第二十三話 ラノフェリア家秘蔵の魔法書 その三

ラノフェリア公爵はソファーに深く座り、俺とルリアも対面のソファーに座ると、メイドを呼んで紅茶を用意させた。

俺を落ち着かせるために用意してくれたのか…いや、ルリアの為に用意させたのだな。

ラノフェリア公爵の視線は、美味しそうに紅茶を飲んでいるルリアに向けられているからな。

自慢の愛娘が、凄い威力の魔法を使った後で疲れているだろうからと、気を使ったのだろう。

俺が父親でもそうしているはずだ!

まぁ俺は、結婚した事も子供を作った事も無いんだけどな…。

ルリアが紅茶を飲み終えた所で、ラノフェリア公爵が俺の方に視線を向けて口を開いた。


「エルレイ君の判断を聞かせて貰おう」

「はい、秘蔵の魔法書を読ませて頂きたいと思います!」

ラノフェリア公爵は俺の答えを聞いて、無言で一度だけ頷いていた。

「そうか、好奇心の方が勝ったという事かね?」

「いいえ、家族を守る決意が出来ました!」

「ふむ、なるほど。その歳で家族を守り切れるとでも思っているのかね?」

ラノフェリア公爵は目を細めて、厳しい口調で俺を問いただして来た。

ラノフェリア公爵からすれば、力も財力も無い俺が言う言葉として相応しくないと思ったのだろう。

俺も家族を守り切れるとは、今の段階では思ってはいない。

姉さん達に、身を守るための魔法を教えたとしても、危険なのは変わり無いからな。

秘蔵の魔法書を読ませて貰う為には、ラノフェリア公爵に、今思っている事を嘘偽りなく話さなくてはならないだろう。

「いいえ、守り切れるとは思っていません。私の手が届く範囲が限界だと思います。

しかし、もし家族が危険に晒された場合。私は全力をもって家族を救い、敵を打ち破るつもりです。

そして、今後も努力し続け、家族を守れるだけの力を手に入れたいと思います!」

ラノフェリア公爵は、一瞬少し驚いたような表情を見せたが、笑顔になり笑い声をあげた。

「わははははっ、そうか、それは良い答えだ!

私も出来うる限り、エルレイ君の力になる事を約束しよう!」

「あ、ありがとうございます」

俺の答えが気に入ったのか、ラノフェリア公爵は上機嫌で俺の力になってくれると約束してくれた。

敵を打ち破ると言った辺りが良かったのだろうか?

ルリアが旅の間、周囲を警戒していた様に、ラノフェリア公爵にも敵が多いのだろう。

父や俺の周りには今の所敵は居ないと思うが、これからは注意して行かなくてはならないな。

でも、俺の目が届く所しか守る事が出来ないのだけれどな…。

ラノフェリア公爵はテーブルの上のベルを取って鳴らし、執事を呼びつけていた。


「ヴァイス、エルレイ君に例の魔法書を読ませてやってくれ」

「畏まりました」

「お父様、私も魔法書を読んでもいいかしら?」

「あぁ、構わないとも。しかし、ルリアが魔法を使う事は出来ないと思うぞ」

ルリアがここぞとばかりに、ラノフェリア公爵にお願いすると、ラノフェリア公爵も快く許可を出していたが、使えないとはっきり言われた事で、ルリアの表情が少し曇っていた。

「えっ、そうなの?」

「ラノフェリア家に伝わる秘蔵の魔法書は、英雄クロームウェルが残した物だとされている。

そして、英雄クロームウェルは、エルレイ君と同じように四属性全て使えたと伝えられている」

「えっ!?」

俺は思わず驚きの声を上げてしまい、ルリアからは非難の視線を感じる…。

ルリアの事は置いておくとして、英雄が俺と同じ四属性を使えたという事は、女神クローリスの加護を受けていたという事になるのだろうか?

