第五十話 ミエリヴァラ・アノス城 その一

午後遅くソートマス王国の王都へと到着し、王都の門で王都に入るための順番待ちの列の横を素通り出来た事に、少しだけ優越感に浸りながら車窓から王都の街並みを眺めて行く。

石畳で整えられた広い大通りの両側には様々な商店が並んでいて、お客の数も多く繁盛しているように見えた。

ルリア達には見慣れた光景なのだろう。大した興味も無いみたいで口数も少なくなっていた。

俺だけが田舎者丸出しで、車窓の風景を興味深く見続けていた。

王都内にある門を抜けると人通りも少なくなり、建物も高級な物へと変わって行った。


「ここからが貴族街よ」

ルリアが少し安心したかのような感じで発言した。

あ~、口数が少なくなっていたのは、襲われる可能性を考慮して緊張していたという事か。

ラノフェリア公爵の表情も緩やかになったような気もする。

ラノフェリア公爵には敵が多いのかも知れないが、俺には関係ない…。

いや、これからは俺も関係して来るのだろう。

ルリアの婚約者で、空間属性魔法が使える様になった俺も他人事ではない。

しかし、俺が襲われるだけなら何とか対処できると思うので、そこまで緊張する必要は無いのかもしれない。


「エルレイ、お城が見えて来たわよ!」

「あれが…」

いくつもの尖塔からなる姿は、夢の国のお城を彷彿させるような感じだった。

俺には一生縁が無い場所だとは思うが、こうして車窓から眺めている分には美しく、あんなお城で一度でいいから一晩過ごして見たいと思う。

やがて馬車は、お城に近い場所にある宮殿の前で止まり、馬車の扉が開かれて降車した。

王都に別荘と言うのだろうか?

いや、貴族街と言っていたから、ある程度地位の高い貴族は王都に屋敷を構えている物なのだろう。

男爵である父は、その様な屋敷を王都に持っているはずもない。

この宮殿自体は、ラノフェリア公爵家の宮殿に比べれば小さいが、それでも十分に立派な建物である事には違いない。


「「「ラノフェリア公爵様、お帰りなさいませ」」」

多くの使用人達が一列に並んでお辞儀する中を、ラノフェリア一家は躊躇なく進んで行く。

俺は何とも言えない緊張感を感じながら、ルリアの後に続いて宮殿の中に入って行った。

偉くも何ともない俺としては、使用人達が頭を下げている中を歩くのには慣れないな…。

と言うより、俺もその内あの列の中に並ぶかもしれない未来が想像できる。

いや、ルリアには貴族になれと言われたから、そうはならないのか?

