第三十五話 エレマー砦の攻防 その二
「リゼ、完成だ!」
「エルレイ様、おめでとうございます!」
空が白み始めた頃、何とかナルトス山からアヌーシュ川までを塞ぐような形で壁が完成した。
見た目は土色で丈夫そうには見え無いが、ルリアの魔法でもそう簡単には壊せないと思っている。
この世界に、どの様な攻城兵器があるのか知らないが、火薬を使用した大砲などがあるとは思えない。
そんな攻城兵器があるのであれば、エレマー砦に籠っていても守り切れないとガンデルが判断しただろうからな。
それと、壁の中心の内側に高さ五メートルの塔も作り上げた。
この塔は、俺とルリアが上に乗って魔法を撃つためのお立ち台で、登る場所は作っていない。
万が一敵が近づいて来たとしても、飛行魔法以外では上に登る事は出来ないだろう。
まぁ、敵が近づいて来る前に、エレマー砦に逃げるつもりだけどな。
しかし、今は完成した喜びを感じるより、一刻も早く寝たいと体が訴えて来ている…。
やはり、十歳の体で徹夜は厳しかったみたいだ。
「リゼ、すまないが僕はもうここで眠る事にするよ…」
「エルレイ様いけません!私が砦まで運びますので、背中に乗って下さい」
「そうか…リゼ…後は頼んだ…」
俺は倒れ込むように、しゃがんでくれたリゼの背中にもたれかかり、そこで意識を失ってしまった…。
カンカンカンカン!
うるさく鳴り響く鐘の音で目を覚ました…。
まだぼーっとしながら辺りを見回すと、ルリア達の姿を確認した。
「ルリア、この音は?」
「敵襲よ!エルレイ!しっかりと目を覚ましなさい!」
「分かった!」
パンパンと両手で頬を叩き、強制的に思考を覚醒させた。
何時間寝たのか分からないが、まだ寝不足気味で頭は重い…。
しかし、敵が攻めて来たと言うのであれば、ぼーっとしてはいられない!
「エルレイ様、着替えをお手伝致します」
安物のベッドから抜け出ると、ロゼが近づいて来て俺の服を脱がせ始めた。
ルリアの前で裸になるのは少し恥ずかしかったが、そうも言ってられない。
と言うより、俺が寝ている間に寝間着に着替えさせていたのだな。
リゼには後でお礼を言っておかなくてはならないな。
ササっと着替えて、出掛ける準備が整った。
丁度その時、部屋の外から兵士の声が聞こえて来た。
「エルレイ様、ガンデル軍団長がお呼びです!」
「分かった、すぐ行く!ルリア行こう!」
「分かったわ!」
俺はルリアの手を握り、部屋の外に出て行った。
部屋の外には兵士が待機していて、俺達をガンデルの所まで案内してくれた。
「エルレイ様をお連れしました」
「入って貰え」
「はっ!」
昨日の円卓の会議室の中には、ガンデル、ヴァルト兄さん、マテウスの他にも多くの兵士達が席に着いていて、俺とルリアは空いている席に座った。
「全員そろったな。作戦会議を始める!」
ガンデルの声が会議室に響くと皆真剣な表情となり、張り詰めた空気の中ガンデルの次の言葉を待っていた。
俺もその空気に飲まれ、寝不足で重い頭もしっかりとして来た。
「アイロス王国軍がシュロウニ砦を出発したとの知らせが届いた。
敵軍の数は七千人!
一方こちらは千百人で、圧倒的不利な状況だ!
しかし、既に見た者もいると思うが、そこに居る魔法使いエルレイが堅牢な壁を作ってくれた!
敵軍がその壁を見てどの様な対応をするのか非常に興味深い!
普通以上の指揮官であれば、撤退を選ぶ事だろう!
逆に無能な指揮官であるならば、何も考えず壁を破壊しにくるか、動きずらい森の中を通過しようとするだろう。
前者であれば、こちらとしては本隊が到着するまでの時間を稼げる。
後者であるならば、敵軍の数を減らす好機である!
