第五十一話 ミエリヴァラ・アノス城 その二

「ここがソートマス王国の王城…」

「うむ、ソートマス王国が誇るミエリヴァラ・アノス城だ。

どの国の城より美しいと言われておる」

俺がお城を眺めていると、ラノフェリア公爵が説明してくれた。

確かに美しいお城だ。

真っ白で高くそびえ立つ尖塔の壁は、陽の光を浴びてキラキラと輝いていて、光の加減で尖塔が宙に浮いている様にも見える。

そして、城を取り囲むように作られた花壇には、様々な花が咲き誇っていて、見る目を和ませてくれる。


「城内に入るぞ」

「は、はい!」

俺が何時までもお城を眺めていると、ラノフェリア公爵が急かして来た。

魔法を披露する時間が決まっているのかも知れない。

俺は慌ててラノフェリア公爵の後に続いて、お城の中へと入って行った。

床や壁は、大理石の様な磨き上げられた石で覆い尽くされており、少しぼやけた感じの鏡の様だった。

歩くたびにカツカツと靴の音が響き渡り、俺達以外にも多くの人達が廊下を歩いていたので騒々し感じがした。

そんな騒々しい廊下を、ラノフェリア公爵は迷う事無く進んで行く。

幾度となく角を曲がり、階段を上った先の部屋に俺は通された。


「ここは私の執務室で、暫くここで待っていてくれたまえ」

「はい、分かりました」

ラノフェリア公爵はそう言うと、ネレイトを連れて部屋を出て行ってしまった。

残された俺はソファーで寛ぐ事も出来ず、呆然と立ち尽くしたままだ…。

「お茶をお入れしましょうか?」

「あっ、はい、お願いします」

部屋に居たメイドが気を利かせてくれて紅茶を用意してくれたところで、俺はソファーに座って紅茶を頂く事にした。

「ふぅ~」

紅茶を一口飲んだところで、気持が少し落ち着いて来た。

どうやら俺は、城に入ってから緊張していたみたいだ…。

それもそのはず、お城に居る人達は使用人以外、地位の高い人達ばかりだ。

俺が不注意な言動するだけで、お城の騎士に処罰されかねない。

そんな事になっては、ラノフェリア公爵の顔に泥を塗る事にもなるし、父の立場も危うくなる。

お城に入る時も、見慣れない顔だと騎士に睨まれたからな…。

ラノフェリア公爵が居たから、騎士からは何も問いただされなかったが、俺だけだと入る事すら出来なかったのだろう。

お城にいる間は必要以上に口を開かず、他人に絡まれないように下を向いていようと思う。


暫く部屋で待たされた後、ネレイトだけが戻って来た。

「エルレイ、これから城の裏にある訓練場へと向かう。

そこで魔法を披露して貰う事になるけど、準備は良いかな?」

「はい、大丈夫です」

「分かっているとは思うけれど、周囲に被害の及ぶような魔法は控えてくれ」

「はい、分かりました」

ネレイトはそれだけ注意すると、俺に着いて来るように言って部屋を出て行く事となった。

来た時とは違う廊下を進み、やがてお城の裏庭へと出て行った。


「裏側は広いのですね」

「そうだね。騎士の宿舎、役人の宿舎、使用人の宿舎、訓練場等、城に勤める者にとって必要な施設が整っている。

外に情報を出させないための措置だね」

「なるほど…」

お城で勤めていれば、ソートマス王国内外の情報が手に入るのだろう。

下手をすれば、お城から一生出ない人も居るのかも?

いや、それは行き過ぎた考えだな。

流石に休みの時くらいは、外出させて貰えるだろう。

あっ…そう言えばロゼとリゼに休みを与えていなかった事に気が付いた…。

家に帰ったら二人に休みとお金を渡したいが、今の俺には稼ぎが無いので、休日を過ごすお金も渡す事が出来ない…。

ちょっとだけ、自分が情けなくなるな。

父にお願いして、少しお金を借りる事にしようと思う。

でもまてよ?

