第二十話 ラノフェリア家秘蔵の魔法書 その二

俺が居た部屋は一階にあったのだが、ルリアの自室は三階にあり、広い階段を登って長い廊下を歩いて行く事となった。

廊下の窓から見える庭園には、色とりどりの花が咲き誇っていて、俺の心を癒してくれる…。

あの庭で横になって昼寝でも出来れば、少しは良い解決法が思いつくかもしれない…。

いいや、無理だな。

読むか読まないかの二択でしか無い。

無駄な考えは捨てて、大人しくメイドの後ろを着いて行く事にした…。


「ルリアお嬢様、エルレイ様がお見えです」

ルリアの部屋の前に着くと、メイドが中に声を掛け、ルリアからの返事があったのちに扉が開かれて、俺は部屋の中に入って行った。

ルリアの部屋の内装は白で統一され、とても清楚に飾られていて、かなり好感が持てた。

それと置かれている本の量が多いな…。

ルリアは十歳の子供だが、頭はいい方だと思っていた。

置かれている本が、ただの飾りでは無いのであれば、ルリアは頑張って勉強したのだろう。

ルリアは剣や魔法だけでは無く、勉学にも力を入れているとは、頭の下がる思いだ…。

ルリアの部屋が可愛らしい人形で埋められていたり、ピンク一色に染められたりしていたら驚いただろう。

ルリアの性格によく合った部屋だという事だな。

「じろじろ見ないでよ!」

「あぁ、ごめん…綺麗な部屋だったから見惚れてしまっていた」

「ふんっ!こっちに来て座りなさい!」

そうだよな。

女の子の部屋をじろじろ見るのは失礼と言うものだ。

ルリアは怒ったのかと思ったのだが、そこまで機嫌を悪くしていないみたいで良かった。

俺はルリアとリリーが座っているテーブルの椅子に腰かけると、リリーが立ち上がって俺の為に紅茶を準備してくれた。

リリーが淹れてくれた美味しい紅茶を飲んで一息ついた所で、ルリアが話しかけて来た。


「エルレイ、魔法書を読む覚悟は出来たのかしら?」

「いいや、かなり迷っているが、ルリアや家族の事を思うと読まない方が良いのかと思っている」

ルリアの問いに、俺は今の正直な気持ちを打ち明けた。

「私や家族をね…。

でも、私に対する気遣いは無用よ!

今の時点でも危険なのには変わりないわ。

それと、エルレイの家族も貴族なのですから、大して変わらないでしょうに」

「いや…田舎の男爵家を狙う人なんて居ないだろう?」

俺が知る限りで、父の命が狙われたなんて事は無かった。

しかし、俺が知らない所で狙われていたりするのだろうか?

父を貶めて得をするような人が居るとは思えないが…。

「そんな事は無いわよ!貴族なんて位の高低に限らず、隙があれば引きずり落とそうと考えているものよ!

誰かの邪魔だと判断されれば、あらゆる手を使って排除して来るものなのよ!

だから、エルレイが魔法書を読んでも読まなくても変わらないわ!」

「そう言うものなのかな…」

ルリアの言う通りだとすると、魔法書を読んでもいいような気がして来た。

あっ、もしかすると、ルリアは魔法書の中身を知っていて、俺に読むように仕向けて来てくれているのだろうか?

「ルリア、魔法書に書かれている魔法を知っているのか?」

「知らないわ!と言うより、あんな魔法書があった事さえ知らなかったわ!

どうしてお父様は、私に読ませてくれなかったのか不思議なくらいよ!」

「そうなんだ…」

ルリアが怒っている所を見ると、本当に魔法書の内容を知らないみたいだな…。

しかし、貴族が危険だと言われても、今まで危険を感じた事が無いから実感がわかない…。

俺が魔法書を読んだ事で、余計な危険を増やしてしまうだけでは無いのだろうか?

