第四十三話 エレマー砦での勝利

「撤退して行ったわね!」

「うん、もう二度と攻めて来ないと助かるんだけどね…」

「そうね。でも、これだけ一方的にやられればそんな気を起こさないと思うわよ!」

「そうだといいね」

砦の前の状況は悲惨なものだった…。

俺が作った落とし穴に落ちた人達は生き埋め状態だし、ガンデル率いる部隊に斬り殺された人達が多数転がっている。

降伏した人達は生かされているみたいだけれど、必死に逃げようと川に飛び込んだ人達の半数は溺死したに違いない…。

勇者として魔族や魔物と言った者達を殺して来ていなければ、この状況を見て吐き出していた事だろう。

実際勇者として最初に魔物を倒した際には、血生臭い匂いと罪悪感で吐いたからな…。

この状況を平然と見続けているルリアは、貴族令嬢として、この国を守ると言う覚悟の表れなのだろう。


「ルリア、もう大丈夫だから皆を連れて戻っていてくれないか?」

「そうね、エルレイはどうするつもりなの?」

「僕も少ししたら戻るよ」

「分かったわ」

敵が戻って来る事は無いだろうけれど、ガンデルが砦内に戻って来るまではここに居ないと不味いだろうからな。

ルリアはリリーとロゼを先に部屋に戻し、俺とリゼはガンデルが戻って来た後部屋に戻って就寝した。


翌朝は、いつもより少し遅い時間に目を覚ますと、ベッドの脇で俺の顔を覗き込んでいるリゼと目があってしまった…。

「エルレイ様、おはようございます」

「リゼ、おはよう」

リゼの手に、俺の着替えが用意されている所を見ると、起こそうとしていた所だったのだろう。

昨夜は夜襲、その前は徹夜だったので、体が怠くてまだ眠っていたいが、起きない訳にはいかないな。

重い体を起こし、硬いベッドから降りて背伸びをした。

エレマー砦で用意されたベッドは硬く、体のあちこちが痛い…。

平民だとこれが普通なのだろうが、柔らかなベッドに慣れた体には少し辛いものがあるな…。

戦場で贅沢を言うつもりは無いが、寝ている間に体を痛めるのは考え物だ…。

せっかく収納魔法と言う便利な物があるのだから、こういう時の為に使うベッドを用意していた方が良いのかも知れない。

もう二度と戦争なんかには参加したくは無いけどな…。

リゼに着替えを手伝って貰い、ルリア達が座っているテーブルの席に着いた。


「ルリア、おはよう」

「おはよう、先に頂いているわ!」

ルリア、リリー、ロゼの三人は朝食を食べている最中だった。

俺が席に座ると同時に、リリーとロゼが席を立とうとしていたので慌てて座らせた。

メイドとしては当然の行動かも知れないが、ルリアが許可しているのに俺が席に着た程度で食事を中断しないで欲しいものだ。

とは言え、そう簡単にはいかないのだろうな…。

俺の食事はリゼが用意してくれて、リゼが座った所で食事を始める事にした。

「頂きます」

昨日から碌に食べていないから、お腹はかなり減っている。

しかし、目の前に用意されている食事はパンに干し肉と野菜のスープで、お世辞にも美味しそうとは思えなかった…。

贅沢を言うつもりは無いが、ついこないだまでラノフェリア公爵家で頂いていた豪華な食事と比べてしまう…。

改めて、俺は恵まれた環境に生まれたのだと言う事を認識し、女神クローリスに感謝した。

俺が食事を始めると、食事を終えたルリアが話しかけて来た。

「エルレイ、貴方が寝ている時にガンデル軍団長から呼び出しが来ていたわ。

寝ていると伝えたら、起きてからで構わないという事だったけど、あまり待たせるのは失礼よ。

食事を食べ終えたら行って来なさい」

「うん、分かった」

ルリアの話からすると、急ぎの要件では無いみたいだが、待たせてもいけないな。

俺は急いで食事を食べ、ガンデルの所に行く事にした。


螺旋階段を上り、最上階の扉を兵士に開けて貰って入出すると、俺が着た事に気付いたヴァルト兄さんが駆け寄って来てくれた。

「エルレイ、お前のお陰でエレマー砦は守られた。ありがとうな!」

