第十五話 ラノフェリア公爵家へ その一

ルリアの婚約者になってから半年が経ち、俺は十歳になっていた。

ルリアの誕生日はもう少し先の事らしいので、今は同じ歳となる。

それと、リリーも十歳の誕生日を迎えたため、三人共十歳という事になる。

だからと言って特に何も無いんだが、ルリアが同じ歳ね!と強調して言っていたので、年上なのを気にしていた様だ。

しかし、俺は転生していて、中田 真一として二十数年、エルレイとして十年過ごしている為、中身は三十越えのおっさんだ…。

ルリアに気にするなと言いたい所だが、転生した事を言える訳無いよな…。

どうせ信じて貰えないだろうし、話す利点も無いよな。

転生した秘密は、墓まで持って行こうと思う。


戦争に関してだが、父の下にヴァルト兄さんから毎日のように情報が届けられてきている。

父から教えられて貰った話によると。

アイロス王国側の主要砦の一つ、グリバス砦にアイロス王国軍が集結しつつあり、アリクレット男爵領と国境を隔てて隣接するエーベルト男爵領にあるシュロウニ砦には、アイロス王国軍の先遣隊と傭兵が集まって来ており、二、三週間以内には攻め込んで来るのでは無いかという事だった。

戦争になんて参加したくは無いが、家族を守るために覚悟を決めておかなくてはならないな…。

そんな折、父から話があると父の執務室へと呼び出された。


「エルレイ、ラノフェリア公爵様から手紙が届き、至急ルリアお嬢様を連れて来て欲しいという事だ」

「こんな時期にですか?」

「こんな時期だからだ!」

なるほど、戦争が迫って来ているこの場所から、愛娘を避難させたいという事だな。

しかし、俺まで行く必要は無いのでは無いだろうか?

「父上、お言葉ですが、僕はこの家に残り家族を守りたいと考えています。

ルリアお嬢様だけを帰すわけには参りませんか?」

ラノフェリア公爵家が何処にあるのかは知らないが、恐らく王都に近い場所にあるに違いない。

馬車で移動したとして、早くて半月は掛かるだろう。

俺とルリアは飛んで行けるから、二日もあれば到着するとは思うが…。

父は俺の返答に、首を振ってこたえてくれた。

「エルレイの気持ちは嬉しいが、ラノフェリア公爵様からお前も来るようにと指示されている。

私達の事なら心配する必要は無い。

王国軍は、すでにこちらに向けて来ている。

敵の先遣隊が攻め込んでくるまでには、到着する予定だ。

ルリアお嬢様を無事に送り届けて来なさい」

「分かりました」

そこまで言われては、俺も断る事は出来ない。

ルリアを送り届けた後、ラノフェリア公爵にお願いして、俺だけでも帰してもらおう。

「これは旅費だ。ルリアお嬢様に不自由させるのでは無いぞ」

「はい」

父は、俺の前にドンッと革袋に詰まったお金を差し出して来た。

いくら入っているのかは後で確認するとして、重い革袋を受け取り、父の執務室を後にした。


ルリアと話し合った結果、馬車での移動は止めて、飛んで行く事となった。

ルリアとしても、馬車での長旅をしたくはなかったみたいだ。

「馬車で移動なんて時間の無駄よ!」

俺も全く同じ意見だし、俺とルリアにとっては、初めての飛行魔法を使っての遠出で楽しみと言うのもあったのだろう。

問題は、飛べないリリーをどうするかという事だったが、俺が抱きかかえて飛ぶという事で話は纏まった。

ルリアとしては、リリーを一人残して行けないと言う事で、自分が背負って飛ぶと主張したのだけれど、女の子にはそんな事はさせられないし、まだ飛ぶのに慣れていないルリアでは危険すぎる。

