第三十四話 エレマー砦の攻防 その一

「この地図の通り、エレマー砦の正面、北側は平原、西側はナルトス山、東側はアヌーシュ川と言う大きな川となっておる。

ナルトス山側からは大群で攻めて来る事は不可能。もし攻めて来た場合でも火を放てば簡単に対処出来る。

アヌーシュ川を渡河、もしくは船などで渡って来た場合は、敵が渡り切ってしまう前に攻撃を仕掛ければ全軍がそろう前に撃退出来ると考える。

したがって、敵は正面の平原から仕掛けてくると予想する。

こちらの軍の到着が遅れている情報は、敵にも伝わっている事だろう。

明日には攻めて来るものとして、防衛の準備を急がせているが厳しい状況だ。

しかし、二日間この砦を守り切る事が出来れば、援軍が到着してくれるだろう」

ガンデルはそこで一度説明を終え、地図から目を離し俺の方を見て来た。

「エルレイ、君はラノフェリア公爵様からこのエレマー砦を守るよう命じられて来たのだったな?」

「はい、その通りです」

「では聞こう。どの様な手段を用いれば二日間死守する事が出来ると考える?」

「そうですね…まだ時間があるみたいですので、この平原に壁を作って侵攻出来ないようにすれば一日くらいは時間が稼げると思います」

「そんな事が可能なのか?」

「はい、多分出来ると思います」

俺が提案すると、ガンデルは目を細めて軽く鼻で笑った。

「ふんっ面白い、やって見るといい!出来なかったとしてもこちらのやる事に変わりは無いからな」

「はい、ではこれから作りに行きたいと思いますので、失礼します」

「うむ」

「エルレイ、頼んだぞ!」

ヴァルト兄さんに見送られて、会議室を後にした。


「エルレイ、大丈夫なの?」

会議室を出るなり、ルリアが心配して声を掛けて来てくれた。

「まぁ、何とかなると思うけれど、今夜は徹夜かな?」

エレマー砦に来た時間が夕方近かったから、夜通しで作業をすれば何とか明日の朝までには作り上げる事が出来ると思う。

問題は、十歳のこの体が徹夜に耐えられるかだよな…。

気合で何とかするしかない!

