第三十六話 エレマー砦の攻防 その三
≪アイロス王国軍 トリステン視点≫
エーベルト男爵領にあるシュロウニ砦に、先遣部隊として到着していたアイロス王国軍第二軍団長トリステンは、砦内の一室にて部下より報告を受けていた。
「トリステン軍団長、密偵よりエレマー砦に進軍中のソートマス王国軍九千が、食中毒を起こし引き返したとの連絡が入りました。
エレマー砦には、ソートマス王国軍の先遣部隊千人と国境警備隊の百名しかおりません」
「そうか…」
トリステンは腕を組み考える…。
こちらの本隊が到着するのは三日後の予定だ。
本隊と合流してからでも遅くは無いが…この機会を逃すのもな…。
しかし、敵の罠の可能性も捨てきれない。
別部隊がエレマー砦に向かって来ているかも知れないが、その場合は撤退すればいいだけか?
俺が率いている二千の部隊だけで、千人が守る砦を落とす事は可能だが、被害が大きくなるのは明白だ。
かと言って、エーベルト男爵がなけなしの金で集めた傭兵部隊はまとまりが無く、一緒に戦えば俺の部隊の負担は大きくなるだろう。
傭兵部隊を前面に出して使い潰せば俺の部隊は守られるが、傭兵部隊と言えども人の子だ。
無駄に殺すのは
それならば本隊を待ったうえで攻め込めば、敵は砦を捨てて逃げ出す事だろう。
無駄な血を流す必要は無いな…。
俺の中で攻めない事が決まったが、一応部下の意見も聞いておこう。
「お前達はどう思う?遠慮なく意見を言ってくれ」
「絶対罠だと思うっすよ」
「俺達だけで砦を落としたら、置いてきた奴らに恨まれます。合流してからでも遅くないかと思います」
「様子だけ見に行くのもありだと思います。罠で無ければそのまま落とせばいいのですから!」
「武功を上げるチャンスです!攻め込みましょう!」
部下の意見は半々と言った所か。
威力偵察して見るのも悪くは無いが、傭兵部隊が先走りする可能性が高い…。
やはり、今は待つのが一番だと思える。
「よし、お前達…」
バンッ!
俺が命令を言い渡そうとした所で、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
誰だ、許可なく入室してくる失礼な奴は…。
俺の部下達にそんな事をしてくる奴はいないし、傭兵部隊の奴らも扉の前に居る部下達に止められるだろう。
「トリステンはおるか!」
部下達の制止を無視して扉を開けられる者は一人しか居ないか…。
俺はため息つきたいのを我慢しつつ、太った体を揺らしながら入室してきたエーベルト男爵を笑顔で迎え入れた。
「はっ、何事でありますか?」
「何事ではあるまい!ソートマス王国軍が撤退して行ったとの連絡が入ったぞ!」
エーベルト男爵は、やや興奮気味に話しかけて来た。
「はっ、ただいまその情報を基に作戦を立案していたところであります。
作戦が決まり次第、エーベルト男爵様にはお伝えいたしますので、今しばらくお待ちください」
「ふんっ、その作戦とやらはいつ出来上がるのか?」
「今日中にはお伝え出来るかと思います」
バンッ!
エーベルト男爵はテーブルを勢い良く叩き、顔を真っ赤にさせて怒号を浴びせてきた。
「遅い!敵の砦には千人しかいないのだぞ!攻め込むには絶好の機会では無いか!
すぐにでも侵攻を開始せよ!これは命令だ!」
「はっ、承知しました!」
「ふん、最初からそう言えばいいのだ!」
エーベルト男爵は俺を睨みつけながら、満足そうに部屋から出て行った。
「トリステン軍団長、よろしいのですか?」
エーベルト男爵が退出して行ってから十分な時間をおいた後、部下達が心配そうな表情をしながら尋ねて来た。
「はぁ、そうだな。正直やる気は出ないが、この場においてエーベルト男爵は俺より上だ。
上からの命令に逆らう訳にはいくまい?