という事は、同じく転生者だったという事なのかもしれない…。

でも、英雄クロームウェルは大昔の人物だったから、今は居ないだろう。

英雄クロームウェルの事は、アンジェリカから歴史の勉強の時に教えて貰っていたが、もう一度詳しく調べてみる必要がありそうだ。

うーむ、俺以外に転生者が居ると言う可能性を考えていなかった。

しかし、転生者が居たからと言って、それが誰だか分からないし、見つける事も出来ない。

俺の様に、四属性使える魔法使いが他にも居るのだとしたら、転生者の可能性が高いと思った方が良いだろう。

転生者に関しては、気にかけている程度で構わないかな?

今は自分の事だけで精一杯なのだからな…。

「私はこれで失礼させてもらう。エルレイ君、期待しているよ!」

「はい、頑張ります…」

ラノフェリア公爵は、困惑する俺に優しい笑顔を向けてから退出して行った…。

「エルレイは、英雄の生まれ変わりだったりするのかしら?」

「えっ、いや、そんな事は無い!ごく普通の人だよ…」

「ふ~ん?」

ルリアが疑惑の眼差しを向けて来ている…。

俺は中田 真一と言う名前で、元勇者の転生者だ。

英雄クロームウェルの生まれ変わりでは無い!

しかし、俺はこの世界で英雄や勇者になるつもりは全く無い!

平穏に生きて行く事が望みだ。

「まぁいいわ!それより早く魔法書を読みに行くわよ!

ヴァイス、案内して頂戴!」

「畏まりました」


俺とルリアは、ヴァイスの案内で部屋を出て廊下を歩き、奥まった場所にある扉の前へと着いた。

「これより地下へと降ります。少し暗くなっておりますので、足元にご注意くださいませ」

ヴァイスが鍵を開けて扉を開くと、地下へと下る階段が現れた。

ヴァイスを先頭にして、俺とルリアも蝋燭ろうそくの明かりが灯された薄暗い階段を下って行く。

「ルリアは、この場所は知っているの?」

「知っているわ!何度か入った事もあるけど、倉庫になっていたはずよ!」

「はい、ルリアお嬢様の仰る通り、通常は倉庫として使われております」

通常はと言う事は、それ以外の使用方法もあると言う事なのだろう。

地下へと降りると、真っすぐな長い廊下の両脇に扉の無い部屋が幾つもあり、様々な物が置かれていた。

ヴァイスは廊下を歩いて行き、頑丈そうな鉄の扉の前で立ち止まった。

「この部屋でございます」

ヴァイスは鉄の扉の鍵を開けて手前に引くと、鉄の扉は音もたてずにすんなりと開いた。

ヴァイスが部屋の中に入って行って、壁の燭台の上にある蝋燭に火を灯して行った。

こじんまりとした部屋の中には、テーブルセットが置かれているだけで、奥に一つ扉があるだけだった。

「おかけになってお待ちください」

ヴァイスは椅子を引いて、ルリアと俺を隣同士の椅子に座らせてくれた。

「魔法書を取ってまいりますので、少々お待ちくださいませ」

ヴァイスは一礼して、奥の扉へと入って行き、暫くしてから魔法書を手に持って戻って来た。

「こちらでございます」

俺達の前に魔法書が置かれた。

いよいよ、ラノフェリア家秘蔵の魔法書を読む時が来た!

俺が魔法書に手を伸ばそうとすると、ルリアにその手をつかまれて止められてしまった…。

「一緒に読むわよ!いいわね!」

「う、うん…」

そうだよな。ルリアは使えないと言われたけれど、絶対と言う訳では無いからな。

ルリアは俺との間に魔法書を置き、魔法書を開いた。

「ちょっと、読みにくいからもう少し近寄りなさい!」

「分かった」

俺は、ルリアと肩が触れる所まで椅子を寄せて座り、魔法書を覗き込む…。

頬が触れるくらい近くにお互いの顔を寄せているため、ルリアの興奮した息遣いも聞こえてくる。

俺も同じように興奮しているから良く分かる…。

息を大きく吐いて気持ちを落ち着かせ、魔法書を読むのに集中する事にした…。

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