第三十七話 エレマー砦の攻防 その四

「エルレイ、敵が来たら遠慮なく魔法を撃っても良いのよね?」

俺が覚悟を決めたことで機嫌がよくなったルリアは、にっこりと笑顔を浮かべながらとんでもない事を言って来た…。

ルリアが遠慮なく魔法を撃てば、ルリアの視界に入った全ての敵兵は一瞬にして燃え尽きてしまう事だろう。

ルリアにそんな悲惨な事をさせたくは無いし、する意味も無い。

ソートマス王国を守ると言うのであれば効果的だろうが、こちらの情報を敵にわざわざ教える必要も無い。

それに、こちらの勝利条件は二日間エレマー砦を守り切る事であって、敵の殲滅では無いからな。

俺は出来る限りルリアを怒らせないように注意しながら説得を試みた。


「ルリア、使うのは初級魔法だけにしようと思う」

「何故?理由を教えなさいよ!」

ルリアは怒ってはいないが、初級魔法に限定された事を不満に思っている様子だ。

「理由は、こちらの手の内を見せたくないからだ。

戦争は、この砦を守って終わりと言う事にはならないと思う。

また僕達が戦争に参加させられるかは不明だけれど、切り札は取っておきたいと思ったからだ」

「高威力の魔法を見せつけてやれば、アイロス王国が再び攻め込んでくるような事にはならないんじゃない?」

「うっ、そうかもしれないけれど…」

ルリアに反論されて続く言葉を失ってしまった…。

ルリアの言う通り、敵が絶望的だと思えば攻め込んでくる事は無いだろう。

俺とルリアが全力で魔法を使えば、敵を全滅させる事だって可能だと思う。

でも、もしそれを防げるほどの魔法使いが居たとしたら?

いや、居ると考えて行動した方が良いだろう。

俺の魔法は特別でも何でもない。

その事は、ルリアが証明している。

転生者でなくとも無詠唱は使えるのだから、ルリアのような強い魔法使いが居ても不思議ではない。

「いや、やはりやめておこう。相手にどんな強者が居るか分からない状況だからね」

「そう、分かったわ!でも、強化は使っていいのよね?」

「うん、敵の障壁を貫通出来ないと意味が無いからね」

「それならいいわ!」

ルリアの不満が爆発するかと思ったが、納得してもらって安堵した。

もし、ルリアのような強い魔法使いが居たとしたのならば、その時は俺が何とか対処して見ようと思う。

ルリアに危険な相手と戦わせたくは無いからな。

ルリアとの打ち合わせも終わり、後は敵が来るのを待つばかりだ。


それからしばらくして、土煙と共に敵軍が姿を見せた。

「来たわね!」

「ルリア、まずは敵の出方を見よう」

「分かったわ!」

俺とルリアは壁の穴から敵の様子を窺い、敵の出方を見る事にした。

この壁を見て撤退してくれるのが一番いい事なのだが、そう簡単には行かないだろう。

どんな事態になろうとも守り抜くと決めたからには、全力を尽くそうと思う。


≪アイロス王国軍 トリステン視点≫

エレマー砦に向けての進軍は至って順調に進んでいた。

しかし、エレマー砦を視界にとらえた所で見知らぬ壁に進軍を遮られた。

「全軍停止!」

俺は軍を停止させ様子を窺う…。

「あれは何だ?」

「壁であります!」

「それは見れば分かる。エレマー砦の前に壁があると言う情報は無かったと記憶しているが?」

「はっ、昨日偵察に行った者からもその様な報告を受けておりません!」

「そうか、ならば一晩であの立派な壁を作り上げたという事になるな?」

「そう思います…」

やはり罠か!?

「森の方に伏兵がいないか偵察部隊を送れ!出来ればあの壁の裏側の状況も知りたいが無理をさせるな!

それと同時に防御陣形を取れ!」

「はっ!」

森の中に大部隊が潜伏出来るとは思えないが、可能性は否定できない。

それにあの壁には門が無く、壁の裏から敵兵が出て来る可能性は低いだろう。

壁の中心に塔の様な物も見えるが、あの大きさでは十人位しか配置出来ない上に、壁の端まで守る事は不可能だ。

「おい、あの壁を一晩で作り上げるとしたら、何人の工兵が必要だ?」

「そうですね…二千人も居れば作れるかと思います。

ただし、エレマー砦から離れすぎていて、弓も魔法も届かない場所に壁を作る意味が分かりかねます」

「そうだな。足止めくらいにしかならない。

となると、単なる時間稼ぎの為に作ったと言うのか?」

「本隊が食中毒を起こし後退したのは、敵にも予想外の出来事だったという事なのでしょうか?

