第四十五話 ヴァルト邸訪問

シュロウニ砦を前にし激しい戦闘を予想していたのだが、伝令より伝えられた言葉は、シュロウニ砦に敵の影は無しとの事だった。

実際に兵士達が砦に侵入し、罠の有無を確認した後、俺達も砦内に入る事が出来た。

「エルレイ少年、ご苦労だった。

後の事は私達の仕事だ。

お嬢様を連れて戻ってくれ」

「は、はい、ありがとうございます…」

シュロウニ砦に入って、ダニエルから掛けられた言葉がこれだ…。

帰っていいと言われてとても嬉しいのだが、すぐ帰っていいのであれば俺達が来る必要無かったんじゃ無いのか?

でも、敵が居る事を想定しての事だったのだろうし、出番が無かったと嘆く必要は全くないか…。

これから本格的に、ソートマス王国軍とアイロス王国軍による戦いが始まるのかも知れないが、俺達が参加する必要は無いという事を素直に喜ぼうと思う。

ここまで馬を引いてくれていたリゼと馬車に乗り込み、俺達はとんぼ返りでエレマー砦へと戻って来た。


「エルレイ、これからどうするの?」

「そうだな、ヴァルト兄さんに挨拶をして来るから、少しだけ待っていてくれないか?」

「分かったわ」

ルリアを馬車に残したまま、俺はヴァルト兄さんの所へとやって来た。

室内に入ると、最初に来た時とは兵士達の雰囲気が違い、皆勝利の余韻に浸っているようにも思えた。

そんな中、笑顔を浮かべながらヴァルト兄さんは近寄って来て俺の頭を撫でた。


「エルレイ、敵軍は撤退していたそうだな」

「はい、戦う事無くシュロウニ砦を占拠出来ました!」

「それは良かった。エルレイが帰って来たという事は、もう戦争に参加しなくていいという事だよな?」

「はい、家に帰ってゆっくりしたいです」

「あははは、俺も同じ気持ちだ…」

ヴァルト兄さんも相当疲れている筈だろうし、俺が来る以前からこの砦に詰めていたのだろうから、イアンナ姉さんともずっと会っていないのだろう。

新婚なのに、何日も家を空けていないという状況は、分かっていた事なのだろうが相当寂しいはずだ。

ヴァルト兄さんの乾いた笑い声が、その事を物語っている。


「ヴァルト、お前も家に戻って構わないぞ。嫁さんに元気な顔を見せて安心させてやれ!」

「しかし、まだ仕事が残っている」

「ヴァルトの仕事は、俺達が暇つぶしにやっておくから気にするな」

国境警備隊長のマテウスも気になっていたのか、ヴァルト兄さんに帰る様に言ってくれた。

マテウスは左遷された小太りのおじさんと言う印象だったのだが、気が利く優しい人だったのだな。

そうで無いと、隊長など務まるはずも無いか…。

俺は心の中でマテウスに謝罪し、俺からもヴァルト兄さんに家に帰る様に説得した。

「ヴァルト兄さん、一緒に帰りましょう。そう言えば、僕からもヴァルト兄さんに話さなければならない事がありました」

「そうか…マテウス、すまないが今日の所は帰らせて貰う事にする」

「うむ」

俺はヴァルト兄さんと共に部屋を出て来た。

「エルレイ、俺に話と言うのは何だ?」

「えーっと、ここで話せる内容では無いので…」

「そうか、それなら家に来るか?」

「はい、ルリアも一緒で構わないのであれば…」

「勿論構わない。準備をして来るから少し待っていてくれ」

俺は先にルリアが居る馬車の所に戻り、少しした後ヴァルト兄さんもやって来て馬車に乗り込み、ヴァルト兄さんの家へと向かう事になった。


「少し窮屈かもしれないが、すぐ着くから我慢していてくれ」

「いいえ、私からお願いした事ですし、ヴァルトさんには感謝します」

馬車の中には六人が乗り込んでいて、片方の席にはルリア、リリー、ロゼが座っていて、その対面に俺、ヴァルト兄さん、リゼが座っている。

ルリアが感謝したのは、ヴァルト兄さんがリリー達メイドが降りて御者台の方に行くと言ったのを止めてくれたからだ。

御者台の方には兵士が一人乗っていて三人が座れる余裕は無いし、ヴァルト兄さんもメイドと一緒の席に座る事に抵抗が無いのだろう。

ヴァルト兄さんが、俺と同じような考えを持っているのだとしたら嬉しい限りだな。

「エルレイ、あの家だ」

「本当に近い場所にあるんですね」

「そうでないと、いざと言う時に駆け付けられないからな」

「確かに…」

馬車がヴァルト兄さんの家の前に着くと、家の中から執事のラモンとイアンナ姉さんが出迎えてくれた。


「貴方、お帰りなさい!」

