第三十八話 エレマー砦の攻防 その五

≪アイロス王国軍 トリステン視点≫

「壁に向けて、一斉に魔法を撃ち込めぇ!!」

部下の号令の後、三百人の魔法使いが一斉に呪文を唱え、壁に向かって様々な魔法が撃ち出された!

それと同時に、塔の上からも敵の魔法が撃ち出されてきている!

お互いの魔法が着弾する音が激しく鳴り響く中、こちらの魔法使いに被害が出ているのを確認した。


「魔法使いを下がらせろ!負傷者の救助も忘れるな!」

「はっ!」

壁は魔法が当たった事で発生した黒い煙に覆われていて、状況を確認する事は出来ない。

敵の魔法も一射目以降、飛んできてはいない。

あれだけの魔法を当てたのだ、敵の魔法使いもただではすむまい。

しかし、あの魔法の数は気になるな。

あの塔の上に配置できる魔法使いの数は多くはあるまい。

俺の見間違いという事は無いだろうが、部下に確認しておくか。

「おい、敵の魔法を見たか?」

「はっ、初級魔法のファイヤーアローとストーンバレットだと思われます。

正確な数は分かりかねますが、少なくとも三十以上は飛んで来たのでは無いかと…」

「負傷した魔法使いは障壁を使用していなかったのか?」

「それは分かりかねますが、一般的に敵の反撃に備え最初に使用している物だと思われます」

「つまり負傷した魔法使いは、反撃に備えていなかった間抜けという事になるな。

負傷した魔法使いから話を聞いて来い!」

「はっ!」

単なる間抜けれあれば問題無いが…。

徐々に黒い煙が晴れて行き、壁の状況が見えて来た…。


「なに!?無傷だと!」

軍団長として常に冷静を保つよう心掛けているが、壁の状態を見て驚愕してしまった。

「いえ、一部欠けておりますから、無傷と言う訳では…」

「三百人の魔法使いが一斉に放った魔法を受けて欠けるだけなど、どんなに強固な城壁でもありえない事だぞ!」

「確かに…」

「単なる土を固めただけの壁では無いという事だな…。

追撃が来るぞ!魔法の射程外まで下がらせろ!」

「はっ!」

先程と同じように、塔の上からファイヤーアローとストーンバレットが束になって後退中の魔法使い達に突き刺さって行き、魔法使い達が次々と倒れて行く!

異常だ!

一度目なら間抜けな魔法使いが障壁を張り忘れただけだと思うが、味方が負傷した二度目ともなればそんな間抜けが居るはずもない!