本隊が到着するまでの攻める気は無かったが、威力偵察のつもりで軽く行く事にする。
一時間後、エレマー砦に侵攻を開始する!」
「「「はっ!」」」
部下達は素早く部屋を出て行った。
「さて、やる気は無いが、やるからには結果を残さないとな!」
俺は気を引き締めなおし、出撃の準備を整える事にした。
≪エルレイ視点≫
「ルリア、あの塔の上に降りてくれ」
「分かったわ!」
ルリアと共に、俺が作り出した塔の上に降り立った。
「視界が悪いわよ!」
塔の上には俺達の身を守るための高い壁があり、そのままでは周囲が見えないのでルリアが文句を言って来た。
「隙間があるから、そこから覗いて魔法は頭上から撃ち出すようにしてくれ」
「見えにくいけど、何とかするしか無いみたいね…」
壁には等間隔に覗き穴を作っていて、上に飛び出さなくても見えるようにはしている。
ルリアは覗き穴に顔を近づけて見ながら、試しにと頭上に火の玉を作り出していた。
「うん、それでルリア、攻撃は任せても大丈夫かな?」
「問題無いわ!何千人来ても吹き飛ばしてやるわよ!」
ルリアは振り向き、笑顔で自信満々の表情を見せていた。
しかし、ルリアはこれが戦争で人の命を奪う事を理解しているのだろうか?
これから起こる事は遊びや訓練では無く、ルリアが撃ち出した魔法で多くの人が死ぬと言う事を…。
俺は真剣な表情を作って、真面目にルリアに問いただす事にした。
「ルリア、本当に任せてもいいんだな?」
「そう言ってるじゃない!」
ルリアの表情から徐々に笑顔が消えて行った。
「魔法の目標は単なる標的では無く、人なのだぞ?」
「それくらい知っているわ!馬鹿にしているの!?」
「いや、馬鹿にはしていないけれど、理解しているのか確認を…」
「はぁ…」
ルリアはそこで大きなため息を吐き、凄い勢いで俺を睨みつけて来た!
「エルレイ!私と貴方は貴族なのよ!私達は王国民を守る義務があるの!
以前から思っていたのだけれど、エルレイには貴族としての覚悟が足りないわ!」
「いや…覚悟と言われても男爵家三男だし…」
ルリアを諭すつもりが、逆に俺が諭される事になってしまった…。
貴族と言われても、俺は男爵家三男で貴族になんかなれるはずもない。
家を出るまでは貴族には違いないのだけれど、王国民を守ると言う気も無かった。
ただ俺は、家族を守りたいと思って今回の戦争に参加しただけだしな…。
その気持ちが顔に出たのか、ルリアの表情が怒りに満ちた物になっていた…。
ガツンッ!
今までで一番威力の高いルリアの拳が俺の頬に当たり、俺は塔の壁まで吹き飛ばされた。
頬と、壁に打ち付けた後頭部がめちゃくちゃ痛い…。
しかし、殴りつけたルリアの拳も相当痛いはずだ…。
「戦いたくないのなら…ソートマス王国を守る気が無いのなら…家に帰りなさい!」
ルリアは目に涙を浮かべながら唇をギュッと結んで、左手をブンと砦の方に振って俺に帰れと言って来た…。
ルリアは拳が痛くて泣いている訳では無い。
俺の事が情けなくて泣いているのだろう…。
俺自身も、ルリアから殴られた事で目が覚めた…。
ルリアに人を殺す覚悟があるのかと尋ねる前に、俺自身の覚悟が足りて無い事が分かったからな…。
情けないな、本当に情けない…。
中田 真一として、勇者として、エルレイとして人生を歩んできたつもりだったのに、僅か十年しか生きていないルリアから諭されるとはな…。
少し魔法が使えるからと言って、俺は粋がっていた様だ…。
この戦争は遊びでは無いし、ソートマス王国に住む人達を守らなければならない!
俺は立ち上がり、ルリアの前まで言って膝をつき頭を下げた。
「ルリア、すまない。そして、ありがとう。
お陰で目が覚めたよ。
ルリアが許してくれるのであれば、俺にも守らせてくれ!」
「ふんっ!ここはエルレイが作った砦よ!好きにすればいいわ!」
「うん、好きにするから、ルリアも手伝ってくれ」
「…分かったわよ!」
俺はルリアの手を握り、痛めた拳を癒してあげた。
「自分の頬も治療しなさいよ!」
「いや、これは僕の戒めとして…」
「戦いの最中、痛みで集中出来なかったらどうするのよ!」
「そう…だね、治しておくよ」
ルリアの言う通り、集中出来なくてルリアを守れなかったら絶対後悔する事になる。
反省したばかりなのに、俺は本当にどうしようもないな…。
俺は頬の治療をしながら、ルリアを、家族を、ソートマス王国を守り抜くと心に誓った。
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