第三十九話 エレマー砦の攻防 その六
敵が完全に撤退して行ったのを確認した後、俺とルリアはエレマー砦へと飛んで戻って来た。
戻って来た時、城壁に居た兵士達から歓迎を受け、少し恥ずかしい気持ちになりながらも手を振って応えた。
ルリアは流石公爵令嬢、動じることなく砦の中央へと降り立った。
「「「エルレイ様、ルリアお嬢様!」」」
外でずっと待っていたのか、リリー、ロゼ、リゼの三人が駆け寄って来て、リリーはそのままルリアに抱き付いた。
「リリー、心配かけてしまったわね…」
「いいえ、ご無事で本当に良かったです…」
ルリアはリリーの背中を撫でながら、心配してくれたリリーに優しく接していた。
こうして見ると、本当に仲のいい姉妹にしか見え無いが、公爵令嬢とメイドと言う身分の違いが明らかにある。
一番明確な違いを感じるのは食事時だ。
ルリアの部屋では、ルリアとリリーは一緒の席に座ってお茶を楽しんでいるが、他の者達が居る場所では一緒の席に座る事は決してない。
それは俺の家でも同じ事が言える。
使用人が同じ席に座って食事をする事は無いのだからな。
貴族の家に転生して来て、俺が唯一不満に思っている事だが、俺の立場ではどうしようもない事だと諦めている。
それを示すかのように、リリーが慌ててルリアから離れて頭を下げた。
ルリアも一瞬悲しそうな表情を見せたが、すぐに普段通りの表情に戻り、俺の方へと向き直った。
「エルレイは報告に行くのでしょう。私は先に戻っているわね!」
「うん、ゆっくりしていてくれ」
俺はルリアと別れ、戦闘結果を報告しに行く事にした。
俺の後ろには、リゼが護衛として着いて来てくれている。
黄色の髪飾りを確認したので間違い無いだろう。
二人を見分けるには、まだまだ時間が掛りそうだ…。
螺旋階段を上り、円卓がある会議室へとやって来た。
兵士に扉を開けて貰い、中へと入って行く。
「エルレイ、よくやった!」
「ヴァルト兄さん、無事戻って来ました!」
部屋に入るなり、笑顔を浮かべたヴァルト兄さんが駆け寄って来てくれて頭をわしゃわしゃと強く撫でてくれた。
お陰で髪はぼさぼさになったが、ヴァルト兄さんの笑顔を見ているとどうでもよくなるな。
「ヴァルト兄さん、先に報告を済ませないと皆様待っていますよ」
「そうだったすまない。つい嬉しくてな…」
ヴァルト兄さんは自分の席に戻り、俺も用意された席に着いた。
「作戦会議を始める。
先ずはエルレイ、敵軍を僅か二人で追い返したのは見事であった。
これで王国一の魔法使いだと証明された訳だ!」
「ありがとうございます…」
ガンデルが俺を見ながらニヤリと笑った。
王国一だと言われて正直恥ずかしかったが、ガンデルの言葉を否定する事は出来ないな。
「しかし、喜ぶのはまだ早い!
