第四十話 エレマー砦の攻防 その七

≪アイロス王国軍 トリステン視点≫

シュロウニ砦に無事帰還し、会議室に部下達を集めて、威力偵察の報告書の作成及び今後の方針を話し合う事にした。

「帰還したばかりだが、今日は行軍のみで疲れた奴はいないだろうから会議を始める。

敵の魔法使いの数は不明だが、こちらの魔法使いに対して一方的な攻撃を仕掛けて来た事は脅威だ。

したがって、現状の戦力で…」

バンッ!

部屋の扉が勢いよく開け放たれ、エーベルト男爵が入室して来た。

またか…と思いつつも、来るのは予想できていたので、笑顔を作ってエーベルト男爵を迎え入れる。


「エーベルト男爵様、いかがなさいましたか?」

「いかがも何もあるか!どうして撤退して来たのだ!」

エーベルト男爵は顔を真っ赤にして怒声を上げて来た。

大方、撤退して来たのを不満に思っての事だろう。

エーベルト男爵の立場にしてみれば、大金を払って傭兵を雇った兵を俺に預けたのに、戦果を上げて来なかった事に対して不満に思うのは納得出来る。

しかし、戦争はエーベルト男爵の思惑通り動くはずも無く、こちらもエーベルト男爵の思惑通り動く必要も無い。

だが、ここでそれを説いたとしても納得するはずも無く、納得するまで説明する義務もない。

だから俺は、笑顔を絶やさず冷静に対処に当たるだけだ。


「エレマー砦の前に、情報に無かった壁が建設されており、そこを守護していた魔法使いが思いのほか強敵でした。

エーベルト男爵様よりお預かりした大切な部隊の消耗を抑えるべく、撤退を選択した次第であります」

「ふんっ、私の部隊など消耗品だ。もう一度出撃して何としてもエレマー砦を落としてこい!」

エーベルト男爵にしてみれば金で雇った傭兵部隊の命など、いくら失われても気にはならないのだろう。

「それは出来かねます。私としては本隊の到着を待ち、その後軍議を開いて進退を決定するべきだと愚考いたします」

「それでは敵の本隊も間に合ってしまうでは無いか!せっかくの機会を逃すと言うのか!」

「お言葉ですが、今回の機会はソートマス王国側の罠だと判断致しました。

したがって、今攻め込むのは非常に危険だと申し上げます」

「こちらには切り札があるのだぞ!」

「あれは、何度も申しましたが非常に危険な作戦です。

仮に成功したとしても、砦を落とせなかった場合に全滅する恐れがあります」

エーベルト男爵の言っている切り札とは、川にいかだを流して連結させ、簡易的な橋を作ると言うものだ。

確かに、エーベルト男爵が切り札と言うだけあって、しっかりした作りの物で上手く連結させられれば立派な橋が出来上がる。

事前に連結作業の訓練をしている所を見学させて貰ったが、工兵の練度も高く橋が完成するまでの時間も短かった。

ただし、それはあくまで敵が橋を攻撃して来ないと言った前提条件があるからだ。

実際の戦場では、橋の準備している所を見られれば、すぐに敵がやって来て妨害及び破壊して来るだろう。

仮にうまく橋を架けられたとしても、砦を落とせず撤退せざるを得なかった場合、橋を一度に渡れる人数など限られている為、多くの被害を出す事になるだろう。

強力な魔法使いが敵に居る事が分かっている状況で、そんな危険な賭けに乗る事は出来ない。


「砦を落とせばよいのだ!やはり、逃げのトリステンには任せておけぬ!儂が直々に指揮を執る!」

逃げのトリステンとは、貴族の間で言われている俺の仇名あだなだ。

俺が実際に敵を前にして撤退を選ぶ事が多いからだが、まぁ今はその事はどうでもいい。

エーベルト男爵が俺の事を逃げのトリステンと言い捨てた事で、周りにいる部下達が怒りをあらわにしてた。

部下達を静めないと、不敬で処罰されかねん。

「な、何だお前達は!この私に文句でもあると言うのか!?」

部下達は、今にもエーベルト男爵を殴りそうな勢いだが、俺が手で制した事で部下達も冷静さを取り戻してくれた。

「エーベルト男爵様、部下達が大変失礼しました」

俺はエーベルト男爵に頭を下げ、部下達の非礼を詫びた。

「ふんっ、部下の教育もなっていないとは、やはり逃げのトリステンは無能と言う証左だな。

新な作戦を立てなくてはならぬ故、失礼する」

エーベルト男爵は、入って来た時と同じように勢い良く扉を閉めて退出して行った。

