第四十二話 エレマー砦の攻防 その九

≪アイロス王国 エーベルト男爵視点≫

「一気に橋を渡れぇ!」

金をかけて用意させただけあって、いかだで作った橋は思いのほか上手く行ったな!

敵はこちらの数に恐怖し、砦から出て来ぬではないか!

トリステンの奴は罠だと言い張るが、儂に言わせれば臆病者の虚言きょげんにすぎん!

所詮奴は、逃げる事だけしか能の無い指揮官だ。

軍人として恥ずべく存在だと、この戦のあと陛下に進言するつもりだ。

奴に不釣り合いな指揮官の地位を剥奪してやる!


「エーベルト男爵様、もう少しで渡河を完了いたします。

敵の反撃も無く隊列も維持しており、すぐにでも砦に攻め込めます」

「そうか、儂も前線で戦い、味方の士気を高めるとしよう!」

「流石です!エーベルト男爵様の勇猛な姿を見れば、味方が奮起すること間違いなしです!」

「うむうむ、そうだ!トリステンの奴には橋の守護をさせておけ。手柄を横取りされてはたまらぬからな!」

「はっ!承知しました!」

奴は儂が手柄を上げる所を、指を咥えて見ているがいい!

儂は馬を走らせ一気に橋を渡り切り、整列している傭兵達の前へと出て、剣を抜いて高々と掲げた!


「敵はこちらの数に恐れをなしているぞ!

魔法部隊と弓隊で砦を牽制しつつ、一気に砦に攻め込む!

皆の者!かかれぇ!!」

「「「「「おぉぉぉぉぉっ!!」」」」」

剣を振りおろすと同時に、傭兵達が砦に向け疾走していく。

それに合わせて、魔法と弓矢が砦に向け放たれる!

敵は防戦一方で、ろくに反撃も出来ぬではないか!

砦の門にも魔法が撃ち込まれ、敗れるのも時間の問題だな。

「よし!儂も前に出る!」

「エーベルト男爵様、まだ危険です!」

「反撃が全く無いのにどこが危険なのだ!」

「皆の者儂に続け!」

儂は護衛の者達を引き連れ、前線に出て傭兵達を鼓舞する事にした。


≪エルレイ視点≫

「ルリア、僕は門の守りを固めるから、ここの守りを任せてもいいか?」

「えぇ、分かったわ!」

ルリアは風で障壁を張り、敵からの魔法を防いでくれている。

もちろん砦の全てを守る事は不可能だから、ルリアの手の届く範囲だけだ。

他の場所は、兵士達に頑張って貰うしかない。

俺は門に向かって来ている魔法を障壁で受け止める事に集中した。

敵からは、門に魔法が当たっているように見えている事だろう。

門が丈夫だと思わせて、魔法を撃ち続けさせられれば、敵が門に迫って来る事は無いはずだ。

味方の魔法が飛んで行っている場所に、突っ込んで来る者などいないだろうからな。

いい感じで敵が砦に迫って来ているな。

もう少しで、一番手前の落とし穴が開くはずだ…。


「エルレイ!落とし穴が全然開かないわよ!」

「大丈夫、もう少しだから…」

ルリアにそう言いつつも、中々開かない落とし穴に焦りを感じていた。

少し丈夫に作り過ぎただろうか…。

こうなったら魔法を撃ち込んで、手動で落とし穴を開かせる事にした方が良いか?。

そう思っていた所に、ドドドドドッ!っと凄い音と土煙を上げながら、敵が集まっていたその場に直径二十メートル、深さ四メートルの巨大な穴が出現した!

そしてそれは次々と連鎖していき、合計五つの巨大な穴が現れる事になった!

「エルレイ、凄いじゃない!」

「上手く行って良かったよ!」

落とし穴は、一番手前の穴が落ちればそれに連鎖して落ちるような仕掛けを作っておいた。

奥の方から開いては、敵を一気に落とす事が出来ないからな。

落とし穴が上手く行った事で敵の数も大幅に減り、かなり混乱している様子だ。

大量の土と一緒に穴に落ちた人達は、無事では済まされないだろう。

生きていたとしても、這い上がって来る事は難しいはずだ。


このタイミングを逃さず、砦の門が開いて味方の兵士達が攻勢に出た!

「敵は混乱のさなかだが、油断をするな!