家で働いている使用人に休日は無かったな。

何か用事があって、実家に帰る時なんかにはまとまった休みを与えていたけど、それ以外の休みは無かったはず。

うーむ、この世界に休日を言う考えが存在しない事に、今更ながらに気付いてしまった。

いや、貴族の使用人だけ休日が無いのであって、平民の間では休日が存在するのかも知れない。

これも帰ったら調べて見る事にしよう。


そんな事を考えながらネレイトの後を着いて歩いていると、広々とした訓練場へと到着した。

この場は、魔法の訓練に使われているのだろう。

遠くに見える人型の標的の周囲の焼け焦げた跡が、この場からも良く分かる。

そして、俺の立つ後ろと左側には観客席があり、既に多くの人達が座っていて、ざわざわとした声が聞こえて来ている。


「エルレイ、周囲の声に耳を傾けずに魔法の事だけ考えていればいいからね」

「はい…」

ネレイトが耳打ちしてくれたけれど、どうしても声が頭の中に響いて来る。

その多くは俺が子供だと言う驚きと、そんな子供を連れて来たラノフェリア公爵に対する批判だ。

ネレイトにも聞こえているだろうけれど、澄ました表情で聞き流している。

ネレイトが怒っていないのに俺が怒る必要は無いな…。

ラノフェリア公爵に恥をかかせない為にも、魔法を披露する事に集中しようと思う。


「ソートマス王国国王、ゼルギウス・フェリクス・ド・ソートマス陛下のご入場!」

騎士が国王の入場を告げると、観客たちの声が止み、一斉に立ち上がる音だけが聞こえて来た。

ネレイトは左側の観客席の方を向いて片膝をつき頭を下げている。

俺も同じ様に片膝をついて頭を下げた。

アンジェリカに指導されていたから間違ってはいないと思うが、ちらっと横目でネレイトの姿を確認して見ると、同じように俺の姿が気になったのかネレイトと目が合ってしまった。

そしてネレイトが目だけで頷いて見せてくれたので、そのまま黙って下を向いて待つ事にした。


「面を上げよ」

その態勢で暫く待ち続け、いい加減足が痺れて来た頃に、やっと顔を上げて前を見る事が出来た。

豪華な貴賓席と思われる場所に、国王と思われる人と王族達、そしてラノフェリア公爵の姿も確認出来た。

「エルレイ・フォン・アリクレット、貴殿の魔法を国王陛下にお見せしろ」

「はい!」

騎士から命令され、俺は立ち上がって国王に頭を下げてから正面を向き、魔法を行使する事にした。


「ストーンウォール!」

「アイスピラー!」

「フレイムピラー!」

「トルネード!」

遠くの標的近くに土の壁を作り出し、それを氷で固め、炎で氷を融かし、竜巻で土の壁を粉々に破壊した。

魔法の名前を言ったのは、国王や集まった人達にどの魔法を使ったのかを知らしめるためだ。

四属性全ての魔法を使い終え、国王の方を向いて一礼し片膝をついた。


「「「「「おぉぉぉぉ!!」」」」」

周囲から驚愕の声が上がり、国王も満足そうな表情を見せている。

ラノフェリア公爵も頷いてくれていたので、あれでよかったみたいだ。


「国王陛下、ご退場!」

国王は俺に声を掛ける事も無く、即座に退場して行った。

いや、俺に声を掛けられても返答に困るから助かったのだけれど、わざわざ魔法を見せてやったのに、何も言われないと言うのも癪に障る。

そんな気持ちを出来るだけ表情に出さないようにしないといけないな。

俺は気持ちを落ち着かせ、国王の姿が見えなくなるまで待ち続けた。


「エルレイ、ご苦労様!」

「ネレイト様、緊張しました。どこか間違っていた所は無かったでしょうか?」

「いいや、全く問題無かったよ!ほら、周囲からも批判の声が聞こえてこないよね」

「そうですね。良かったです」

俺の事を子供だと馬鹿にする声も、ラノフェリア公爵に対して批判する声も聞こえて来なくなっていて、俺はほっと一安心する事が出来た。

「次の場所に行こうか!」

「えっ!?僕はまだ何かする必要があるのでしょうか?」

「そうだね。これからが本番と言っていいかも。

でも、ここで話すのはあれだから、父上の執務室に戻って話をしようか」

「分かりました」

周囲には俺達の会話に耳を傾けている人達もいそうだし、ネレイトの後に続いて部屋に戻る事となった。

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