第十六話 ラノフェリア公爵家へ その二

「エルレイ降りるわよ!」

「ルリア、ちょっと待って!」

ルリアは俺の制止も無視して、エールトリーの街の門の前へと降り立った。

仕方なく俺もルリアの隣へと降り、抱いていたリリーを横に降ろす…。

いきなり街の門の前に上空から降りて来たものだから、門を守っていた警備兵達が警戒し、武器を構えて俺達の近くまでやって来て警告してきた!


「何者だ!魔法を唱えようとすれば、容赦なく斬り捨てる!」

当然こうなるよね…。

街の上空は、基本的に飛行魔法を用いて飛んではいけない事になっている。

そんな事を許可すれば、悪意を持った魔法使いが上空から攻撃し放題になるからな。

警備兵に魔法使いが居ない事も無いけれど、上級の魔法を使える魔法使いは多く無いから、どの街にでも居ると言う事は無いだろう。

つまり、上級の飛行魔法を使って降りて来た俺達は、街の警備兵からすれば脅威とみなされる。

見た目は十歳の子供だけれど、魔法の威力に年齢は関係無いからな…。

ルリアは、一応街の外に降りたのだから問題無いとでも思っているのだろう。

武器を構えている街の警備兵達に恐れもせず、胸を張って堂々と立ち、警備兵を睨みつけている…。

何か問題になる前に、俺が警備兵達に説明した方が良いだろう。


「あの…」

「ルリア・ヴァン・ラノフェリアよ!街の中に通しなさい!」

俺が警備兵達に説明しようと声を出した所で、ルリアが大きな声で名前を告げた。

その効果は絶大なもので、警備兵達は慌てて構えていた武器を下げて、ルリアの前から横に避けて背筋を伸ばして一列に整列した。

「ラノフェリア公爵様の御令嬢とは知らず、大変失礼致しました!

どうぞ、お入りください!」

「ふんっ!気が利かないわね!馬車を用意しなさい!