その様な訳で、俺がリリーを抱きかかえて運ぶ事になった。


「エルレイ、何度も確認するが、ルリアお嬢様に危険が及ぶような事は絶対に避けるのだぞ!」

「はい、父上、僕の命に代えてもルリアお嬢様をお守りします」

「うむ、頼んだぞ!」

父は、俺達が飛んで行くと言った時には、力強く反対してきた。

父からすれば、ラノフェリア公爵から預かっている大切なお嬢様だから、ルリアに危険な事をさせる訳にはいかなかったのだろう。

しかし、ルリア自身が飛んで行くと主張したので、渋々了承してくれた。

そして俺に、ルリアを絶対に守る様にと厳命してきた。

俺としても、空を飛ぶ事に慣れていないルリアの事が心配だ。

しかし、そんな事を言っていては、いつまで経ってもルリアの飛行魔法が上達しないからな。

でも、長距離を飛ぶ事になるし、休息を取りながら慎重に行こうと思っている。

「エルレイ、気を付けて行ってらっしゃい」

「はい、母上」

母は、ここ最近酷く疲れている様子だ。

父が戦争で忙しそうにしているし、砦に行っているヴァルト兄さんの事も心配なのだろう。

俺が回復魔法を掛けてあげているから、体調まで崩してはいないが、精神的にはかなり参っている。

魔法が万能だと言っても、心まで癒す事が出来ないからな…。

「エルレイ、俺達の事は心配しなくて良いから、ゆっくり行ってこい」

「はい、マデラン兄さん、出来るだけ早く帰ってきます」

マデラン兄さんは、俺が早く帰って来ると言ったら、苦笑いしながら頭を撫でてくれた。

最悪戦う事になった場合、俺が居ると居ないとでは大いに変わって来る。

マデラン兄さんも、本音では俺に居て欲しいはずだが、ルリアが居るから気を使ったのが分かる。

「エルレイ、早く帰って来てね!」

「はい、アルティナ姉さん」

逆にアルティナ姉さんは、ルリアをなぜだか敵視しているみたいなので、気を使う事をしない。

俺を抱きしめて離れた後も、ルリアを睨みつけている。

恐らく、ルリアが俺を殴った事が気に入らないのだろうけれど、一番最初に殴られた時以外は、ほとんど俺が悪いので仲直りして欲しいものだ…。

「行って来ます」

俺はリリーを抱き上げて、ルリアと共に空へと旅立って行った…。


「天気が良く、見晴らしが最高だね」

「そうね」

「はい、綺麗な景色です」

雲一つなく晴れ渡った空から見る景色は、最高に美しかった。

しかも、俺が抱きかかえているリリーは、落とされないようにと俺の首に両手を回してしがみ付いている。

だから、リリーの顔が非常に近くて、少し恥ずかしそうに頬を染めている表情が非常に愛らしい。

周囲の景色を見ているより、リリーの顔を見続けていたいくらいだ。

リリーと目が合い、リリーが恥ずかしそうに顔を背ける。

あまり見過ぎて嫌われたくは無いので、視線を前に戻して飛ぶ事に集中しようと思う。

途中で何度か地上に降り立ち、休憩を挟む。


「かなり慣れて来たわ」

「それは良かった」

ルリアの飛行魔法は、かなり安定して来ていた。

俺はリリーを抱きかかえているから、真っすぐ飛んでいたが、ルリアは上下左右自由に飛び回って練習していたからな。

そのお陰で、ルリアの飛行魔法は安心して見ていられるようになっていた。

台風並みの強風が吹かない限り、ルリアが地面に落ちる事は無いだろう。

「かなり疲れました…」

問題はリリーだな。

俺が抱きかかえているとは言え、ずっと腕に力を入れてしがみついていれば疲れもする。

自分で治癒魔法を掛けて、筋肉の疲れは取っている様だが、体力の消耗はどうしようもない。

「所でエルレイ、リリーと近すぎるんじゃない?」

「そんな事は無いと思うけど?」

確かに、リリーは俺の傍に居るけれど、今は地上に降りているから抱きあげている訳でも無い。

「リリー、飛んでいる間、変な事をされていない?」

「は、はい、何もありません!」

「そう?変な事をされたらすぐ私に言うのよ。殴り飛ばしてあげるからね!」

「わ、分かりました」

ルリアは、俺がリリーに変な事をしていないか、心配しているだけだったみたいだな。

リリーは可愛いとは思うが、俺はロリコンでは無い。

もう数年すれば、俺も男だし、成長したリリーに手を出すかもしれない…。

でも今は、リリーの事を可愛い妹として、傍に居て守ってあげたいと言う感じだな。

ルリアに言葉で言っても信じては貰えないだろうし、リリーから少し離れる事で信じて貰う他ないな。

その後も、昼食や休憩を挟んで、今日の目的地である、ハイド侯爵領にあるエールトリーの街へと到着した。

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