「そう、私も手伝えればいいのだけれど…」

ルリアは俯いて、俺の手伝いが出来ない事を残念そうにしていた。

ルリアが使える属性は火と風だから、この様な作業には向いていない。

しかし、敵が攻めて来た際にはルリアに活躍して貰うつもりだ。

「いや、ルリアはこの砦に残ってゆっくりしていてくれ。明日敵が攻め込んで来た時には、ルリアの魔法に頼るからさ」

「そうね、分かったわ!」

俺がそう言うと、ルリアは嬉しそうな笑顔を浮かべいた。

これで明日敵が攻め込んで来なかったら、怒って文句を言われそうな気もするな…。

その時は何とかルリアをなだめる他無いが、攻めて来ない方が良いに越した事は無い。

敵が攻めて来ない様に、頑張って壁を作るしか無いな。

「リリー、ロゼ、リゼは部屋を借りて、ルリアを休ませてやってくれ」

「「「承知しました」」」

「ですが、私はエルレイ様の護衛としてお供いたします」

「いいや、一人で大丈夫…」

「エルレイ、リゼを連れて行きなさい!」

「はい…」

これから夜になり、体も冷えるだろうから一人で行くつもりだったが、リゼが着いて来ると言って来たので断ろうとしたのだけれど、ルリアから連れて行くよう命じられた。

一人で行って余計な心配をかけるよりかはましか…。

「リゼ、徹夜になるから大変だと思うけれど、お願いするよ」

「はい、畏まりました」

俺はリゼと共に螺旋階段を降りて行き、建物の外に出た。

空を見上げると赤く染まっていて、もうすぐ夜になるのが分かった。

俺はリゼを抱きかかえて飛び立ち、エレマー砦から二百メートルほど離れた北の平原の山側へと降り立った。


「この辺りで良いだろう。危険は無いと思うけれど、誰か近づいてきたら知らせてくれ」

「はい、承知しました」

リゼを降ろし、壁を作る作業を開始した。

その前に、こぶし大の火の玉を頭上に浮かせて灯り代わりにした。

若干、人魂ひとだまに見えなくも無いが、この世界で幽霊の存在を信じている人も居なそうだし大丈夫だろう…。

砦の方向を向いて、地面に穴を掘って行く。

この穴は堀代わりで、壁に接近しにくくさせるための物だ。

掘り出した土を圧縮して固めていき、壁を作って行く。

地属性魔法のストーンウォールならもっと簡単に出来るのだけれど、魔法に使った魔力が尽きれば消えてしまうから不採用だ。

穴を掘る魔法は初級だから魔力の消費は少ない。

土を圧縮する際に少し多めに魔力を消費する程度だ。

アヌーシュ川までは、目測で五、六百メートル位だな。

壁の高さを三メートル、地下に一メートルほど埋めて、厚さは五十センチほどで良いだろう。

二日持てばいいのだし、終わった後壊す事を考えたら厚くする必要も無いだろう。

倒壊しないように、五メートル間隔で壁の後ろに支えを付けて置くのも忘れないようにしないとな。

一時間ほど地味な作業を続け、三十メートルほどの壁が完成した。

このペースで行くと、朝まで間に合わない計算だな…。

慣れて来たし、少しペースアップをしようと思う。


その時、砦の方角から人魂が近づいて来るのが見え、恐怖を覚えた…。

まさか、俺の火の玉に呼び寄せられて幽霊が来た訳では無いよな…。

よーく目を凝らして見ると、俺と同じ様に頭上に火の玉を浮かべたルリアが歩いて来ている所だった…。

ルリアが飛んで来ないとは珍しい。

お陰で少し怖い思いをしたじゃないか…。

ホラー系の映画とか観るのは怖く無いが、実際に見るのでは感じる恐怖に違いがある。

ルリアの後ろには、リリーとロゼが着いて来ていたので飛んで来なかったのだと理解した。

「エルレイ、調子はどうかしら?」

「やっと慣れて来た所だね」

「そう…少し休憩にしなさい、夕食を持って来て上げたわ!」

「あぁ、ありがとう。じゃぁちょっとテーブルを用意するから待ってくれ」

食事を持って来てくれたとは、とても嬉しい気づかいだな。

大方、リリーが気を利かせてくれたのだろうけれど、ルリアの顔を立てておかないといけないよな。

今度はストーンウォールを使って、四角いテーブルと横長の椅子を作り出した。

「不格好だけれど我慢してくれ…」

「地面に座るよりかはましね」

ルリアの隣に座ると、リリーとロゼがテーブルに食事を並べてくれた。

リリー、ロゼ、リゼの三人も着席し、外での食事が始まった。

「温かくて美味しい」

「悪くは無いわ!」

用意された食事は、パンと野菜のスープにお肉を焼いただけの簡単な料理だったけれど、野外で皆で食べる食事はとても美味しく感じられた。

ラノフェリア公爵家で頂いた食事の方が確かに美味しかったけれど、俺としては皆と楽しく食事する方が美味しく感じられるし、気を使わなくて良いからな…。

しかし、ゆっくり味わって食べたかったけれど、残念だが時間が無い…。

慌てて食事を終わらせ、壁作りの作業へと戻る事にした。


「エルレイ、頑張りなさい!」

「うん、ルリアはしっかり休んでおいてくれ」

「そうさせて貰うわ!」

ルリア、リリー、ロゼの三人は、食事を終えた後暫く俺の壁作りを見学してから砦へと戻って行った。

「リゼ、少し寒くなって来たから、上着を着ていてくれ」

「エルレイ様、ありがとうございます」

収納魔法から二着上着を取り出しリゼに手渡し、俺も上着を羽織った。

頭上の火の玉の火力を上げて暖を取ってもも良かったのだが、下手すると髪の毛が燃えて禿げ上がってしまうからな…。

この歳で、禿げ頭にはなりたくはない。

ルリア達が帰った事で、俺の作業ペースは上がり、順調に壁を作って行った…。

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