つまり、敵の魔法は障壁を貫通したという事だ。

後退を急がせた事で、三度目の攻撃は無かったのが幸いだな。

「撤退!撤退するぞ!殿しんがりは俺達の部隊だ!傭兵部隊にこれ以上被害が出ぬよう守り切れ!」

「はっ!」

壁を破壊出来ない上に、敵の魔法でこちらに被害が出る一方だ。

エーベルト男爵から嫌味を言われそうだが、無駄な被害を出すよりかはましだ。


敵の追撃は無く、撤退は順調だ。

俺は部下達を集め状況を整理する。

「被害状況を知らせろ!」

「はっ、死者三十五名、負傷者七十名です。負傷者の殆どは治癒魔法で回復しており、戦闘に参加可能です」

「負傷者の数が多いな」

「敵の魔法は一人では留まらず、後方にいた者達にも被害を与えたようです」

「そうか、誰か、敵の魔法使いを見た者はいるか?」

「いいえ、確認出来ませんでした!」

「誰一人として確認出来なかったか…。

敵が使用した魔法は本当に初級魔法だったのか?」

「見た目だけは初級魔法でした。しかし、普通の初級魔法では障壁を貫通する威力はありません。

結論として、あれは初級魔法では無いと言うのが私の見解です」

「俺も同じ意見だ。あの壁も魔法で作り出されたと言う可能性は?」

「それは分かりかねます。地属性魔法ストーンウォールでは作り出す事は不可能ですし、他の魔法にもその様な物はありません」

「ふむ、纏めると、ソートマス王国軍は魔法で破壊出来ない壁を一晩で作る事が出来、障壁を貫通させる魔法使いが居ると言う事だな。

エーベルト男爵の命で来た威力偵察だったが、かなり有意義であったな。

本隊で当たる前にこの情報を得られた事は僥倖ぎょうこうだ」

少ない被害で得られた情報としては破格の物だろう。

ただ、障壁を貫通する魔法から部隊を守る方法は今の所無い。

対策をしない内は、部隊に被害が出る一方だ。

今は砦から離れた位置に壁が作られていたが、砦の前に壁が作られれば突破するのは困難を極めるだろう。

侵攻作戦を練り直す必要があるな。

戻り次第本隊に連絡し、合流次第作戦会議を開く必要があるだろう。


≪エルレイ視点≫

俺が作り出した壁に、次々と魔法が撃ち込まれて来ていた。

俺とルリアが居る塔も例外では無く、魔法が撃ち込まれて来ていた。

「エルレイ、この壁壊れたりしないでしょうね?」

魔法が着弾する振動が俺達の所まで響いて来て、ルリアが壁を手で触りながら心配そうに聞いて来た。

「ルリアの魔法でも壊れないように頑丈に作ったから大丈夫だよ」

「そう、後で試してもいいわよね?」

「いや、それはちょっと駄目かな」

「どうして?私に壊されるのが嫌なの?」

「そうじゃないけど、何処に敵の目が光っているか分からないからね。

戦争が終わった後にまた作るから、その時に試して見てくれ」

「分かったわ、約束よ!」

「うん」

負けず嫌いなルリアの事だから、俺が作り出した壁が壊れるまで魔法を撃ち続けそうだな…。

今回作った壁なら、ルリアの魔法一発は防げると思うが二発目は怪しい。

何しろ時間が無かったからな。

それと、堀の部分を攻撃されると、地面に埋め込んでいる壁が露出して倒れる可能性がある。

ルリアの魔法でその弱点を突かれると一発で壊れる事になるが、そこは黙っておく事にしよう。

反撃で撃ち込んだ魔法がどうなったのかは分からない。

敵の魔法で、こちらの視界が悪くなっているからな。

敵が魔法を連続で撃ち込まれて来れば、悪い視界のまま反撃しなければならなかったが、そうならなくて済んで助かった。

まぁその時は、ルリアが煙を風で吹き飛ばしたかもしれないが、攻撃が途絶えているから、ルリアもそこまでしなくては良いと判断しているみたいだ。


「エルレイ、逃げているわよ!」

視界が晴れて来ると、魔法を撃ち込んで来た敵が後退しているのが見えた。

負傷し、倒れている者も見えるから俺達の攻撃が当たったのだと言う事が分かった。

死んでいる者もいるだろうが、今はその事を気にしている場合ではない!

ルリアを、家族を、ソートマス王国を守ると決めたのだからな!

「もう一度追撃をかけよう!」

「分かったわ!」

俺とルリアで、逃げ出している敵に追い打ちをかけた。

その事で、一気に敵が敗走を始めた。

「逃げられたわね」

「壁を壊せず、一方的に攻撃されれば逃げるしか無いだろう」

「それもそうね」

「はぁ、疲れたよ…」

俺は塔の壁に背を付けて座り込んだ。

「なによ、だらしないわね!」

ルリアは俺に文句を言いつつも、隣に座って来た。

「まぁ、あまり寝て無いからね。このままここで眠りたいくらいだ…」

「そうだったわね。ごめんなさい…」

「ううん、いいんだ。でも、まだ寝る訳にはいかないからな。

もう少し様子を見てから、帰る事にしよう」

「分かったわ。私が見ているからエルレイは座ってなさい!」

「うん、甘えさせて貰うよ」

ルリアは勢いよく立ち上がり、俺の代わりに敵の監視をしてくれた。

ここで俺が立ち上がると、ルリアの気遣いを無駄にする事になるからな。

目を瞑ると眠ってしまいそうだから、目を開けたまま体だけ休める事にした…。

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