第二十九話 リゼとデート その二
一瞬目の前が暗くなり、次の瞬間、思い浮かべた裏路地の景色が現実の物となって現れて来た。
「成功だ!リゼは気分が悪くなったりとかしていないか?」
「はい、何ともありません。
エルレイ様、ここは何処になるのでしょうか?」
リゼはせわしく周囲を見渡し、場所と安全を確認しているようだった。
「ハイド侯爵領のエールトリーの街だと思うんだけれど、表に出て確認してみよう」
「承知しました」
リゼと手を繋いだまま裏路地を進み、宿屋の前へとやって来た。
この前ルリアと宿泊した宿屋に間違いない。
俺は飛び上がって喜びたい気持ちをぐっとこらえる。
リゼと一緒だという事もあるが、人通りもそれなりに多いので目立ちたくはない。
「間違い無いみたいだ」
「エルレイ様、凄いです!」
リゼは目をキラキラ輝かせながら、尊敬の眼差しを向けて来ている。
魔法は凄いが、俺自身が凄い訳では無いから少し照れくさい気もする…。
しかし、悪い気分では無いな。
そう言えば、勇者時代にもこんな目を向けられたいたのを思い出した。
その時は調子に乗って、色々と不要な事までもやってしまったな…。
今回はそんな失敗を繰り返さない為にも、自重して行こうと思う。
「リゼ、せっかくここまで来たのだから街を見て行こうと思っているが、良いだろうか?」
「はい、エルレイ様の身に危険が迫る前に対処致します」
「まぁ、街を見て回るだけだから危険は無いと思うけれど、その時はお願いするよ。
手は…繋いだままで良いか」
「はい!」
リゼと手を繋いだまま通りを歩いて行く。
主人とメイドと言う立場を考えれば、手を繋いで一緒に歩く事など許されないが、俺は十歳の子供だから何も問題はあるまい。
リゼも特に嫌がっている様子は見受けられないし、手を離そうともしていない。
通りがかる人達も、貴族とメイドが手を繋いで歩いている事を気にしている感じもしない。
貴族の子供が物珍しさに走り回らないようにと、メイドが手綱を握っているとでも思われてそうだ…。
商店街へやって来ると、人通りも増えて賑やかになって来た。
俺は店を一軒一軒覗き見しながらゆっくりと歩いて行く。
特に買いたい物がある訳では無いが、この世界に転生して始めて来た商店街なのだから、どの様な商品が売られているのか気になる。
父から貰ったお金があるから何か買って行く事は可能だが、無駄遣いしていいお金ではないからな…。
俺と同じように、リゼも店の中にある商品を興味深そうに見ている。
リゼもこの様な場所に来る事など無いだろうから、何か買ってあげた方が良いのかもしれないな。
「リゼ、何か欲しい物があるのか?」
「いいえ、特にございません」
「遠慮しなくてもいいだけど?」
「ありません。エルレイ様こそ、何か購入されないのでしょうか?」
「うーん、欲しい物と言うのは無いんだよな…」
改めて考えて見ても、買いたい物なんで無かった。
男爵家の三男だが、不自由ない生活を送らさせて貰っていたのだなと、父に感謝した。
唯一欲しいものがあるとすれば魔法書だが、特殊な魔法が書かれている魔法書なんて、こんな所で売ってたりしないだろうしな。
「エルレイ様、ルリア様に贈り物を買って行かれると喜ばれるのでは無いでしょうか?」
「うーん…」
リゼから、ルリアに贈り物を買って行くように言われたが…。
公爵令嬢が贈られて喜ぶ物が、ここに売っているとは思えないんだよな。
仮に贈り物を買うとしても、ルリアが喜びそうな物って何だろう?
やはり剣とかだろうか?
