第三十二話 アリクレット男爵家に帰宅

ルリアの準備が終わったとリゼが呼びに来てくれたので、俺はロゼがまとめてくれた鞄を五つほど収納魔法の中に収めた。

ラノフェリア公爵家に来た時は、着替えが入った鞄一つしか持ってきていなかったのだが、この部屋に用意されていた服を全部詰め込んだ結果四つ増えたと言う事だ。

用意されていた服は全部持って帰っていいと言う事だったが、持って帰った所で着る機会は無いと思うんだよな…。

普段着として着るには上等すぎるし、またラノフェリア公爵から呼び出された時くらいしか着る機会は無いだろう。

しかし、ラノフェリア公爵家としても、俺の為に用意した服を置いて行かれても困るのだろうし、これくらいの出費は大したものでは無いだろうから遠慮なく貰って行く事にした。

ルリアと合流し、先程ヴァイスに案内して貰った空間転移用の部屋へとやって来た。

そこにラノフェリア公爵、妻のアベルティア、長男のネレイト、次女のエクセアが、ルリアを見送りにやって来て別れを惜しんでいた。

ネレイトは、俺の空間転移魔法を見に来たみたいで、俺の所に来て色々聞いて来ている。

「エルレイ、今度私も空間転移魔法でどこかに連れて行って貰えないだろうか?」

「機会があれば…」

「約束だぞ!楽しみだなぁ」

空間転移魔法でどこかに連れて行く事は可能だけど、便利な魔法ではあるが楽しい魔法では無いと思うんだけどな。

「エルレイ君、ルリアとソートマス王国を守ってくれ!頼むぞ!」

「はい、必ずお守り致します」

ラノフェリア公爵から力強くルリアの事を頼まれた。

一応ソートマス王国も入っていたけれど、ラノフェリア公爵の本音としてはルリアだけ守って貰いたいと言う気持ちが、俺の肩を力強く握りしめた手から伝わって来た。

多少痛かったが、その痛みは娘の安全を願う父親の気持ちだと思えた…。


「みんな手を繋いで、絶対に離さないで下さい」

「大丈夫よ!」

俺はルリアとリゼの手を繋ぎ、ルリアはリリーと、リリーはロゼと手を繋いだのを確認した。

「ラノフェリア公爵様、行って参ります!」

「うむ」

挨拶を済ませ、俺は自宅の自室へと空間転移魔法で移動した。


「一瞬だったわね…」

ルリアは周囲を見回して俺の部屋だと確認すると、少し残念そうな表情を見せていた。

「移動するだけだから、飛行魔法のような楽しさは無いね」

「そうね。でも、これからは移動に無駄な時間を使わずに済むのよね?」

「僕が行った事がある場所だけはね。

僕は父に挨拶して来る。その後すぐにエレマー砦に向かおうと思うから、ルリアは動きやすい服装に着替えて準備しておいてくれ」

「分かったわ」

「ロゼとリゼは、父に紹介するから着いて来てくれ」

「「承知しました」」

二人をラノフェリア公爵から頂いた事を、父に教えておかないといけないだろう。

父としても、ラノフェリア公爵にお礼を言わないといけないだろうからな。


ロゼとリゼを連れて、父の執務室へと向かった。

「父上、エルレイです」

「入りたまえ」

扉を開けて父の執務室に入ると、父とマデラン兄さんが難しい表情をしながら机の上で何かを見ている所だった。

「ただいま戻りました」

「早かったな。しかし、エルレイ、丁度いい所に帰って来てくれた!」

「父上!まさかエルレイを向かわせるつもりでは無いですよね?」

「私としても、幼いエルレイに頼るのは心苦しいのだが…」

「私は反対です!」

いきなり父とマデラン兄さんが言い争いを始めてしまった…。

内容は分かるし、俺はその為に帰って来たのだから、言い争いを止めないといけない。

「父上、マデラン兄さん、僕の話を聞いてください!」

俺が強く言うと、二人は言い争いを止めて俺の方を向いてくれた。

「僕はラノフェリア公爵様より、エレマー砦を守る様にと言われて帰ってきました。

この後すぐにでも、僕はエレマー砦に向かうつもりです。

マデラン兄さんの心配はとても嬉しいのですが、僕には魔法がありますので、必ずエレマー砦を守って見せます。

それに、ヴァルト兄さんの事も心配ですし、ここで心配しているよりかは現場に行った方が安心できます」

二人は少し驚いた表情を見せて固まっていた。

十歳の子供が言う言葉では無かったか…もう少し砕けた感じにした方が良かったと後悔したが今更だな…。