ヴァルト兄さんは笑顔で俺の頭を撫で続けていた。

昨日までの疲れた表情が消えていたので、本当に良かったと思う。

「ヴァルト兄さん、ここにいる兵士達の皆さんの活躍による物です。

僕はその手助けをしたにすぎません」

「あぁそうだな!」

俺は落とし穴を作っただけで、実際にはガンデル率いる部隊の活躍で敵を退けたのだからな。

しかし、ヴァルト兄さんの俺の頭を撫でる手は止まる事が無かった…。

ヴァルト兄さんの気が済むまで撫でさせていてやりたいが、ガンデルを待たせる訳にはいかない。

「ヴァルト兄さん、僕はガンデル軍団長に呼び出されて来ていますので…」

「そうだったな、すまん」

ヴァルト兄さんは、慌てて俺をガンデルの所まで連れて行ってくれた。


「ガンデル軍団長、大変お待たせして申し訳ありませんでした」

「いや、上からの命令とは言え、君の様な子供を二日連続夜中に働かせてしまい申し訳なく思う。

それで、体調はもう戻ったのかね?」

「はい、ぐっすり眠らせて貰いましたので万全の状態です」

硬いベッドで寝ていた痛みは魔法で治療したし、魔力も戻っている。

しかし、ただ単に俺の体調を気にしただけでは無いのだろう。

まだ何かやらせられるのだろうか?

敵を退けたのだし、早い所帰りたかったがそうはいかないみたいだ…。

ガンデルは申し訳なさそうな表情を見せながら言葉を続けて来た。

「敵軍はシュロウニ砦に戻り、再び攻め込んでくる可能性は少なくなった。

そこでだ…。

エルレイが作った壁と落とし穴を元の状態に戻して欲しいのだが、今日中に出来るか?」

「はい、出来ます」

「そうか、落とし穴の方は死体の回収作業をしているから、先に壁の方を頼む。

死体は埋めた方が早いのだが、アイロス王国側から引き渡しの要求が来る可能性もあるのでな」

「分かりました」

そうだよな…。

作ったはいいが、元通りに戻す作業は大変だ…。

しかし、俺にしか出来ない作業だからやらなくてはならないな。

頑張ってこいとヴァルト兄さんから励まされて部屋を後にした。

部屋の外で待っていたリゼと合流し、塔の螺旋階段を降りて外へと出て行った。


「リゼ、作った壁と穴を元に戻す作業に向かう」

「承知しました。ルリアお嬢様への報告はいかが致しましょう?」

「それは念話で連絡するよ」

ルリアに念話で伝えると『頑張りなさい!』と一言だけ返事を貰った。

ルリアらしい短い言葉だったが、その言葉でやる気が出て来たのは間違いない。

俺はリゼを抱きかかえて飛び出し、壁がある所まで飛んで来て降り立った。


「さて、始めるか…」

「エルレイ様、頑張って下さい!」

リゼからも応援されては、頑張らない訳にはいかない。

とは言った物の、一度固めた土をどうやれば元の状態に戻せるのだろうか?

色々試して見るしか無いか…。

風の魔法を使い、壁を粉々に砕く所から始めてみる。

ルリアの魔法でも壊れないように作っただけあって、中々に骨の折れる作業だ。

これなら、ルリアを呼んで壊して貰った方が早いかも知れない。

という事で、ルリアを念話を使って呼びだす事にした。


『ルリア、壁を壊すのを手伝ってくれないだろうか?』

『それは全力を出して良いって事よね?』

『うん、火を使わなければいいよ』

『すぐ行くわ!』

ルリアの声は、念話でも分かるくらいに喜びに満ちていた。

昨夜は魔法を使わせなかったから、うっぷんが溜まっているのだろう。

その証拠に、ルリアは直ぐに飛んでやって来てくれた。

「リリーとロゼは置いて来たんだな?」

「えぇ、後から昼食を持ってくる予定よ」

「それは楽しみだ。ルリア早速だが、壁を遠慮なく壊して行ってくれ」

「分かったわ!」

ルリアは嬉々として、俺が作った壁に魔法を撃ち込み続けて行っていた…。

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