第三十一話 ラノフェリア公爵への報告

ラノフェリア公爵への報告は、その日の午後に行われた。

ラノフェリア公爵は俺とルリアの正面に座ると、少し大きく息を吐きだしていた。

部屋に入って来た時の表情も少し暗かった様にも見えたので、少し疲れているのかもしれない。

しかし、ルリアの顔を見た瞬間笑顔に戻ったのは父親だからだろうか?

俺はまだ結婚もした事が無いので、親の気持ちは分からないが、可愛い娘に暗い表情は見せたくないと言う気持ちは分かる。

ルリアは俺が贈ったリボンを外して来ている。

当然リリーも部屋を出る前に外し、木箱の中に大事そうに仕舞っていた。

俺が贈ったリボンは安物だし、そんな安物のリボンを着けている所をラノフェリア公爵に見せる訳にはいかないからな。

もし見つかれば、もっと公爵令嬢のルリアに相応しい物を贈れと怒られてしまうだろからな…。

俺が稼げるようになった時には、その稼ぎに見合ったものを贈ろうと思う。


「魔法は上手く使えたのかね?」

「はい、収納魔法、空間転移魔法共に問題無く使用する事が出来ました」

「それは良かった」

ラノフェリア公爵は、ルリアに向けた笑顔と同じものを俺にも向けてくれていた。

ラノフェリア公爵に取って俺は、役に立つ人物だと認められたという事なのだろう。

しかし、ラノフェリア公爵の表情から笑みが消え、真剣な物へと変わって行った。


「エルレイ君には申し訳ないが、その魔法を使って直ぐに実家に戻って貰いたい」

ラノフェリア公爵が実家に戻れという事は、敵国が攻め込んで来ると言う事なのだろう。

「ルリアと同じ年齢の君に、この様な事を頼むのは心苦しいのだが、少々不味い状況になっていてな。

一人でも…いや、エルレイ君だからこの窮地を乗り超えるのに必要な人材だと私は思っている。

ソートマス王国を守るために、エルレイ君の力を貸してはくれないだろうか?」

「はい、全力を尽くします!」

「うむ、頼んだぞ!」

俺とラノフェリア公爵は目と目で同意した。

「お父様、私には状況が良く分からなかったので説明してください!」

ルリアには状況が分からなかったみたいで、ラノフェリア公爵に説明を求めていた。

「そうだね。簡単に説明すると、アイロス王国側が攻め込んでくる。

当然ソートマス王国も王国軍を向かわせていて、アイロス王国の侵攻に備える予定だったのだが、そこで想定外の事態が起こり、王国軍がまだ防衛拠点の砦まで到着していないのだ。

エルレイ君には、王国軍が到着するまでの間、砦の防衛をして貰うと言う事だ」

「それならお父様、私もエルレイと一緒に砦の防衛に向かいます!」

「それは許可出来ない!」

ルリアが俺と一緒に行くと言ったが、ラノフェリア公爵は受け付けなかった。

当然の事だな。

ラノフェリア公爵は、ルリアを危険な場所から連れ戻すために帰宅させたのだ。

わざわざまた危険な場所にルリアが行く事を許すはずもない。

俺もラノフェリア公爵と同意見で、ルリアにはここに残っていて貰いたいと思っている。

だから、俺もルリアを説得した方が良いだろう。

「ルリアお嬢様、僕もルリアお嬢様がここに残ってくれていた方が、安心して戦う事が出来ます。

僕を安心させるためと思って、残っては頂けないでしょうか?」

俺がルリアを説得すると、ルリアはキッっと目を細めて俺を睨みつけて来た!

正面にラノフェリア公爵が居なければ、間違いなく殴って来ていただろう…。

でも、俺も引く訳にはいかない。

ルリアの目をじっと睨みつけた。

「ルリア、エルレイ君もこう言っている事だからな」

ラノフェリア公爵がルリアに声を掛けた事で、ルリアの視線はラノフェリア公爵に向けられた。

ラノフェリア公爵も、ルリアの視線に負けてはいない。

この様子だと、ルリアが納得しなくても着いて来る事は無さそうだ。

そう思ったのだけれど…。

「分かりました。お母様から許可を頂いて来ます!」

ルリアは突然立ち上がり、部屋を出て行こうとしていた。

「ルリア待ちなさい!分かった、許可するから、アベルティアの所へは行かないでくれ!」

えー…。

ラノフェリア公爵が一瞬で折れ、ルリアに許可を出してしまった。

ラノフェリア公爵って、意外にも尻に敷かれていたりするのだろうか?