一気に押し込み蹴散らしてやれ!」

ガンデル自ら馬に乗って、先陣を切って敵に斬り掛かっていっていた…。

軍団長って、普通は後ろで指揮しているものでは無いのだろうか…。

あーでも、次から次へと剣で敵兵を倒している所を見ると、あれが正しいのだと思わざるを得ない。

横を見ると、ルリアがガンデルの活躍を目を輝かせてみている。

ルリアも剣で戦うのが好きだから、あの場に行って剣で戦いたいのだろう…。

ルリアが俺の方を向き、行ってもいいわよね?と目が訴えて来ている…。

しかし、ルリアをあんな危険な場所に行かせでもしたら、例え無傷であったとしても、ラノフェリア公爵からどんな罰を与えられるか分かった物では無いし、俺自身としてもルリアを行かせたくはなかった。

だから、俺はルリアの手をしっかりと掴み、首を横に振って応えた。

殴られたとしても、絶対この手は離さないつもりだ!

「分かっているわ…」

俺の意思が伝わったのか、ルリアはがっくりと肩を落とし、再び戦場の方に視線を向けていた。


戦場の方は、ガンデル率いる部隊の攻勢は衰えず敵を翻弄し続けている。

と言うより敵は混乱し、軍としての行動を全く見られなかった。

もしかして、指揮官が落とし穴に落ちたのかも知れない。

後方の方は、我先にと橋の方に逃げて行っている者達も見られるからな。

橋を落とした方が良いのか迷う所だな。

逃げ場を失った者達から思わぬ反撃を受けるかもしれない。

窮鼠猫を噛むとも言うしな…。

予定通り手出しをせず、見守る事にしておいた方が良さそうだな…。


≪アイロス王国軍 トリステン視点≫

「報告します!砦前に巨大な穴が開き、味方の三分の一程度が落ちた模様!

それと、エーベルト男爵の姿を確認出来ませんでした」

「そうか、後方にいる者達に撤退の指示を出せ!

出来る限り味方の救出を優先するが、敵が迫って来た場合は橋を落とせ!」

「はっ!」

罠があるとは思っていたが、あんな巨大な落とし穴をどうやって作りだしたのだ?

壁の件もあるし、どれだけの工兵を揃えれば作れると言うのだ…。

しかしあの砦には、そんな人数の工兵が居ると言う報告は無かった。

考えられるとすれば魔法だ。

今までに無い、障壁を貫通する初級魔法。

もしかすると、壁と落とし穴も魔法で作り出した?

そう考えるのが自然だが、その様な魔法があるとは今まで聞いた事も無かったし、そんな魔法使いがソートマス王国に居ると言う報告も無かった。

本隊と合流したのち、その事を調べて貰うしか無いな。

それとは別に、今この状況を目で見た部下達の意見を聞いておかねばなるまい。


「おいお前達、この状況をどう見る?」

「とても信じられないとしか言えません…」

「どうやったらあんな穴作れるんっすか?

しかも、大勢の傭兵達が通過したのに落ちていなかったっすよね?」

「そうだな、タイミングを見計らって一気に落とした感じに見えたな」

「魔法でしょうか?」

「かなり以前から準備していて、それを悟らせないように壁を作り、川から攻めて来るように仕向けたのでしょうか?」

「そうかも知れないな。どちらにしても、かなり大掛かりな事が出来る工兵か魔法使いの存在が居るのは確実だろう」

「そう思うっす」

「私もそう思います」

部下達の意見も大方俺の考えと一致するな。

工兵か魔法使いかは、本国に調べさせればいずれ分かる事だろう。

分かった所で対処できなければ、ここまで進めて来たソートマス王国への侵攻作戦は不発に終わる。

お偉いさん方からは色々文句を言われそうだが、部下達の命を守るため、ソートマス王国との戦いを避ける方向に持って行かなければならなそうだ…。


「敵が橋に迫って来ています!」

「よし!橋を落とし、生き残った者達と共に撤退を開始する!

油断をするな!魔法使いが追撃して来るかも知れん!

殿には俺の直属部隊が当たる!砦に戻るまで気を引き締めて行動せよ!」

「「「「「はっ!」」」」」

ひとまずその事は置いといて、味方の命を守る事に集中しなくてはならない!

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