それで慌てて、壁を作ったのかも知れません」

「今お前は、二千人の工兵が必要だと言ったよな。

つまり、砦には最低でも二千人の兵士が居ると言う事だ。

千人と言う前提条件が崩れたぞ?」

「そ、それは…」

「まぁいい、そろそろ森に偵察に向かった部隊が戻って来るだろう。

それまで警戒を怠るな!」

「はっ!」

敵の目的が分からない内は、手出しする事は出来ないな。

しかし、あの壁をどうにかしない事には、こちらの本隊が到着した所で、また足止めを食らってしまう。

今日中に破壊したい所だが、一晩で作り上げられる壁を破壊する事に意味があるのか疑問が残るな。


「報告します!森の中に伏兵はおりませんでした。

それと壁を見てまいりましたが、壁の材料は土を乾燥させて固めた物に近いかと思います。

壁の前には、一メートルほどの堀が掘られておりました」

「そうか、壁の裏側は見えたのか?」

「はい、壁の裏は無人でした」

「森にも壁の裏にも敵兵の影は無しか…。

よし!傭兵部隊にも魔法使いはいたよな?」

「はっ、傭兵部隊の魔法使いの数は三百人であります」

「では、三百人の魔法使いに壁を破壊させよ!」

「はっ、お言葉ですが、全員を使いますと砦の攻略に支障をきたすかと?」

「構わん、土を固めただけの壁を壊すのに、魔力を使い果たすと言うのか?」

「はっ!承知しました!」

何が待ち構えているか分からない状況だ。

高火力をぶつけて時間をかけずに攻略しなければ、こちらに不要な被害をもたらす可能性が高くなる。

しかし、何故か嫌な予感がする。

壁の前に陣形を整えたと言うのに、敵からの攻撃は一切ない。

上空を見上げても、魔法使いの姿は無い。

ただ単に、時間を稼ぐためだけに、あれだけの物を作り上げるだろうか?

俺だと必ず罠を仕掛けるが、その罠がどんなものなのかが分からない。


「攻撃の準備が整いました!」

「よし、始めろ!状況によっては即座に部隊を突入させる!気を抜くな!」

「はっ!」

今までにない状況に不安を覚えるが、攻撃を仕掛ければ何らかの反応を見せるだろう。

いつも通り臨機応変に対応していくしかあるまい。

俺は馬の手綱をしっかりと握り、魔法使いによる攻撃を見届ける事にした。


≪エルレイ視点≫

「エルレイ、ものすごい数の魔法使いよ!」

「そうだな。でも安心したよ」

「安心って何がよ?」

「投石機とかの攻城兵器が無かったからな」

「投石器?そんな時代遅れの物なんて今時使われていないわよ!」

「時代遅れなんだ…」

魔法があるこの世界では、投石機なんて使われていないのだな。

運んで来るのも大変だし、魔法の方が投石器なんかより遥かに威力が高い。

しかし、どんなに威力の高い魔法であろうと、魔法で防げるのだから対処がしやすい。

しかし、巨大な石が空から降って来た衝撃を防ぐのはとても大変だ。

障壁で防いだとしても、巨大な石が無くなる訳では無く、壁に落ちるだけで壊されてしまう。

壁の手前に落としたとしても、堀が埋まり敵が侵入して来やすくなるからな。

「そうよ!そんなもの使わなくても魔法でバーンよ!」

「そうだね…」

ルリアなら魔法を一発バーンと撃ち込めば破壊出来るだろう。

しかし、ルリアがバーンなんて子供っぽい表現を使うとは思わなかった。

思わず笑いそうになったが、敵が攻撃しようとしている今は笑っている余裕は無い。


「詠唱を始めたわ!」

「うん、僕達も攻撃を開始しよう!」

「分かったわ!」

俺とルリアは集中し、頭上に魔法を作り出していく。

ルリアは火の矢を、俺は尖った石をニ十個ずつ作り出し、敵の魔法使い目がけて撃ち出して行った!

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