今までの言動からその様な感じには見えなかったが…。

でも、ルリアの母親だからなぁ…。

暴力に訴えて来そうな気もする。

俺も将来、ルリアと結婚する事になったら、こんな感じになるのかも知れないな…。

注意しておこうと思うが、もうすでに無理なのかもしれない…。

ルリアは許可された事で笑顔で振り向き、俺の隣に戻って来て座った。

「エルレイもいいわよね?」

「はい…」

ラノフェリア公爵が許可出したのに、俺が否定する事が出来るはずもない。

あっ…俺は既にルリアの尻に敷かれているのかも知れないが、公爵令嬢と男爵家三男の立場ではどうする事も出来ないよな。


「ごほんっ、エルレイ君、ルリアの事をしっかり守ってくれたまえ」

「はい、全身全霊を持ってルリアお嬢様をお守りすると約束します!」

「頼んだぞ!」

ラノフェリア公爵は一つ咳ばらいをし、少し気まずそうにしながら俺にルリアの事を頼んで来た。

「エルレイ君、空間転移魔法だが、この屋敷に来る際の約束事を決めておこうと思う。

詳しい事はヴァイスから聞いてくれたまえ」

「はい、分かりました」

いきなり転移してきても困るだろうし、俺も何処に転移して来ればいいのか聞いておきたかった事だ。

ラノフェリア公爵は、ルリアに決して無理はしないようにと何度も言い聞かせてから部屋を出て行った。


「エルレイ様、空間転移して来て頂く際に使用する部屋へとご案内します」

ヴァイスが、俺とルリアを一階の奥にある部屋へと案内してくれた。

ヴァイスが鍵を開けて中へと入る。

窓には鉄格子がはめ込まれていて、外から侵入できないようになっていた。

「エルレイ様、空間転移して来る際には、必ず私に念話で連絡して頂き、この部屋へと転移して来てください。

他の場所に転移してきた場合は敵対行動とみなし、問答無用で攻撃致しますのでご理解ください。

それから、この部屋には必ず鍵が掛かっておりますので、空間転移して来た際にはベルを鳴らして使用人をお呼びください」

「分かった」

そうだよな。

空間転移魔法を使えば、いきなりラノフェリア公爵の部屋へと転移して暗殺する事も可能だ。

それを未然に防ぐ意味でも、これくらいの事は決めておかなくてはならない。

自宅は俺の部屋を使えばいいとして、ヴァルト兄さんの家に行く事があれば、この事も決めておいた方が良さそうだな。

「エルレイ、この後すぐにでも帰るのよね?」

「そうしたいけれど、ルリアの準備を待つよ」

「お願いね。私はお母様に挨拶に行って来るから、少し待っていて頂戴!」

「分かった、僕も一度部屋に戻っておくから、終わったら来てくれ」


俺はルリアと別れて部屋へと戻り、ルリアが来るまでの間に今後の事を考える事にした。

はっきり言って、戦争に参加したくはなかった。

しかし、ヴァルト兄さんが守っている砦が落とされる事になれば、ヴァルト兄さんの命が危ない。

そして、父の領地にまで兵士達が流れ込んで来れば、家族全員が危険に晒される事となる。

その様な事態になる事は避けなければならない!

恐らくだが、俺の魔法を使えばある程度は防げると思うが、油断は出来ないな。

英雄クロームウェルが転生者の可能性が出て来た事で、他にも俺と同じような転生者が居ないとも限らない。

仮に居たとして、今回の戦争に参加して来るとなれば、俺より年上なのは間違い無いだろう。

うーむ、勝てる気がしないな…。

女神クローリスが、この世界に俺以外の転生者を送っていない事を願うしか無いな。

俺は膝をついて両手を組み、女神クローリスに祈りを捧げた…。

既に居るのであれば無駄な事だが、今の俺に出来る事はこれくらいしか無いからな…。

願わくば、俺が生きている間は転生者を送らないで貰いたいものだ…。

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