第三十三話 エレマー砦

空間転移した場所は、エレマー砦より四百メートルほど離れている場所にある大きな樹の傍だ。

飛行魔法の訓練中に一度だけ訪れていたことが幸いした。

「砦まで結構離れてるじゃない!」

「近くに空間転移して見られると不味いし、いきなり現れた僕らに驚かれるだろ?」

「それもそうね…さっさと行くわよ!」

ルリアは歩くのが嫌だったからか、いきなり文句を言ってきたが、怒る事なく砦に向けて歩き始めた。

俺もルリアに置いて行かれないように着いて行く。

俺としても出来れば歩きたくは無かったのだけれど、飛行訓練をしている時も砦にそのまま近づく訳には行かなかったからな。

上空から砦に近づけば攻撃されるのは間違いないから、離れた場所に降りて見るくらいしか出来なかったんだよな。

名前を告げれば砦内にも入れただろうけれど、あの時は用事も時間も無かったからな。

五分ほど歩いて砦の入り口へと到着した。


砦の門を守っている兵士達は、子供が何をしに来たのか?と言うような視線を向けてきていた。

「エルレイ・フォン・アリクレットです。ラノフェリア公爵様よりエレマー砦の防衛を命じられて参りました」

「はっ!ただいま開門いたします!」

ラノフェリア公爵の名前は偉大だ…兵士達は姿勢を正し、即座に重い大きな門を開けるよう他の兵士に命令していた。

ギギギと言う音と共に、大きな門が開け放たれた。

大きな門の横にある小さな通用門で良かったのだけれど、せっかく開けて貰ったのだからそこを通らせてもらった。

「国境守備隊長の所にご案内いたします!」

兵士に続いて、砦の中を歩いて行く。

砦の中では、多くは無いが兵士達が訓練をしていたり、何かの作業をしていたりした。

王国軍はまだ来ていなかったりするのだろうか?

兵士達は俺達が通りかかると、訓練や作業の手を止めてこちらを不思議そうな目で見ていた…。

貴族の子供二人がメイドを三人連れて来るような場所では無いからな…。

中にはロゼとリゼを、嫌らしい目で見てくる兵士達もいるな。

こんな場所では女を見る機会なんて無いだろうし、可愛い双子のメイドともなれば欲情しても仕方がないと言う気持ちは分かる。

しかし!ロゼとリゼは俺の物だ!

手を出したら容赦なく魔法を撃ち込んでやるからな!

