第十九話 ラノフェリア家秘蔵の魔法書 その一
「ルリアお帰り。エルレイ君も、よくやって来てくれた」
「お父様、ただいま戻りました」
「ラノフェリア公爵様、お招きいただき光栄です」
挨拶が終わり、ラノフェリア公爵が正面のソファーに腰掛け、俺に座るように言ってくれた。
ラノフェリア公爵はルリアに笑顔を向けていたが、俺に向ける視線は鋭いものだった。
俺がルリアの婚約者として相応しいのか、見定めているのかもしれない、
先程、ルリアに失言してしまったのと同じ失態を起こさないように、注意しなくてはならないな。
「さて、随分と早かったものだが、空を飛んで来たのかね?」
「はい、お父様!エルレイのお陰で、私も上級魔法を使いこなせる様になりました」
「ほう、それは良かった。ルリアをエルレイ君に預けて正解だったな」
ルリアが俺を持ち上げてくれた事で、ラノフェリア公爵が俺に向けてていた視線が和らいだ気がする。
ルリアがその様な発言をするとは思っていなかったが、感謝をしなくてはならないな。
「いいえ、僕はルリアお嬢様に少し教えただけで、上達したのはルリアお嬢様の才能による所が大きかったと思います。
それに、ルリアお嬢様はとても真面目で努力を怠らず、教える側としては楽をさせて貰いました」
「そうかそうか!」
俺がルリアを持ち上げた事で、ラノフェリア公爵は笑顔を浮かべてとても満足している様だった。
実際に、ルリアの才能は素晴らしいものがあったし、本当に努力を惜しまなかったのだから、上達出来て当然の結果だったと思う。
この結果で、ラノフェリア公爵が俺に秘蔵の魔法書を読ませてくれたのなら、当分ルリアに頭が上がらないのは間違い無いな。
「ルリア、エルレイ君は見事に私との約束を果たしてくれたと言うわけだな?」
「はい、お父様!」
「ならば、私も約束を果たさねばならぬな!」
ラノフェリア公爵は、テーブルのベルを手に取り軽く鳴らした。
すると、奥にあった入口とは違う扉から、執事が黒い四角なトレーを持って入室してきた。
トレーの上には、一冊の古ぼけた本が乗っていて、執事はラノフェリア公爵の横に膝を付いてトレーを差し出し、ラノフェリア公爵が古ぼけた本を手に取った。
「これが、我がラノフェリア家に代々伝わる秘蔵の魔法書だ」
「それが…」
やっと俺が求めていた魔法書が目の前にある!
どんな魔法が書かれているかとても楽しみだ!
手に取って早く読みたい所だが、ラノフェリア公爵が渡してくれるまで取る訳には行かない。
ぐっと我慢して、ラノフェリア公爵の言葉を待つ…。
「エルレイ君には、この魔法書を読む前に約束して貰いたい事がある」
「はい、何でも言ってください!」
ラノフェリア公爵はそこで一息つき、真剣な表情で俺に語り掛けて来た。
「一つ、この魔法書は私が指定した部屋以外で読む事や持ち出す事を禁ずる。
当然、書き写す事も許可出来ない。
魔法書を読む際には、必ずこの執事が監視をする。
二つ、この魔法書にはとても貴重な魔法が記されていて、これを読んだ場合様々な危険が伴う事が予想される。
それは、魔法が使えなかった場合も同じだ。
内容を知っている君を拷問にでもかけ、内容を吐かせる様な事をする輩が居ないとも限らない。
その危険は、エルレイ君の家族にまで及ぶ可能性がある。
聡明な君なら理解できるだろう。
そして、この魔法が使えた場合、エルレイ君を利用しようとする多くの者達が近寄って来るだろう。
勿論、私は最大限秘密が漏れないように努力はするつもりだが、完全に防ぐ事は不可能だ。
その危険性を知ってなお、読みたいと言うのであれば、私はそれを拒否はしない。
エルレイ君、どうするかね?」
「少し…考えさせてください…」
「うむ、よく考えて結論を出した方が良いだろう。
長旅で疲れているだろうし、ゆっくりと我が家で過ごしてくれたまえ。