「イアンナ、ただいま」

ヴァルト兄さんが馬車から降りるなりイアンナ姉さんは抱き付き、涙を流してヴァルト兄さんの帰宅を喜んでいた。

暫く二人は抱きしめ合い、俺達が居る事を思い出したヴァルト兄さんが、恥ずかしそうにしながらイアンナ姉さんから離れた。

「イアンナ、エルレイが話があると言う事で連れて来た」

「あら、エルレイ君お久しぶり。それから、ルリアお嬢様もいらっしゃい」

「イアンナ姉さん、御無沙汰しております」

「少しお邪魔させて頂くわ」

「狭い所だけれど、中に入ってね」

イアンナ姉さんに連れられて、俺達はヴァルト兄さんの家へと入って行った。

まだ新築独特の匂いが残る家の中はとても綺麗だった。

俺達は応接室に通され、ルリアと一緒にソファーに座り、対面にヴァルト兄さんとイアンナ姉さんが座り、メイドのヘレネが紅茶を用意してくれた。

その際、ヘレネが俺と目が合うと少し微笑みかけてくれたのがとても嬉しかった。

ヘレネはこの世界での初恋の相手だし、俺の世話をしてくれていたメイドだから少し話をしたかったが、真面目な話をする前だから俺も笑顔で応える事しか出来なかったのが残念だ。

紅茶が行き渡った所で、俺は話し始める事にした。


「ヴァルト兄さん、イアンナ姉さん、これから話す事は他言無用でお願いします」

二人が真面目な表情で頷いたのを確認し、俺が空間属性魔法を習得した事を説明した。

「その様な事で、お二人にもご迷惑を掛ける事になってしまい、本当に申し訳ありません」

俺は二人に深々と頭を下げて謝罪した。

「エルレイ、魔法に関して俺がどうこう言うつもりは無いが、俺達は家族なんだからそんなこと気にする必要は無いんだぞ」

「そうよ!貴族の家に生まれた者の宿命みたいな物じゃない。それに、自分の身は自分でも守る様にと鍛えて来たんだからね!

エルレイ君も、私の強さを知っているでしょう?」

「そうですけど…」

「そう言う事だ。今後も俺達の事は気にせず、エルレイの好きな様にやって行っていいからな!」

「ヴァルト兄さん、イアンナ姉さん、ありがとうございます」

二人共俺のせいで危険な目に遭うかも知れないのに、笑顔で俺の行いを認めてくれた。

だから、俺も二人に出来る限りの事をしてあげないといけない。

「これは提案なのですが、お二人が身を守れる様に、魔法を教えたいと思うのですがいかがでしょうか?」

俺が魔法を教えると言うと、二人は首を傾げていた。

「エルレイ、俺もイアンナも魔法は使えないぞ?」

「知っています。ですが、僕は魔法が使えない人に魔法が使えるように出来るんです。

その証拠に、そこにいるメイドのリリーを魔法使いにしました」

「本当なのか…?」

ヴァルト兄さんとイアンナ姉さんが、確認の為にリリーの方に視線を向けると、リリーは軽く頷いて応えてくれた。

「そうか、それは是非とも教えて貰いたい所だが、時間が掛るのだろう?」

「そうですね。魔法を使って身を守れるようになるまでは、かなりの時間が必要となります」

「そうか、残念だが俺は仕事があるから無理だな…」

ヴァルト兄さんには仕事があり、時間が取れないだろうと俺も予想していた。

しかし、予想以上にヴァルト兄さんが落ち込んでいるな。

ヴァルト兄さんの気持ちは良く分かるから、余裕が出来た頃にでも教えてあげる事にしよう。

「ねぇ貴方、私はいいわよね?」

「うん、エルレイ、イアンナに魔法を教えてやってくれないか?」

「分かりました。後日教えに伺わせて貰います」

「エルレイ君、お願いね!」

落ち込んだヴァルト兄さんとは逆に、イアンナ姉さんは目を輝かせて喜んでいる。

これは出来るだけ早く教えに来ないと、逆に家まで押しかけて来そうな感じだするな。

それだけ楽しみにして貰えるのであれば、俺としても嬉しい限りだ。


「エルレイ、この部屋を使ってくれ」

話しを終えた俺は、転移魔法で移動する際に使う部屋を指定して貰った。

一階にある使用人用の部屋で、あまり広くは無いが転移して来るだけなら全く問題は無いな。

「ヴァルト兄さん、イアンナ姉さん、これで失礼します」

「うん、またいつでも来ていいからな!」

「エルレイ君、待っているわね!」

二人に別れを告げて、ルリア達と手を繋いで自宅に転移魔法で帰る事にした。

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