第二十一話 ラノフェリア家の夕食

広い食堂には長いテーブルが置いてあり、清潔そうな白いテーブルクロスの上には、細かい細工の施されたキャンドルスタンドと生花が飾られている。

大きな窓から見える空は赤く染まっており、もうすぐ夜になろうかとしていた…。

夕食は要らないから、このまま部屋に戻って眠りたい、と言うか逃げ出したい気分だ…。

食堂には俺とルリアが一番乗りだったのが救いだな。

ルリアの婚約者とは言え、男爵家三男が公爵家の方々の後から入るなんて失礼な事にならなくて済んだ事に安堵する。

使用人達もその辺りを気に掛けて、一番最初に呼んでくれたのだとは思うけどな…。

メイドに椅子を下げて貰い、ルリアの隣の席に座った。

立って待っていた方が良い様な気もしたが、ルリアに座れと言われたから問題無いのだろう。

俺とルリアが席に着いてから少しした後、食堂に公爵家の方々が数人ずつ入って来た。

皆、俺の事を一瞥しただけで話しかけたりして来ずに席へと座って行く。

ルリアも沈黙を貫いているので、食堂では余計なおしゃべりをしない事になっているのかもしれないな。

話しかけられても困るが、沈黙したまま待っているのも非常に辛い…。

一番最後にラノフェリア公爵が入って来て席に座った所で、夕食が始まった。


「皆も知っての通り、ルリアが婚約者のエルレイ君と共に帰って来ている。

家族揃っての夕食は久しぶりの事で、とても喜ばしい。

ルリアの婚約に関して思う者が居るかもしれない。

しかし、私がルリアの幸せを一番に考えて私が決めた事だ。

当然、ルリアも納得してくれている。

エルレイ君は、この年齢で上級魔法を使いこなす素晴らしい魔法使いで、将来はソートマス王国一の魔法使いに成るだろうと私は思っている。

そしてルリアも、エルレイ君に次ぐ魔法使いに成るだろう。

ルリアもエルレイ君の所で魔法の訓練をし、上級魔法を使いこなせる様になっている。

驚く事に、ルリアとエルレイ君は、飛行魔法を使用して我が家にたった一日で帰って来たのだ。

宮廷魔導士の中でも、この様な事が出来る者はそう多くいまい。

ルリアとエルレイ君の魔法の腕は、明日にでも見る機会を作ろうと思う。

少し話が長くなったが、食事を始めるとしよう」


ラノフェリア公爵の話が終わり、やっと夕食を頂ける事になった…。

しかし、えらく俺は持ち上げられたものだな…。

まぁ、俺を持ち上げたのはルリアの為だと言うのは分かってはいる。

公爵令嬢が男爵家三男の婚約者に成ったのだからな。

普通に考えると、ラノフェリア公爵がルリアを捨てたと周囲の者は思うだろう。

そうでは無いという事を、俺を持ち上げた事で証明したかったのだと思う。

でも…ソートマス王国一の魔法使いとか言われても、恥ずかしい限りだな。

勿論、俺はソートマス王国一とは言わず、この世界一の魔法使いを目指すつもりだ。

せっかく女神クローリスから全属性を使えるようにして貰っているのに、成れなかったら俺が無能だという事になってしまう。

そんな恥ずかしい事にならない為にも、これからも努力を続けて行かなければならないな…。


俺の前にも、料理が運ばれて来た。

野菜のスープで、美味しそうな香りが立ち込めて来る。

俺はスプーンですくって口元へ運んだ。

上品な味わいで、とてもお美味しい…。

緊張して味が分からなくなるかと思っていたが、そんな事にはならずに済んでよかったな。

俺が二口目を口にしようとしている所で、ラノフェリア公爵から声が掛った。


「エルレイ君、私の家族を紹介するから、食べながら聞いてくれ」

「はい!」

食べながらと言われたが、そんな事出来るはずもない…。

俺は姿勢を正して、家族の紹介を聞く事になった。


ラノフェリア公爵の妻は三人。

俺の家にも来たアベルティアは、ルリアと同じ赤い髪で胸がとても大きいのでよく覚えている。

以前と時と変わらぬ、慈愛に満ちた笑みを浮かべて俺を見てくれている。


エーゼルは、金色の髪をロール状に巻いていて、吊り上がった目から少し怖い印象を受けるが、美人なのは間違いない。

その美人が俺に微笑んでくれるのだから、悪い気はしない。


ロゼリアは、少しウェーブのかかった茶色の髪をしていて、少し丸めの顔は可愛らしい女の子と言う印象だ。

この場で妻として紹介されなければ、子供がいるとは思えないほどだ…。

ロゼリアの隣に座っているのは、ロゼリアにとても良く似たルリアより少し年上の娘が座っているからな…。

実年齢も、三人の中では一番若いのは間違いなさそうだ。


しかし、ラノフェリア公爵にしては妻が三人とは少ないのでは無いだろうか?