俺が悩んでいると、ルリアが大きなため息を吐いた…。

「はぁ~、エルレイはアルティナの事が心配なんでしょ?」

「うっ、まぁ…そうかな…」

一番心配しているのは、アルティナ姉さんの事に違いなはい…。

俺は、アルティナ姉さんに大事にされているし、俺もアルティナ姉さんを大事にしたいと思っている。

ルリアにも、その光景を家で何度も見られているから、隠しても無駄だ。

シスコンと言われようとも、人として大事にされれば、その分だけ返すのが当然の事だろう。

情けは人の為にならず、とはよく言ったものだと本当に思う。

「アルティナを守る方法は知っているわよ!」

「えっ!?どんな方法なのか教えてくれ!」

ルリアが、少し意地の悪そうな笑みを浮かべていたが、何を要求されようとも、アルティナ姉さんが守られるならば構わないと思った。

「そうね、教えてやっても良いけれど条件があるわ!

私にも呪文を教えなさい!」

なるほど…。

ルリアも自分の家の秘蔵の魔法書に興味があるのか。

当然の事だな…。

ラノフェリア公爵が許してくれるかは分からないが、ルリアになら教えても問題無いだろう。

恐らくラノフェリア公爵も、ルリアがその様な行動に移る事は予想済みだと思う。

「分かった。呪文を教えるから、アルティナ姉さんを守る方法を教えてくれ」

「いいわよ。リリーから説明して貰いなさい!」

「えっ!?リリーも知っているの?」

「はい、僭越ながら私からご説明させて頂きます。

と言っても、難しい事ではありません。

エルレイ様が私に行った事を、アルティナ様にも行えばよいだけの事です」

「あっ…」

なるほど…アルティナ姉さんにも、身を守れる様に魔法を教えればいいだけの話だな…。

そんな簡単な事に気が付かないとは、情けなくなってくるな。

ルリアは笑顔で紅茶を飲んでいるし、リリーも心なしか笑っている様な気がする。

でもこれで、ラノフェリア家秘蔵の魔法書を何の憂いも無く読める事になったな!

俺も自然と笑みがあふれ出してくるみたいだ。

気持を落ち着かせるために、紅茶に手を伸ばして、ゆっくりと味わって飲む事にした。


それから少し、他愛もない話題でルリアとリリーと話していると、メイドが夕食の準備が整ったと知らせに来てくれた。

「エルレイも一緒に行くわよ!」

「えっ、俺も?」

「私の婚約者なのだから当然でしょ!」

「は、はい…」

正直、公爵家が集まる食事に参加したくは無いのだが、ルリアに恥をかかせるわけにもいかないか…。

俺は大人しく、ルリアと一緒に食堂へと向かって行く事になった。


「あら、田舎の男爵家に行った貴方が、どうしてここに居るのかしら?」

「……」

廊下を歩いていると、ルリアにこの家のお嬢様だと思われる女性から声を掛けられたが、無視して歩いて行こうとする。

「ちょっと待ちなさいよ!田舎暮らしで姉に対する挨拶も忘れたのかしら?」

「…マルティナ姉様、お久しぶりです」

ルリアは嫌々足を止めて向き直り、挨拶をしていた。

「お久しぶり。もう二度と帰って来なくても良かったのに…それで、そっちの田舎臭い子が貴方の婚約者なのかしら?」

「そうよ…」

「初めまして、エルレイ・フォン・アリクレットと申します」

「ふーん…」

マルティナは、俺を上から下まで値踏みするような感じで見て来た…。

「普通以下ってところね。あなたには良くお似合いよ!おーほっほっほっ!」

俺の顔が普通以下なのは自覚しているが、ルリアを馬鹿にされたのは少し頭に来た。

すこし、言い返してやろう!

そう思って口を開こうとした所、ルリアが俺を睨んで来たので黙る事にした…。

「マルティナ姉様、家族を待たせるわけにはいきませんので、これで失礼します」

「そうね。一番下の貴方は先に行って待っていなさい!おーほっほっほっ!」

ルリアは軽く頭を下げて、少し急ぎ足で歩き始め、俺も遅れないように続いて行く。

ルリアに声をかけた方が良いか迷ったが、ルリアの怒りに満ちた表情を見て沈黙する事にした…。

今下手な事を言ったら、殴られるのは間違いないだろうからな。

ラノフェリア家の夕食に参加するのが、今からかなり不安になって来てしまった…。

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