ふぅ、やっと出て行ったか…。

これからエーベルト男爵の指揮でエレマー砦に攻め込む傭兵部隊は不幸だと思うが、それだけの金は貰っているのであろうから気にはしない。

それより、俺達も動く手はずを整えなくてはならないな。


「エーベルト男爵の出撃に俺達も着いて行くぞ!」

「えっ!あんな奴の手伝いする事は無いですよ」

「そうです!あんな失礼な奴は勝手に死ねばいいんです!」

「まぁ、お前達の気持ちは良く分かるが、せっかく敵の情報を集めてくれると言うのだ。

それを見に行かない手は無いだろう」

「確かにその通りですね」

「そう言う事だから、いつでも出撃できるように準備を整えておけけ!

それと同時に、壁の状況も調べておきたい。

数名逃げ足の速い奴を送り込み、砦に攻め込んだと同時に壁の状況を調べさせろ。

出来れば、壁の欠片などあれば採取して貰いたいが、無理は絶対するな。

では行動に移れ!」

「はっ!」

準備は部下達に任せ、俺は敵の情報をまとめて書き込んで行く事にした。


エーベルト男爵から、エレマー砦に夜襲を仕掛けるとの連絡があった。

筏を連結して橋を作るまでが無防備になるため、出来る限り見つからないように夜襲が望ましいと提言しておいたのを覚えていた様だな。

敵もその程度予想しているだろうから、夜襲であろうと発見させるのを防ぐ事は出来ないだろう。

一応俺の部隊で対岸に敵が来た場合は対処する予定だが、魔法使いが来た場合は筏を見捨てて撤退せざるを得ないだろう。

障壁を貫通させる魔法使いと、正面からやり合って勝てる手段は今の所無いからな。

早急に対策を練る必要があるが、それは本隊と合流してからの話だな。


夜になり、エーベルト男爵が鼻息荒く傭兵部隊を鼓舞し、出撃となった。

「手筈通り、壁の調査に別動隊を向かわせろ」

「はっ!」

「俺達もエーベルト男爵の後に続くぞ!」

ひんやりとした夜風を感じる中、エーベルト男爵領の中にある橋を渡り、川沿いに進軍していく。

筏と一緒に下って行く工兵部隊は、川の安全が確認でき次第、後から川を下って来る予定になっている。

橋を作る予定の場所は、川の流れが緩やかになっている反面、川幅が広く水深も深くなっている。

橋から落ちれば、鎧の重みで溺死するのは間違い無いし、逃げる時も泳いで渡る事は不可能だろう。

鎧を脱げば泳げるだろうが、敵がそんな時間をくれるとは思わないからな。


進軍は敵に見つかる事無く順調に進み、筏の連結作業も敵に邪魔される事無く橋が無事完成した。

ここまで順調に進むと、かえって不気味に思える。

今夜は月明かりもあり、俺達が居る場所からも薄っすらとエレマー砦の姿を確認出来ている。

当然見晴らしのいい砦の上からは、こちらの動く影を見つけているに違いない。

それなのに、何の反応も無いと言うのは、罠を仕掛けて待っていると言っている様な物だ。


「エーベルト男爵に、敵の罠の可能性があり!渡河を中止されたしと伝えろ」

「はっ!」

無駄だとは思うが、義務は果たさないとな…。


「敵は少数!この人数で攻め込めば砦は落ちたも同然!

無事砦を陥落した暁には、約束通り報酬は二倍だ!

一気に橋を渡り、砦を攻め落とせ!」

「「「「「おぉ!」」」」」

エーベルト男爵は、俺の助言を無視し渡河を開始させた。

筏で作った橋は頑丈で、大人数で一気に渡っているにもかかわらず安定していた。

筏を組んでいる木にも藁が巻かれていて、濡れていても滑らないような工夫が施されている。

「思っていた以上に、筏の作りは素晴らしい物があるな。

あの工兵たちは、無事に連れ帰るよう保護しておけ」

「はっ!」

エーベルト男爵の作戦はともかく、筏はどこかの戦場で生かせる可能性が高い。

軍の工兵部隊に組み込めないか、上に進言して見る価値はありそうだ。


「俺達は橋の警護だ!決して橋を渡るんじゃないぞ!」

エーベルト男爵の作戦が上手く行き、砦を落としても良し。

罠があったとしても、次に役立てられる様無駄にしてはいけないからな。

さて、敵がどう出るのかゆっくりここで見させて貰う事にしよう。

俺は月明かりに浮かぶエレマー砦とエーベルト男爵の部隊を、馬上から見守る事にした…。

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