我が軍の力を見せつけてやろうぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
「何か意見のある者はおるか?」
ガンデルが全員を見渡すが、意見を言う者はいなかった。
皆がガンデルの事を信頼しているからだろう。
この空気の中で意見を言うのには抵抗があったが、隣に座っているルリアが鋭い視線を投げかけて来ている。
ここでルリアに活躍の場を与えなければ、俺がルリアに殺されかねない…。
俺はおずおずと手を上げ、意見を言う事にした。
「よろしいでしょうか?」
「エルレイ、言って見ろ」
「はい、僕が作った壁を守るのは、僕とルリアで行います。
僕達の魔法に巻き込む恐れがありますので、軍の皆さんはエレマー砦内にて待機していてください」
「なっ!ふざけているのか!?」
「敵軍は七千も居るのだぞ!」
「餓鬼が死にたいのか!」
俺が意見を言うと、周囲の兵士達から怒号を浴びせられた…。
俺は兵士達の気持ちが良く分かるので、怒号に対して特に思う事は無い。
戦争の事を何も知らない子供から、二人で七千の軍を抑えると言われれば怒るのも当然だ。
しかし、隣に居るルリアが今にも爆発しそうだ…。
ここは戦場で、いくらルリアが公爵令嬢と言えども、女の子から何か言われれば、兵士達の怒りの火にさらに油を注ぐ事になる。
俺は何とかルリアを宥めようとした所で、ガンデルが兵士達を静めてくれた。
「静まれぇ!!」
ガンデルの一声で静寂が戻り、兵士達を宥めるかのような優しい声で話し始めた。
「お前達の気持ちは良く分かる。
ハビエル魔法隊長、お前の隊の中、いや、ソートマス王国軍および宮廷魔導士の中で、一晩であれと同じ壁を作れる者が居るか?」
「いいえ、おりません!」
「エルレイは、王国一の魔法使いだと言う事だな?」
「その質問にはお答えできかねます。
ですが、壁を作ると言う事だけならば王国一だと言わざるをえません!」
「そうか、魔法使いエルレイが王国一の壁作りだと言うのであれば、他の魔法でも王国一の可能性がある。
俺はその可能性にかけ、魔法使いエルレイに任せたいと思う。
異議がある奴はいるか?」
ガンデルが兵士達を見渡すが、異議を申し立てる者はいなかった。
「魔法使いエルレイに命ずる。壁作りだけでは無い所をこの者達に見せつけてやれ!」
「はい、全力を尽くします!」
「敵は待ってくれぬ。即座に配置に付け!」
「「「「「はっ!」」」」」
兵士達が一斉に会議室を出て行った。
俺もルリアと共に会議室を出て行く。
その際、ヴァルト兄さんから「無理するな」と優しい言葉をかけて貰った。
無理をするつもりは無いし、危なくなったらすぐに逃げるつもりだ。
こんな所で命を落としたくは無いからな。
外に出た所で、皆と話す事にした。
「壁の防衛には、ルリアと二人で行く。
リリー、ロゼ、リゼは部屋に戻って僕達の帰りを待っていてくれ」
「「エルレイ様、それは承服しかねます!」」
ロゼとリゼが、声を合わせて反対してきた。
そう言うだろうと予想はしていたが、今回俺にロゼとリゼを守る余裕が無いからな。
絶対に連れて行く事は出来ない!
「ルリアと二人だけで行くのには理由がある。
壁の周囲は平原で遮るものが一切ない。
危険だと判断したら飛行魔法を使用して、すぐにでも逃げ出すつもりだ。
だから、ロゼとリゼを連れて行く事は出来ない!
理解してくれ!」
「「ですが…」」
二人はまだ納得してくれない様子だが、説得する時間はもうない。
無理やり空に飛びだして二人を置いて行けば、絶対砦から出て俺達の所に来そうな予感がする。
だから、何とか納得して貰えるような言葉を探すが、何を言っても納得して貰えそうに無いな…。
「ロゼ、リゼ、リリーを守っていなさい!」
「「…承知しました」」
俺が悩んでいると、ルリアの一言で二人は納得してくれた。
こんな事なら、最初からルリアに頼むべきだったな。
しかし、ロゼとリゼは俺のメイドと言う事になっているのに、ルリアの命令を聞くと言うのには俺が納得できなかった。
でも、ルリアだからなぁと、納得するしかなさそうだ…。
「エルレイ、ぼーっとして無いで行くわよ!」
「う、うん、行こう!」
俺はルリアと共に飛び立ち、壁の内側にある塔の上へと移動していく事になった…。
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