敵軍の被害は軽微、再び侵攻して来る可能性を否定できない。
密偵の報告によれば、多くの
引き続き気を緩めず警戒に当たってくれ!」
「「「はっ!」」」
「それでエルレイ、敵軍がどの様な行動をして来たのかを説明してくれ」
「はい、分かりました」
俺は敵軍の行動を詳細に報告した。
「なるほど、敵の指揮官は無能では無いらしいな…」
ガンデルは俺の報告を受けて、少し考え込んでいた。
「ふむ、未知の魔法使いからの攻撃を受けて即座に撤退。
その指揮官が、危険な川を渡って攻め込んで来るとは考えにくいが、対策は考えておかねばならぬ。
誰か良い案がある者は意見を言え!」
ガンデルが意見を求めると、皆それぞれの考えを発言して行った。
「川の監視を強化し、渡河して来る所を叩けば一網打尽です!」
「そんな事をしなくとも、砦に籠って攻めて来た敵を上から攻撃すればいいだけの事だ」
「川沿いに壁を作って貰うのはどうでしょう?」
「魔法使いの攻撃で逃げ出す様な腰抜けなど、俺達が正面から戦って余裕で勝てるものだ!」
円卓に座っている人達から様々な意見が出され、ガンデルは腕組みしながらじっと耳を傾けていた。
そして、意見が出そろった所でガンデルは俺に意見を求めて来た。
「エルレイ、何か意見はあるか?」
「そうですね…」
先程の戦いを見る限り、俺とルリアで敵を殲滅する事は可能だろう。
俺が危惧していた転生者はいなそうだったからな。
だけど、全部俺とルリアで敵を倒してしまうのは止めておこうと思う。
それをやってしまうと、敵が居なくなるまで俺は使い潰される事になるからだ。
その事は、勇者時代に学んだ事だからな。
力があると言うだけで、何でもやらされることになってしまう。
まぁ、勇者だったからという事もあるだろうが、今回は勇者でも無いのだから無理する必要は無い。
しかし、ルリアと約束したから、全く手を出さないという事は出来ない。
「砦の前に落とし穴を作って、敵の数を減らすと言うのはどうでしょうか?」
「わははははは」
俺が意見を言うとガンデルは大声で笑いだし、それに釣られて皆からも笑われてしまった…。
落とし穴と言う発想は、子供っぽすぎただろうか?
だけど、攻め込んで来た敵の数を減らすのには有効的だと思うんだがな…。
俺としては採用されなくても問題は無い。
エレマー砦を守るだけなら、城壁の上から魔法を撃てばいいだけだからな。
「いや、すまん。我々に無い発想だったから笑ってしまった。
しかし、よく考えて見ると中々に面白い。
壁を作り敵を追い返したその手腕、今一度見せてはくれないか?」
「分かりました。この後作成に取り掛かります」
「うむ、頼んだぞ!」
作戦会議が終わり、会議室の外で待っていたリゼと合流してから、外へと出た。
「リゼ、少し砦の外で作業をする事になった。昨日から続いていて悪いが着いて来てくれるか?」
「はい、勿論です!」
リゼも昨日の壁作りに付き合って貰っていたため徹夜をしているが、置いて行こうとしても着いて来るだろうからな。
リゼを抱きかかえて砦の外まで飛んで行き、リゼを降ろして穴を掘る場所を探す。
壁を破壊して来る様な事はしないだろうから、アヌーシュ川方面に設置しておけばいいかな?
俺は地面に膝をついて両手を付き、地面の中の土を押しつぶして行く様なイメージしながら、障壁魔法を使って圧縮していく。
表面に変化は無いが、上手く地下に空洞を作れたみたいだ。
この上に大勢の人が乗れば、その重さに耐えかねて崩壊するだろう。
穴に落ちた所で、運が悪くない限り死ぬ事は無いだろう。
隊列を乱し混乱してくれれば、後は味方の軍がどうにかしてくれるはずだ。
軍にも功績を上げる機会を与えなくては、不満を俺にぶつけられるだろうからな…。
「エルレイ様、何を成されているのでしょうか?」
「落とし穴を作っているんだよ」
「落とし穴ですか…」
俺が答えると、リゼは半歩ほど俺から離れた。
「心配しなくても、俺とリゼが乗っても落ちる事は無いよ」
「そうでしたか」
リゼは安心したのか、また俺の傍へと近寄って来た。
「この落とし穴が使われる事は無いと思うけれど、一応用心のためだね」
ガンデルが言ってた通り、素早く撤退して行った指揮官が再び攻め込んで来るとは思えなかった。
撤退をせず、突っ込んで来てくれていれば、こんな事をする必要も無かったんだけどな。
まぁ、魔力にはまだ余裕があるし、さっさと落とし穴を作り終えて砦に戻って眠る事にしよう。
俺が起きていれば、リゼも休む事が出来ないしな。
俺は落とし穴を数個作り上げた後、エレマー砦に戻って疲れた体を癒す事にした…。
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