貴族の中で多い人は二桁行くと言われている。

それは何も、貴族が女好きだという事では無い。

中にはそう言う貴族も居るだろうが、大抵周囲から妻を押し付けられたりするものらしい。

貴族の子供が多い事に越した事は無いし、力を持った公爵と縁を結べるのであれば、喜んで娘を差し出すだろう。

それなら、ラノフェリア公爵は力が無いという事になるが、父の話では公爵の中で一番力があると言う話だった。

力があるから、不要な妻の押し付けを跳ね返せている、という事かも知れないな…。

妻の紹介が終わり、子供達の紹介へと移って行った。


長男ネレイトは、赤い髪を持っている為、ルリアと同じアベルティアが産んだ子供だという事が分かる。

大きく開かれた瞳は、新しいおもちゃを見つけた子供の様にキラキラと輝いて俺の事を見ていた。

ルリアと同じく魔法が使えたりするのかも知れないな。

無詠唱の事は教えたくは無いので、気を付けて置く事にしよう…。


次男ルノフェノは、淡い金色の髪に吊り上がった目つきをしているから、エーゼルの子供だろう。

一瞬だけあった視線は、俺の事を蔑むような感じがした…。

でも、それが当然なのかもしれない…。

ルリアの婚約者として紹介されたとは言え、俺は男爵家三男に変わりは無いのだからな。


長女マルティナは、金色の髪を母親のエーゼルと同じようにロール状に巻いているから分かりやすいな。

食堂に来る前に会っていたし、ルリアが怒るような言葉を投げかけて来ていたから、俺の印象は悪い。

家族の前だからか、俺に笑顔を向けて来ていたから、俺も笑顔を返した。

しかし、二度と関わり合いにはなりたくはないと思う。


次女エクセアは、赤茶色の髪をしていて胸もあまりないので、誰が生んだ子なのか判断が難しい。

顔は、大人しい印象を受け、美人かと言われれば違うと答えるだろう。

しかし凄く優しそうで、ルリアやマルティナの様な攻撃的な感じは全くしない。

エクセアが俺の婚約者だったとしたら、絶対殴って来ないと思う…。


三女ユーティアは、母親のロゼリアの妹と言われても信じられるくらいよく似ていて可愛らしい。

俺には全く興味が無いのか、ラノフェリア公爵から紹介されても気にせず黙々と食事を続けている。

俺もその方が、余計な気遣いをせずに助かるのだが、無視されるのも少々辛いな…。


ルリアの紹介は無かったが、一番年下だから四女という事になるのだろう。

ここまで、俺は食事に手を付けられないまま、俺の前から料理が次々と変わって行っていた。

そして今は、メインディッシュの肉料理となっているが、まだ食べる事は出来ない。

俺自身の紹介をしていないからな…。

メインディッシュが下げられる前に、紹介を終わらせなければならない!

俺は席から立ち上がって、挨拶をする事にした。


「アリクレット男爵家の三男、エルレイ・フォン・アリクレットです。

歳は十歳になりました。

ルリアお嬢様の婚約者として相応しい立派な魔法使いに成れる様、今後とも努力を重ねてまいります。

皆様、よろしくお願いします」

「うむ、エルレイ君には期待しているぞ!」

短めの挨拶だったが、ラノフェリア公爵には満足して貰えたみたいだ。

俺はお辞儀をして席に着き、ナイフとフォークを手にしてメインディッシュを食べる事にした。


柔らかなお肉が口の中で溶けて行って、食べやすくて美味しい!

こんなお肉は、家では食べた事が無かったな…。

ナドスの作る料理はどれも美味しかったが、ここの料理は材料が全く違うのだろう。

ナドスも、ここの材料を使えば同じくらいの食事を作れると思う。

俺も将来は、これに近い食事が出来る様になりたいと思うな…。

その為にも、ラノフェリア家秘蔵の魔法書を読ませて貰わなくてはならない。

今夜はもう無理だろうけれど、明日にはラノフェリア公爵に話をして読ませて貰う事にしよう。


食事が終わった後、ラノフェリア家の面々は、家族との会話を楽しむ事も無く、それぞれ食堂から出て行った。

「エルレイ、おやすみなさい」

「ルリア、おやすみ」

俺もルリアと別れて、用意された部屋へと戻って行く事となった…。

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