第四十一話 エレマー砦の攻防 その八

カンカンカンカン!

またしても、うるさく鳴り響く鐘の音で目を覚ました…。

体を起こすと、ベッドの脇に俺の着替えを携えたリゼが待ち構えていた。

部屋のランプが灯されていて、窓から見える空は真っ暗な事から今は深夜という事だろうか。

「リゼ、おはよう」

「エルレイ様、おはようございます。早速ですが着替えを手伝わせて頂きます」

「うん、頼むよ。所でリゼもちゃんと眠ったのか?」

「はい、先程まで休ませて頂きました」

「それならいいんだが…」

着替えを手伝ってくれているリゼの顔を覗き込んで見たが、健康そうだし目の下にくまが出来ている事も無い。

ロゼとリゼは俺のメイドだから、無理して倒られては俺の責任になってしまう。

戦争が終わり次第、二人にはゆっくりと休める時間を作ってあげないといけないな。

ルリアも起き上がり、リリーとロゼから着替えさせて貰っているが、出来るだけ視線を向けないように注意しなくてはならない。

覗いたと言われて殴られたくは無いからな…。

着替え終えた辺りで兵士が呼びに来て、俺とルリアは会議室へと向かって行った。


会議室に入り、与えられた席に座る。

三回目になるが、緊迫した雰囲気の中、兵士達の厳しい視線が突き刺さって来るのには慣れない…。

まぁ、一番年下の俺達が一番最後だと言う事が理由だろうが、兵士でもない俺達に迅速な行動を求められても困る…。


「早速始める。

敵はアヌーシュ川の対岸を進軍中だ。

それと同時に、数多くのいかだも一緒に川を下って来ている。

恐らく、筏で橋を作り渡河して来るものと思われる。

通常であれば砦より兵を出し、渡河される前に撃退するが、今回は砦前に魔法使いエルレイによって落とし穴が作られている為出来ない。

魔法使いエルレイ、相違ないな?」

「はい、間違いありません。落とし穴は五か所作りましたので、それが起動した後であれば出撃して頂いても問題ありません」

「うむ、そこは我等に任せて貰おう。魔法使いエルレイは砦の防衛に当たってくれ」

「分かりました」

「我々は、敵が落とし穴で混乱している所を一気に叩き潰す!