未だに貴族になる方法は分かっていないが、恥を忍んでルリアに聞いて見た方が良さそうだな。

機会があれば聞いて見る事にしよう。


俺は用意された部屋に移り、束の間の休息を取る事となった。

この部屋には俺とリゼしかおらず、ゆっくりと羽を伸ばせる。

ソファーに体を預けて息を大きく吐き出した…。

「疲れたぁ~」

「何かお飲み物でもご用意いたしましょうか?」

「いやいい、どうせすぐ夕食になるだろうから、リゼも休んで…と言う訳にはいかないか」

「はい、お気遣い感謝いたします」

俺の家でならともかく、ラノフェリア公爵家内に置いて、メイドと同じ席に座る事は許されないだろう。

リゼに申し訳なく思いつつも、精神的に疲れていたので夕食まで休む事にした。


そして、何時もより人数は少ないものの、ラノフェリア公爵家との夕食を頂く事となった。

食事中、珍しくルリアがアベルティアと楽しげに話しをしている。

ネレイトは、いつもと同じように笑顔で俺に話しかけて来ている。

ついでだし、明日の予定でも聞いて見る事にしよう。

「ネレイト様、明日の予定をご存じないでしょうか?」

「あぁ、明日は…」

「エルレイ君、それは明日の楽しみにしておきたまえ」

「はい…」

ネレイトが答えてくれようとした所、ラノフェリア公爵が会話に割って入って来て止められてしまった。

余計に気になる所だが、教えて貰えそうには無いな…。


そして翌朝、リゼに起こして貰い、服に着替える段階で少し違和感を覚えた。

「エルレイ様、今日はこちらのお召し物になります」

「これは…」

用意されていた服は俺好みの黒なのだが、細かい銀の刺繍が至る所に施されていて、誰が見ても高級品だと言う事が分かる服だな。

ラノフェリア公爵家に滞在していた時に頂いた服も高級品だったが、これはさらに一段上の品物だ。

こんな高い服を着せられて行く先と言えば、一か所しか思い浮かばないな…。


朝食の為に食堂に向かう廊下で、おめかししたルリアと出会った。

「ルリア、今日は一段と可愛らしいね」

「ありがとう…。エルレイも、中々様になっているわよ!」

「ありがとう。僕の場合は服に着せられている感じはするけどね…」

俺が褒めると、恥ずかしさを誤魔化すために殴って来るかと思っていたのだが、予想外に顔を赤くして素直に感謝された。

アベルティアに言われた通り、可愛らしくしているのかも知れないな…。

なるほど、暴力的なルリアでもこの様な仕草をすれば、リリーと同じくらい可愛いと思えてくるのが不思議だ。

出来る事なら、しおらしい態度を維持してくれれば嬉しいが、いつも通りのルリアの方がルリアらしくて良いのかも知れないな。

「ルリアも僕と同じ所に出掛ける事になっているのかな?」

「いいえ、私はお母様とお買い物に行く予定よ!」

「そうなんだ…」

「頑張ってらっしゃい!」

ルリアも、俺が今日何処に連れて行かれるのかを知っている様子だ。

となれば、俺の予想が当たっている可能性が高まって来たな…。

しかし、何のために連れて行かれるのかが分からない…。

考えても分からないから、大人しく連れて行かれるだけだな。


服を汚さないように注意しながらの朝食を終え。

ラノフェリア公爵とネレイトの三人で馬車に乗り込んだ。

馬車が向かっている先は、ソートマス王国のお城だ…。

男爵家三男が来ていい場所で無い事は間違いない。

失礼な事をしてしまわないように、事前に聞いておいた方が良さそうだ。


「ラノフェリア公爵様、向かっている先はお城で間違い無いでしょうか?」

「うむ、驚いたかね?」

ラノフェリア公爵は、悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべて尋ねて来た。

隣に座っているネレイトも似たような表情をしていて、よく似た親子だと思った。

「はい、それで僕はお城で何かやらないといけないのでしょうか?

一応の礼儀作法は学んでおりますが、僕には縁のない場所になりますので、お城での礼儀作法までは熟知しておりません」

「ふむ、エルレイ君は子供だから、多少の事は見逃して貰えるだろう。

そう硬くならずに、いつも通りにしてくれていれば大丈夫だ。

それと、王城でエルレイ君には魔法を披露して貰う事になるが、普通の魔法でいいからな」

「はい、分かりました」

ラノフェリア公爵は、普通を強調して言った。

まぁ、戦争であれだけの事を行って来たから、俺の魔法が普通で無い事には気が付いているのだろう。

魔法を使っていれば、いずれ気付かれる事だったから問題は無い。

「父上、普通の魔法と言うのはどういう意味なのですか?」

「エルレイ君、ネレイトに説明して貰えるかね?」

「はい」

しかし、ネレイトは俺の魔法の事は分かっていなかったみたいでラノフェリア公爵に尋ね、ラノフェリア公爵は俺に説明を任せて来た。

ラノフェリア公爵は俺とルリアの味方だろうし、跡取りのネレイトにも味方になって貰うためにきちんと説明しておいた方が良いだろう。


「ネレイト様、僕が呪文を唱えないで魔法を使う事をご存知だと思います。

呪文を唱えない魔法と言うのは、一から自分の力だけで魔法を構築しなくてはなりません。

分かりやすく説明するために、今から水を出す魔法を使いますが構いませんでしょうか?」

「うむ」

「普通に呪文を使った場合、誰が魔法を使ったとしても、ある程度同じ様な水が作り出されます。

しかし、呪文を使わない方法で水を出す場合は、呪文と言う法則に縛られないので、この様に大きさや形を自由に変える事が出来ます」

「おぉ、これは凄い!」

俺が水を四角や三角の形にしてみせると、ネレイトは大層驚かれた表情を見せていた。

「そして、エレマー砦で壁や落とし穴を作ったのも、普通に呪文を唱えていては到底できない事なのです」

「なるほど、そうだったのか!」

「恐らく、魔法に詳しい人ならすぐに気付けるものだと思います」

「そうであろうな。だが、必要以上に知らせる事もあるまい」

「はい、僕もそう思います」

ラノフェリア公爵はニヤリと笑って見せ、多分俺も同じ様な表情をしていたのかも知れない。

そして、話しをしているうちにお城へと到着し、馬車を降りる事となった。

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