与する」

ここだ!ここで、覚えた言葉を言う所だな!

噛まないように落ち着いて、一息ついてから言葉を言った。


「謹んでお受け致します。ソートマス王国と国王陛下の為に、誠心誠意尽くす事をお約束致します」

よし!間違えなかったし噛まなかった!

国王も優しい目で俺を見ながら軽く頷いていたので、問題無かったのだろう。

隣に居るネレイトからも、安堵の息が聞こえて来る。

もしかしてネレイトは、俺以上に緊張していたのかも知れないな。

後で噛んだ事を謝罪しないといけないな…。

そして国王が退出して行き、俺もやっとこの緊張する広間から出る事が出来て、大きく息を吐いて肩の力を抜く事が出来た…。

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