今日は宿に泊まりに来ただけだから、ハイド侯爵に知らせなくて結構よ!」

「はっ、すぐに馬車をご用意いたします!少々お待ちくださいませ!」

警備兵達数名が馬車を用意するため、慌てて門の中に入って行った…。

ラノフェリア公爵の威光は凄い物だな。

十歳の女の子が相手とは言え、大の大人が対応を間違えないようにと、顔を引きつらせて緊張しているのが良く分かる。

ルリア自身に力は無くとも、ルリアがラノフェリア公爵に言えば、警備兵達の首が飛ぶのは間違い無いからな…。

ルリアが公爵令嬢だという事を、改めて実感した…。

しかし、馬車で行くほどの事では無いだろう。

俺としては、初めてアリクレット男爵領から出たので、街の様子なんかも見て回りたかった。

今からでも、歩いて行くようにルリアを説得して見ようと思う。

「ルリア、馬車なんか用意して貰わなくても良かったんだけれど…」

「馬鹿ね、歩いて行ける訳無いでしょ!」

「いや、別に歩いて行くくらい問題無いし、街を見て回りたいんだけど…」

「駄目よ!黙って私の言う通りにしなさい!」

「う、うん…」

ルリアから激しく否定されてしまい、これ以上意見を言う事は出来なかった…。

納得は出来ないけれど、こういう時のルリアは何を言っても意見を変える事は無いのは、この半年の付き合いで分かって来ている。

俺も大人しく馬車の到着を待つ事にした…。

暫くして馬車が到着し、俺達は馬車に乗り込んで真っすぐ宿屋へとやって来た。

宿屋は俺の家より豪華な建物で、白い外壁で作られた建物は、尖塔が無いお城といった感じだ。

馬車が宿屋に着くと、宿屋から従業員が一列に並んで出迎えてくれていた。

ルリアは、従業員が並んでいる横を、堂々と歩いて宿屋の中に入って行く。

俺もルリアに置いて行かれないようにと、リリーと一緒にルリアの後ろへと着いて行く…。


「ルリアお嬢様、ようこそおいで下さいました」

「一日世話になるわ!」

宿屋の中に入ると、執事風の服装に身を包んだ老紳士がルリアに声を掛け、ルリアが一言言っただけで、俺達は豪華な部屋に通された。

「すぐに入浴の準備を致しますので、それまでお寛ぎください。

御用の際には、ベルを鳴らしてお呼びください」

「分かったわ!」

「失礼致します」

老紳士が退出し、豪華で広い部屋には俺達だけが残された。

ルリアはソファーに座り、リリーが紅茶の用意を始めた…。

俺はあまりの出来事にぼーっと立ちすくみ、豪華な部屋を見回しながら一泊幾らするのだろうかと、お金の心配をしていた…。

置かれている調度品の一つ一つが、俺の家にある物より数段高そうに見える。

一応、父からお金を預かって来たけれど、この高そうな部屋の支払いに足りるとは思えなかった…。

いや、父はルリアと一緒の旅だと知って上でお金を渡してくれたのだから、多分足りる筈…。

明日の支払いが少し怖いが、今更宿泊しないとは言えないし、ルリアがそれを許さないだろう…。


「エルレイ、いつまで立っているのよ!早く座らないとリリーが困るっているでしょ!」

「あ、あぁ、リリーすまない…」

いつの間にか、リリーは紅茶の準備が終わっていて、俺がソファーに座るのを待ってくれていた。

俺がルリアの正面へと座ると、リリーが紅茶を用意してくれた。

リリーが淹れてくれた紅茶から、いい匂いが漂って来る。

俺はカップを手にして、リリーが淹れてくれた紅茶を飲んで落ち着く事にした。

「リリーも座りなさい」

「はい、失礼します」

リリーは、自分用の紅茶を用意してルリアの隣に座る。

ルリアとリリーは、他の人達が居ない場所では姉妹の様に仲良くしている。

俺の前でも気を使わないようになったのは最近の事だが、ルリアが俺を婚約者だと認めてくれた証拠だと思っている…。

まだ、ルリアから直接認めたとは言われてはいないし、聞いてもいない…。

聞けばルリアの事だから、認めていないと言われそうなんだよな…。

でも、いい加減はっきりさせておいた方が良い様な気がしている。

最初は秘蔵の魔法書に釣られた形で婚約したが、今ではルリアとの結婚を真剣に考えて来ている。

しかし、ルリアの事が好きになったと言うのではない。

俺は十歳のルリアに恋心を抱くほど、ロリコンでは無いのだからな…。

では何故かと言うと、無詠唱を使いこなせるようになってきたルリアを、手放したくは無いと言うのが一番の理由だ。

ルリアがこのまま魔法の訓練を続けて行けば、間違いなく攻撃力と言う一面においては、俺以上の魔法使いになるだろう。

将来、ルリアと魔法勝負をすれば、敗北するのは俺になるかもしれない…。

だからこそ、ルリアと結婚して身の安全を確保したいところだ…。


「エルレイ!ちょっとエルレイ聞いているの!?」

「あいたっ!」

俺が考え事をしていると、いつの間にか俺の隣に立っていたルリアから頭を叩かれてしまった。

時折、ルリアから暴力を振るわれるのは変わっていないが、ルリアが暴力を振るう時は俺が悪い事が殆どだからな。

今回も、話を聞いていなかった俺が悪い…。

「ごめん、何か用なのかな?」

「お風呂に入るわ!エルレイはお風呂の前で待機していて頂戴!

覗いたら殴るわよ!」

「う、うん、分かった…」

俺はルリアとリリーの後に着いて行き、広い部屋の奥にある風呂の前で立たされることとなった…。

お風呂くらい勝手に入ればいいのに、なぜ俺が風呂の前で待機していないといけないのだろうか?

うーむ、分らん…。

覗いて欲しく無いのであれば、ソファーの場所から動くなとか、部屋から出て行けとか言えばいいのにな。

風呂の方からは、ルリアとリリーの楽しそうに話している声が聞こえてくる。

暇だな…。

外に出て行って街の様子を見て回りたいが、ここから動くとルリアが怒るのは間違いない。

ルリアが出て来るまで、大人しく待っているしかなさそうだな…。

ゆっくりと時間をかけて風呂から上がったルリアは、俺が扉の前に居た事を確認し、俺にも風呂に入るように言って来た。

言われなくても入らせて貰うけれど、早く上がれとはこれ如何に…。

風呂くらいゆっくり入りたかったが、街に出掛けたかったから急いで入る事にした。

風呂から上がると、部屋にはメイドが数人入って来ていて、夕食の準備をしてくれていた。

今日は街には出て行けそうに無いな…。

明日の朝、街を見て回れる時間くらいはあるだろう。

俺は諦めて、豪華な夕食を楽しむ事にした…。

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