と、表情は笑顔を浮かべたまま、兵士達を心の中で睨みつけてやった。

砦内にはいくつか建物があり、その中の中央に位置する円筒形の一際高い建物の中に案内された。

螺旋状の階段を上って行き、最上階にある扉の前までやって来た。


「エルレイ・フォン・アリクレット様をお連れ致しました」

「入ってもらえ」

兵士が扉越しに声を掛け、返事を貰った後扉を開けて中に入れてくれた。

「エルレイ!」

部屋の中に入ると、多くの兵士達の視線が突き刺さってくる中、ヴァルト兄さんが立ち上がってこちらにやって来てくれた。

ヴァルト兄さんは笑顔だったが、目の下にはクマが出来ていて少しやつれているようにも見えた。

「ヴァルト兄さん、元気そう…では無いみたいですね」

「あー、うん、ここの所あまり寝て無くてな…」

「そうですか…それで状況はどうなっているのでしょうか?」

「それを説明する前に、隊長を紹介するよ」

「はい」

ヴァルト兄さんは少ししゃがんで、俺の耳元に顔を寄せて小さな声で聞いて来た。

「ルリアお嬢様をこんな危険な場所に連れて来て良かったのか?」

「えぇ、ラノフェリア公爵様の許可も頂いておりますし、ルリアの魔法は役に立ちますよ」

「そうかも知れないが…怪我しても責任取れないぞ?」

「その場合責任取るのは僕ですし、護衛兼お世話係のメイドも連れて来ていますので、心配しないで下さい」

「エルレイがそう言うのであればいいが…」

「何をこそこそ話しているよ!」

俺とヴァルト兄さんが小声で話していると、後ろからルリアが大きな声で怒鳴りつけて来た。

「な、何でもない、さぁヴァルト兄さん、隊長を紹介してください」

「そ、そうだな」

これ以上ルリアを怒らせないためにも、俺はヴァルト兄さんと共に部屋の奥にある席に座っている人物の所に向かって行った。


「エルレイ、こちらがエレマー砦、ソートマス王国軍国境警備隊隊長マテウスさんだ」

「エルレイ・フォン・アリクレットです。よろしくお願いします」

マテウスは、やや頭髪が薄い小太り気味のおじさんで、軍の隊長と言った様な威厳を感じられなかった。

まぁ、国境警備隊と言う名の左遷でも受けたのだろう。

この隊長にはあまり期待しない方が良いのかも知れないな…。

「うむ、私がマテウスだ。エルレイ君が来るとラノフェリア公爵様より連絡があったのだが…」

マテウスはそこで言葉を止め、俺の事をじっと見ながら首を傾げていた…。

「ヴァルト、本当に大丈夫なのか?」

「そう思うのは仕方が無いと思うが、俺の弟の魔法の腕は本物だぞ」

「ヴァルトがそう言うのであれば信じよう。エルレイ君失礼した」

「いえ、頭を上げてください。僕がマテウス隊長の立場だとしても同じ事を思うと思います」

「そうか」

マテウスは頭を上げ、俺に申し訳なさそうな表情を浮かべながら薄くなった頭をかいていた。

悪い人ではなさそうだが、やはり隊長としてはどうかと思う。

「ここで話すのは後ろのお嬢様に失礼だろう。ガンデル隊長も呼んで作戦会議をしよう。

おい、ガンデル隊長に会議室までおいで下さるよう伝えてくれ」

「はっ!」

ヴァルト兄さんとマテウスに連れられて、円卓が置いてある部屋へと移動した。


「エルレイとルリアお嬢様はそこに座ってくれ」

ルリアと隣同士に座り、ガンデル隊長が来るのを待つ。

「むっ!」

暫くして、ガンデル隊長と見られる人が入室して来るなり、俺の後ろに控えている三人のメイドを見て眉をひそめていた。

メイドなんてこの場にそぐわないからな…。

しかし、すぐに視線を戻して円卓の一番奥の席へと座った。

「彼が連絡のあった魔法使いか?」

「その様です」

「エルレイ・フォン・アリクレットです」

俺は席を立って挨拶をした。

「私はソートマス王国軍第四軍団長ガンデルだ。魔法使いが来てくれた事はありがたい。

しかし、この戦場に来たからには幼かろうと覚悟を決めて貰うぞ!」

「はい、承知しています!」

ガンデル軍団長は、黒髪を短く刈上げた眼光の鋭い強面で、鍛え上げられた筋肉が軍服の上からでも分かる位盛り上がっていた。

その鋭い目で俺の目を真っすぐ睨みつけてきたため、俺も同じ様に睨み返した。

少し怖いが、ここで視線を外しては共に戦う相手とは認めて貰えないだろう。

「そうか、席につきたまえ」

ガンデルから着席する許可を貰えたと言う事は、認めてくれたという事だな。

「ヴァルト、状況を説明してやってくれ」

「はい」

ヴァルト兄さんから、エレマー砦の現状と、敵の状況を説明して貰う事になった。


エレマー砦には、国境警備隊の百名とガンデル隊長が率いる先遣部隊の千人が駐留しているそうだ。

王国軍の本隊は五万人いて、エレマー砦より離れた地にあるレアニア砦に駐留しているらしい。

エレマー砦には最大一万人程度しか駐留できないらしく、ギリギリまでレアニア砦に留まっているそうだ。

ガンデル隊長の先遣隊に続き、残り九千の兵士達がエレマー砦に向かって来ていたのだけれど、途中で問題が起きて引き返したそうだ。

問題の言うのは、多くの兵士達が食中毒を起こし体調と崩したという事だった。

食中毒自体は治癒魔法ですぐに治ったのだが、食料を全て破棄せざるを得なかったため、補給の為に戻ったという事で、数日到着が遅れると言う事だった。

ラノフェリア公爵からある程度聞かされていたが、食中毒とはアイロス王国が仕組んだ罠では無いのかと邪推してしまうな。


アイロス王国側のシュロウニ砦には、二千の先遣部隊とエーベルト男爵率いる私兵団五千が駐留しているそうだ。

エーベルト男爵の私兵団五千は主に傭兵を集めた部隊で、どれだけ戦えるかは不明らしい。

それより、トリステン軍団長率いる二千の先遣部隊の方が脅威になるだろうと言う事だった。


ヴァルト兄さんの説明が終わると、ガンデル隊長が話し始めた。

「こちらの軍が到着する前に、一度攻めて来ると予想される。

出来うる限り抵抗するが、場合によってはこの砦を捨て敗走する事も視野に入れている。

奪われたらまた奪いかえればいいだけだからな。

しかし、魔法使いが応援に駆けつけてくれたから、一当てくらいはしないといけないよな」

ガンデルは俺を見てニヤリと笑った。

この人は敗走すると言いつつも、全力で戦う気満々だな…。

まぁ、俺もそのつもりで来たのだから全力を尽くすまでだ。

「それを踏まえて、作戦を考えるとしよう」

円卓の中央にある地図を見ながら、作戦会議をする事となった。

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