気を引き締めて取りかかれ!」

「「「「「はっ!」」」」」

ガンデルが手際よく会議を終わらせ、俺とルリアは砦を守るため城壁の上に移動してきた。


「ルリア、リリーを連れて来て良かったのか?」

「本人の希望よ!それにリリー一人だけ部屋に残してくるのも可哀想でしょ」

「そうだけど…」

ロゼとリゼが、俺とルリアの護衛として着いて来るのは納得できるとして、リリーまでもが俺達と一緒に着いて来た事には納得できなかった。

ここは戦場で、どの様な危険があるか分からない場所だ。

そんな所にリリーを連れて来ても、守り切れるか分からない。

ルリアが傍に居て守っていてくれると思うが心配だ…。

「エルレイ様、私もお役に立ちたいのです。どうか私が傍に居る事をお許しください!」

「うっ…」

リリーに涙目で訴えて来られては、さすがに俺も許可せざるを得ない…。

「わ、分かった、リリーは戦闘が始まったら自身に障壁を張り続けて身を守ってくれ」

「エルレイ様、ありがとうございます!」

俺が許可すると、リリーは笑顔になって俺にニコッと微笑んでくれた。

あぁやっぱり、純粋で非常に可愛らしいリリーをこの場に連れて来るのでは無かったと後悔する。

俺もそうだが、リリーの身長では城壁の外を見る事が出来ないが、戦闘が始まれば傷付いた兵士達の苦悶の声が聞こえてくるだろう。

それを聞いたリリーが心を痛めないか心配だ…。

しかし、一度許可したから部屋に戻っていろは言えないしな…。

そこで俺はロゼに近づき、耳打ちしてリリーを守るように指示を出す事にした。

「ロゼ、ルリアは僕が守るから、リリーの身を第一に守ってくれ。それから、兵士の死体なんかも見せないようにな」

「心得ております」

ロゼはしっかりと頷いてくれた。

これでリリーの心配をしなくて良さそうだな。

安心して皆の方に向き直ると、ルリアが腕組をして俺を睨みつけていた…。


「エルレイは、リリーにだけは優しいわよね!」

「い、いいや、ルリアにも優しく接しているよ?」

「ふーん、まぁいいわ!それより私はどうすればいいのか教えなさい!」

一瞬殴られるかと身構えをしたが、怒っている訳では無いみたいだった。

ルリアに対して優しく接したかと言われれば…記憶を思い返してみたが無かったかもしれない。

どちらかと言えば、俺がルリアから優しくしてもらいたいと思うくらいだな。

何時も殴られてばかりだし…。

でも、機会があればルリアに優しく接してあげようと、一応心の中にメモしておこう…。


「ルリア、ガンデル軍団長の話を聞いてたと思うが、僕達の役目はエレマー砦の防衛で、敵軍を攻撃する必要は無い」

「敵が近づいて来ても駄目なの?」

「駄目だ。飛行魔法で近づいてきた奴か、城壁を登って来た奴なら攻撃しても構わないが、それ以外を攻撃してはいけない」

「何故なの?理由を説明しなさいよ!」

ルリアに攻撃するなと言えば不機嫌になる事は分かっていたけれど、今回ばかりはルリアに攻撃させる訳にはいかない。

「理由を説明するから、最後まで怒らないで聞いてくれ」

「分かったわ」

俺はルリアから殴られる事を覚悟しつつ、出来る限りルリアを怒らせないように注意し、周囲にいる兵士達に聞かれないようにルリアに聞こえるくらいの声で話し始めた。


「先程も言った通り、僕達はガンデル軍団長から砦の防衛を任された。

つまり、余計な手出しはするなという事だ。

ここはあくまで、ソートマス王国軍が守る砦で、僕達はおまけの様な物だ。

ラノフェリア公爵様からの口添えがあったから、僕に役割を与えてくれたに過ぎない。

そしてその役割は、もう既に終えている。

ルリアには申し訳ないが、これ以上ソートマス王国軍から仕事を奪う訳にはいかないんだ。

しかし、戦況が思わしく無い時は僕が許可するから、その時は思いっきり攻撃して構わない」

「理由は分かったわ。どの道初級魔法しか使っては駄目なのでしょうから、見学だけにしておくわ!」

「すまない…」

ルリアは少し不貞腐れていたけれど、ルリアに本気で魔法を使わせる訳にはいかない。

昼間に使わせた初級魔法でも十分通用する事が分かったし、上級なんか使わせた日には敵部隊を全滅させかねない。

そんな強力な魔法を使えると知られれば、今より更に俺達が使われる事になるだろう。

勇者の時みたいに都合よく使われたくは無いからな。

争い事とは離れて、ゆっくりと生活していきたいと思っている。

そう言えば、ルリアを養って行く為の仕事を見つけないといけないんだったな…。

この戦争が終わり次第ルリアとも相談して、本格的に仕事を見つける事にしよう。


「アヌーシュ川から、敵軍が渡河して来ています!」

「総員、迎撃準備!」

敵軍が来たという事で、俺達が居る城壁の上に居た兵士達が慌ただしく戦う準備を始めていた。

魔法使いは障壁を張り、弓兵は敵の接近に備えていた。

ルリアと俺は飛行魔法で少し浮きあがり、攻めて来ている敵軍を確認した。

「エルレイの作った落とし穴、どんなものなのか楽しみだわ!」

「そうだね。敵には悪いけれど、うまく落ちてくれる事を願うばかりだ」

今の気持ちとしては、悪戯の結果を待つ少年の様にワクワクしている。

落ちた人達は運が悪いと死んでしまうと思うが、攻め込んで来たそちらが悪いという事で納得して貰うしかない。

俺は月明かりに照らされた敵軍を見ながら、そんな事を考えていた…。

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