第十七話 ラノフェリア公爵家へ その三
翌朝、ふかふかのベッドで目を覚ました俺は、素早く着替えて寝室から出て行った。
ルリアとリリーはまだ寝ていたが、目を覚ました時に俺が居ない方が良いだろうからな。
昨日は街を見る余裕が無かったから、この時間を利用して外に出て見ようと思う。
「おはようございます」
「おはよう」
部屋から出ると、廊下で待機していたメイドから挨拶をされた。
何時呼び出されても対応出来るようにと、一晩ここに待機していたのだろう…。
しかしメイドは、疲れた表情を見せる事無く、笑顔を向けてくれているから、こちらも自然と笑顔になってしまうな。
「何かご入用でしょうか?」
「いや、ちょっと外に散歩に行こうと思っているだけです」
「散歩でございますか…護衛の者をお呼びいたしますので、少々お待ちください」
「あっ、いや、近くを歩いて来るだけだから護衛は必要ない」
「そうでございますか?この周辺は比較的安全でございますが、絶対とは言えません。
お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「うん、ありがとう」
メイドと別れて階段を降り、宿屋の外へとやって来た。
「良い気持ちだ」
俺は背伸びをして、朝の少し冷たい空気を胸いっぱい吸い込んだ。
アリクレット男爵領は田舎だったし、治安が悪いという事は無かった。
大きな街ともなると、悪人が居たりするんだろうな。
そうで無ければ、メイドがあれほど注意するはずも無いか…。
石畳の道には、朝早い時間だと言うのに、荷物を載せた馬車が結構な数行き来していた。
朝だから多いのかもしれないな。
丁度宿屋の裏手の方に、野菜を乗せた馬車が入って行くのが見えた。
俺達が食べるの朝食の食材だったりするんだろう。
そういえば、ここの支払いが幾らになるのか確認していなかったな…。
今更焦った所でどうにもならないし、お金が足りる事を願うしか無いか…。
宿屋の周囲を散策してみたが、特に危険な場所や怪しい人なんかを見かける事は無かった。
メイドが言った通り、安全だという事だな。
宿屋へと戻り、階段を上って部屋へと戻って来た。
「エルレイ!どこに行ってたの!!」
部屋に入ると、仁王立ちしたルリアが俺を睨みつけて大激怒していた…。
「ちょっと散歩に…」
そこまで言った所で、ルリアがどかどかと俺の前まで歩いて来て、力強く握りしめた拳で思いっきり殴って来た。
「ぐっ…」
非常に痛い…。
避けると、さらに悪化するので素直に殴られたが、涙が出そうなくらい痛い…。
口の中は切れていて、血の味がしている。
治癒魔法を使えばすぐに治るが、俺が反省したとルリアが納得しない内に使うとまた殴られるから、ぐっと痛みを我慢する…。
散歩に行ったくらいで激怒する事も無いだろうと思うが、ルリアとしては怒る理由があるのだろう。
ルリアが暴力を振るう時は、一番最初を除いて、ちゃんとした理由がある。
だから、ルリアの話を聞いて見ないといけないな…。
「ルリア、僕は何か悪い事をしたのだろうか?」
俺は殴られて痛む頬をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。
「何、そんな事も分からないの!」
「う、うん、ごめん…」
「エルレイは、私を誰だと思っているのよ!」
「公爵令嬢で僕の婚約者…」
「そうでしょ!私はいつどこで誰に命を狙われるか分からないのよ!
私の婚約者だと言うのであれば、常に私を守っていなさい!いいわね!!」
「うん、分かった…今後二度とルリアを一人にするような事はしないと約束する!」
「ふんっ!」
ルリアは、俺が約束した事で納得したのか、後ろに振り向いて俺から離れて行き、勢い良くソファーに座っていた。
まだ怒りが完全に治まった訳では無い様だが、取り合えず俺が殴られる事は無さそうだ…。
しかしそうか…。
昨日、街の入り口で馬車を持って来させたのも、風呂の前で俺を待たせていたのも、いつ襲ってくるか分からない敵に備えていたからなのだな。
男爵家三男には縁のない話なのだが、ルリアにとっては常に敵の襲撃に備えていなくてはならないのだな。
ルリアの婚約者として守っていなかったのだから、殴られて当然だな…。
それに、ルリアが俺を婚約者として見ている事が分かったし、ルリアには俺は家族を守ると言ったからな。
しっかりと守って行かなくてはならない!
「エルレイ様、私が治療致しましょうか?」
「いやいい、俺が悪かったのだから暫くはこのままでいる事にするよ」
リリーが心配して声を掛けてくれたが、今日は治療しないでおこうと思う。
お陰で、朝食を食べる時に思いっ切りしみたし、メイドから憐れむような視線を向けられたりもしたが、これは俺が受けるべき当然の罰なのだから我慢して食べた。
「ルリアお嬢様、またのお越しをお待ちしております」
俺達は、宿屋が用意してくれた馬車に乗り込んで、ラノフェリア公爵家に向けて出立する事となった。
ちなみに、宿屋の宿泊費は必要無かった。
俺がお金を支払おうとしていると、ルリアに止められたからな。
「お父様が出資しているから払う必要は無いわよ!」
大きな街にある貴族用の宿屋は、貴族達がお金を出し合って維持しているそうだ。
貴族が宿泊するのは年に数回しか無いし、一般の人達を泊める訳にはいかないからな。
父の様な身分の低い貴族は出資していなくて、お金を支払わないといけないらしい。
父も、ルリアが居るから不要だと思ってはいたのかも知れないが、念の為に渡してくれたのだろう。
俺達は街の外で馬車を降り、俺はリリーを昨日と同じ様に抱きかかえて、ルリアと共に飛び立った。
「エルレイ様、大きく腫れあがっておりますが、痛くないのでしょうか?」
「いや、痛いよ…」
俺に抱きかかえられたリリーは、俺の腫れあがった頬を心配そうに見つめていた。
「いつまでそうしているのよ!」
「俺が悪かったのだから、今日一日はこのままでいようかと思っている…」
ルリアも、一応心配してくれているのだろうか…。
「そう…でも、お父様の前にその顔で出られても困るわ!リリー、私が許可するから治療してやりなさい!」
「分かりました」
ルリアが許可した事で、リリーが俺の腫れあがった頬の治療をしてくれた。
急激に痛みが引いて行くと同時に、なんだか心まで癒されている様な気がする…。
やはり、リリーの治療は俺なんかのより、数段優れているのが良く分かる。
それに、リリーには最初から無詠唱を教え込んだから、上達も早かったんだよな…。
「もう痛い所はございませんか?」
「うん、リリーありがとう!」
治療してくれた感謝の印としてリリーの頭を撫でてやりたい所だが、生憎手が離せない状況だから、笑顔で応えてあげた。
リリーも、俺に笑顔を返してくれている。
うん、リリーは、やはり妹として大事にしてあげたいと言う可愛さがある。
ルリアから、リリーを俺のメイドとして譲って貰いたい所だが、二人の仲を考えると無理そうだよな…。
まぁ、俺がルリアの婚約者で居続けられれば、リリーも傍に居てくれるので、それで我慢するしか無いだろう。
何度か休憩を挟みながら飛び続け、お昼頃には、ラノフェリア公爵家の領地へと辿り着く事が出来た。
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