「流石エルレイ、よく言ってくれた!」

父は満面の笑みを浮かべて俺をほめたたえてくれた。

一方マデラン兄さんは、苦笑いしながら俺を呆れたような目で見ていた…。

「エルレイには敵わないな…ヴァルトが心配なのは同じだが、同じようにエルレイの事も心配だ。

決して無理はするんじゃないぞ」

「はい、マデラン兄さん」

マデラン兄さんは席を立ち、俺の所に来てヴァルト兄さんがするように頭を撫でてくれた。

「父上、マデラン兄さん、戦争とは違う話なのですが、ラノフェリア公爵様より頂いた魔法書で僕は新しい魔法を覚えました。

魔法の詳しい話は帰って来てから話しますが、飛行魔法より短時間で移動できるようになりました。

それによって、父上とマデラン兄さんには迷惑を掛ける事になると思います。

それと、ラノフェリア公爵様より、僕の護衛として二人のメイドを頂いて参りました」

俺は、後ろに控えていたロゼとリゼの方を振り向いた。

「ロゼと申します」

「リゼと申します」

「「エルレイ様の身は、私達が命に代えてもお守り致します。どうぞよろしくお願いします」」

「うむ、エルレイの事頼む」

父は、俺が二人を連れて入って来ていた時点で予想していたのだろう。特に驚く事は無く二人を受け入れたみたいだ。

稼ぎの無い俺が、自力でメイドを雇って連れ帰って来るはずも無いからな…。

「エルレイ、詳しい現状はエレマー砦に居るヴァルトから聞いた方が良いだろう。

私の所にある情報は、ヴァルトが持っている物より遅れているだろうからな」

「分かりました。母上に挨拶した後、すぐにエレマー砦に向かう事にします」

「うむ、危なくなったら逃げ帰って来ていいからな!」

「そうだぞ、エレマー砦で負けたとしても、まだ取り返しはつくのだからな」

「はい、分かりました」

俺は執務室を出て、母の部屋へと向かって行った。


「エルレイ、お帰り!」

母の部屋に入るなり、アルティナ姉さんに抱きしめられてしまった。

「アルティナ姉さん、ただいま」

暫くアルティナ姉さんの抱擁から解放されずに困っていると、母がアルティナ姉さんに離れるように言ってくれた。

「母上、ただいま戻りました」

「エルレイ、お帰り」

母の表情は気疲れのせいで優れないが、それでも精一杯優しく微笑みかけてくれた。

母の気疲れを無くすためにも、戦争を早く終わらせられるよう努力しないといけないな。

「母上、アルティナ姉さん、帰って来たばかりなのですが、僕はラノフェリア公爵様の命によりエレマー砦に向かわなくてはなりません。

ヴァルト兄さんと協力してエレマー砦を守りますので、安心して待っていて下さい」

「そうですか…」

母は悲しい表情をしながらも、ゆっくりと頷いてくれた。

ラノフェリア公爵の命だと言われれば、母は何も言えなくなるのは分かっていた。

しかし、十歳の子供が戦争に向かうと言われれば、母親ならばどんな事があろうと反対するだろう。

だから、ラノフェリア公爵の名前を出させて貰ったのだけれど、母親の表情を見て心が痛くなってしまった…。

「エルレイ、お姉ちゃんも着いて行きたいけれど…邪魔になるだけだから待っているわね。

だから、必ず帰って来てよね!」

「はい、母上、アルティナ姉さん、必ず帰って来ると約束します」

アルティナ姉さんは目に一杯涙を溜めながら、再び僕を力強く抱きしめて来た。

母に悲しい表情をさせ、アルティナ姉さんを泣かせてしまった事を後悔したが、俺はラノフェリア公爵に秘蔵の魔法書を読ませて貰う際に家族を守ると宣言したのだからな。

今はエレマー砦を守る事が家族を守る事になるのだから、守り抜いて二人の笑顔を取り戻さなくてはならないと心に誓った。


母の部屋を出て自室に戻ると、ルリアが不機嫌そうな表情を浮かべながらベッドに座っていた。

「遅い!」

「ごめんなさい…」

「さっさと行くわよ!」

ルリアはベッドから降りると、俺の所に来て手を繋いで来た。

ルリアの右手が振りあがった時には、一瞬殴られるかと身構えたのだが、そんな事にならなくて良かったと思う。

リリーとロゼから荷物を預かり、収納魔法に収めてから皆と手を繋いでエレマー砦の近くまで空間転移した。

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