しかし、剣はラノフェリア公爵から一級品を貰っているに違いないし、命を預ける剣なのに俺が買える程度の安物を贈る訳には行かない。
俺が悩んでいると、リゼが指をさして教えてくれた。
「エルレイ様、あのお店の商品でしたら喜ばれると思います」
「なるほど…」
リゼが指さした店内には、女性向けのアクセサリーや小物が所狭しと置かれていた。
ルリアは多くのアクセサリーを身に着けたりはしていない。
精々ネックレス程度だ。
指輪をはめている所も見た事は無いが、ルリアが指輪をはめていると単なる凶器になってしまうからな…。
間違い無く俺の頬に指輪の宝石がめり込むから、今後も付けないで貰いたいものだ…。
しかし、このお店で売っているアクセサリーを贈られて、ルリアが喜ぶかは疑問だな。
ルリアが着けているネックレスはシンプルなデザインの物が多いが、恐らく超が付くほどの高級品だろう。
俺が着ているこの服でさえ、俺が所持しているどの服よりも高級品なのだ。
ラノフェリア公爵が娘のアクセサリーにお金を渋るはずもない。
つまり、このお店で売られているどの商品を贈ったとしても、ルリアが喜んでくれるとは思えない。
そもそも、俺が持っているお金も多くは無いし、全部使ってしまう訳にもいかない。
でも、贈り物は金額では無く気持ちが大事だよな。
街に行って、何も買って来なかったと怒られるよりかはましかな…。
俺はリザと共に店内へと入って行った。
「これはようこそ、わたくしめのお店にご来店いただき誠にありがとうございます。
奥の方に特別な商品を用意して御座います。
よろしければ、そちらにご案内させて頂きます」
俺が店内に入ると、ひげを生やした店員が笑顔で手もみをしながら近寄って来た…。
良い客が来たと思われたのだろうな。
しかし、そんなに高い商品を買うつもりも予算も無い。
「いや、それには及ばない。自由に店内を見させて貰うぞ」
「はい、承知致しました」
店員は笑顔のまま、俺の前から立ち去って行った。
ふぅ、店員に張り付かれて買い物するのは好きでは無いんだよな…。
なぜか、高い商品を買わないといけないような気分になってしまうし、落ち着いて買い物が出来ないんだよな。
さて、ルリアに贈る商品を探して行く事にした…。
…うーん、分からん!
一通り店内を見て回ったが、ルリアの部屋に合いそうな小物や人形は無かった。
俺の見る目が無いのかもしれないが、どれを選んだとしてもルリアが喜んで受け取る姿が想像できない…。
仕方ないので、リゼに助けを求める事にした。
「リゼ、僕は女の子に贈り物をした事が無いので、どれを贈れば喜んでもらえるのかが分からない。
よければ、リゼが選んで貰えないだろうか?」
「申し訳ございません。贈り物を私が選ぶ事は出来ません。
エルレイ様が選んだ贈り物であれば、ルリアお嬢様はどんな物でも喜んでくださると思います」
「むぅ~、どんな物でも喜んでくれるのかな…」
リゼはそう言うけれど…。
例えば、目の前にある犬のぬいぐるみを贈ったとして、ルリアがぬいぐるみを抱きしめて喜んでいる姿を想像できない…。
いや、意外と怒りをぶつける対象として、俺の代わりに殴られてくれたりは…しないな。
やはり、俺には選ぶ事が出来ないな。
「リゼ、せめてどんな物を贈ればいいのかだけでも教えては貰えないだろうか?」
「そうですね…エルレイ様はルリアお嬢様のどの辺りがお美しいと思いますか?」
リゼに助けを再度求めると、ルリアの美しい所を俺に尋ねて来た。
ルリアの美しい所と言うと、鍛え上げられて締まった体つきとか…では無いよな。
顔はまだ、美しいと言うより可愛い感じだしな…。
そうか、分かった!
「ルリアの赤い髪だな!」
「はい、その通りでございます」
リゼはニコッと笑って答えてくれた。
髪に関した贈り物をすればいいという事だな。
櫛は良い物を持っているだろうから、髪留めかな。
俺は髪留めなどが置いてあった場所へと移動し、早速ルリアに似合いそうな物を選んで行く。
しかし、髪留めと言っても色々あるものなのだな…。
色々な形状の物があるけれど、どんなふうに使うのかさっぱり分からない。
その中で唯一使いかたが分かる物を見つけた。
「リゼ、この大きなリボンはどうだろうか?」
「はい、とてもよろしいかと思います」
「そうか!」
リゼも認めてくれたので、ルリアへの贈り物はリボンに決め、色を選ぶ事にした。
ルリアの髪は赤色なので、白とか似合いそうだな。
そこでふと、リリーの美しい銀色の髪を思い出した。
そうだな、リリーにも買って行ったやった方が良いだろう。
リリーにリボンを贈るとなると、リゼとロゼにも贈った方が喜ばれるよな。
「こっちも買って行こう」
リボンを選び終えた後、リゼとロゼに贈る物も選んで購入した。
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