何日かかっても構わないからな」
「はい、お気遣いありがとうございます」
ラノフェリア公爵は、話が終わったという事で退出して行ってしまった。
「エルレイ、どうするの?」
ルリアが、俺が俯いて考えこんでいる顔を、心配そうな表情でのぞき込んで来た。
「うん、まだ決めきれない。少し一人で考えて見るよ…」
「そう、分かったわ…私は自室に戻っているから、いつでも相談しに来なさいね!」
「ルリア、ありがとう」
ルリアが心配してくれたのは、ちょっと嬉しく思った。
最終的に、ルリアにも相談しないといけないが、今は自分の中の考えをまとめないといけないな。
俺はメイドに先程着替えた部屋に案内して貰い、細やかな細工が施されたテーブルの椅子に座って、考えをまとめる事にした…。
ラノフェリア公爵が言った言葉は、単なる脅しでは無いのだろう。
本当に俺や家族に危険が迫って来ると考えた方が良さそうだ。
両親や兄達は自分で何とかしてくれるだろう。
ルリアは俺が傍に居れば守ってやれるし、不意を突かれさえしなければ、ルリア自身で身を守る事は可能だろう。
問題は、アルティナ姉さん、セシル姉さん、イアンナ姉さんだな。
この三人を人質に取られた場合、俺はどうする事も出来ないだろう…。
そして、魔法を教えろと強要された場合、これを否定し、三人を見殺しにする覚悟が俺にあるのかと、ラノフェリア公爵は暗に言っていた。
今の俺にその覚悟は無い…。
どんな魔法なのかは分からないが、これほど警告して来る魔法だから、誰もが欲しがる魔法なのは間違い無いのだろう。
例えば、死者蘇生とか、若返りの魔法とか考えられる…。
正直に言って、未知の魔法が欲しくてたまらない…。
しかし、家族の命を天秤にかけるとなると、やはり躊躇してしまう。
俺は、今ある魔法だけでも十分生活していく事は可能だと思う。
どんな仕事に就くかはまだ決めていないが、飛行魔法を使って輸送の仕事とか需要がありそうだ。
たまに父に頼まれて、アリクレット男爵領内の人の怪我や病気の治療も行った事がある。
王国内を移動しながら治療して周る治療士とかも良いかも知れない。
安定な仕事を求めるのであれば、アンジェリカの様な家庭教師でもやって行けると思う。
ただし、このままルリアと結婚した場合、それなりに稼がなくてはいけないのは間違いない。
ラノフェリア公爵家の宮殿とかは無理だが、父の屋敷くらいを用意しないと不味そうだ。
考えがそれてしまったな…。
初心に帰って見よう…。
女神クローリスにお願いして、この世界に転生した理由は、魔法を使ってゆっくりと過ごしたいと言うものだったはずだ。
そうであれば、危険を冒さず安全な方を選ぶべきでは無いのか?
いやいや、魔法を楽しむために転生して来たのだから魔法書を読むべきだし、近寄ってくる敵はすべて排除すればいいだけの事だ!
家族の命が失われても良いと言うのか!?
失われる前に敵を殺せばいいんだよ!
俺の中で、天使と悪魔が囁いて来る…。
どちらの選択をしても、後悔しそうな気がする…。
「どうすればいいんだ…」
ラノフェリア公爵家の秘蔵の魔法書が手に届く所にあると言うのに、それを読む事が出来ないなんて…。
ラノフェリア公爵は、最初から読ませないつもりで脅して来たのか?とさえ思えてきてしまう。
しかし、あの時の表情からは、そんな意図は感じられなかった。
真剣に、俺の事を心配して言ってくれている、と思えたからな。
うーむ、いくら悩んでも結論は出て来ない様な気がする。
婚約者のルリアの意見も聞いて見ないといけないな。
俺は椅子から立ち上がり、メイドを呼んでルリアの部屋へと案内して貰う事にした。
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