第十三話 エルレイの魔法実験 その二
「リリー、君は魔法が使えたりするのかい?」
「いいえ、使えません」
「もし魔法が使える様になれるんだとしたら、使って見たいと思う?」
「そうですね…エルレイ様の様に空を飛んでみたいとは思います」
リリーは、ルリアに向けていた視線をこちらに戻して、少し無邪気な子供のような笑みを見せていた。
いいや、実際子供なのだから、この様な反応をするのが普通だろう。
ルリアに仕えるメイドと言う事で、普段は感情を抑えているだけの話だ。
俺も魔法で空を自由に飛び回りたかったから、女神クローリスにお願いして転生したようなものだ。
使って見たいかと問われれば、使いたいと答えるのが当然だな。
しかも、先程俺が飛んで見せた事が、目に焼き付いているのだろう。
リリーも俺に答えた後、少し空を見上げていたからな。
「リリー、君が魔法を使えるかどうか魔力を確認したいのだけれど、構わないだろうか?」
「えっ…そ、それは…」
リリーは顔を伏せて俯き、何か考えているみたいだった。
魔力を確認するくらい考えるまでも無いが、まぁメイドだから遠慮しているのだろう。
俺はそう思って、リリーの膝に置かれている手に俺の手を重ねた。
「エ、エルレイ様、この手は?」
「あぁ、リリーの魔力を見るだけだから、少しじっとしていてくれないかな?」
「えっ!?あ、あの…後ろから…抱き付かなくてもよろしいのでしょうか?」
「あっ…」
リリーが少し赤くなった顔を上げて、不思議そうに俺に尋ねて来た。
リリーが顔を伏せていたのは考えているからでは無く、恥ずかしかったからなのだと、この時気が付いたがもう遅い…。
リリーの目が細められて、俺に非難の視線を向けて来ている…。
不味い…非常に不味い…。
昨日ルリアにずっと抱き付いていたのが、不必要な事だったという事が、リリーに露見してしまった。
それはつまり、ルリアが知る事となり、怒り狂って俺を殴り続けるルリアの姿が安易に想像出来てしまうほどだ…。
どうにか誤魔化したいと思うが、無理かもしれないな…。
俺はルリアに殴られる事を覚悟し、リリーに正直に話そうと思った。
しかし、リリーはスッと立ち上がり、俺に背中を向けてくれていた。
「ど、どうぞ…私の魔力を見てください」
「えーっと、いいの?」
「はい、ルリアお嬢様だけに恥ずかしい思いをさせるわけには参りませんので」
「うん、ごめんね…」
俺は謝罪し、出来る限り優しくリリーを抱きしめてあげる事にした。
リリーはルリアの事を思ってか、それとも俺の事を思ってくれたのかは分からないが、リリーは頭が良く、とても優しい女の子だという事だけは理解できた。
俺は下心を極力抑えて、真面目にリリーの魔力を観察しようと努力をした。
しかし、抱きしめたリリーから聞こえてくる少し早くなった心臓の音や、リリーから香る甘くていい香りが気にならないとは言わない…。
悲しいかな…相手は子供だと分かっていても、抱きしめた女の子から感じられる感触は、男として喜ばしい物なのだと改めて実感した。
気を引き締めなおして、リリーの魔力を観察する。
やはり、初級魔法を使うには少々足りない様だ…。
そこで俺は、初級魔法が使えるくらいの魔力を、リリーに分け与えて見る事にする。
「リリー、今から僕の魔力をリリーに流し込んで見るけれどいいかな?」
「えっと、良く分かりませんが、よろしくお願いします」
「うん、それで、少しでも気分が悪くなるようだったらすぐ言ってくれ」
「分かりました…」
俺の魔力を他人に渡した事など、今まで一度もやった事が無い。
上手く出来るかどうかは分からないが、これだけ密着していれば出来るんじゃないかと思う。
俺はリリーの反応を窺いながら、慎重に少しずつリリーに俺の魔力を流し込んで見る事にした…。
「リリー、どんな感じかな?気分が悪くなったりしていない?」
「はい、気分は悪くありませんが、なんだか体の中が温かくなって行っているのを感じます」
「それは、僕の魔力が入り込んだせいだね」
「この暖かさがエルレイ様の魔力…」
「うん、それでリリー、今から僕が教える呪文を唱えて見て貰えないかな?」
「分かりました」
俺はリリーに、水属性の初級魔法の呪文を教えて唱えて貰う事にした。
水属性を選んだのは、仮に成功したとしても、周囲に被害を与え無いからだ。
リリーが、どの属性を使えるかは分からないので、順番に試して貰うつもりだ。
リリーが呪文を唱えると、リリーの前に水球が作り出され、そのまま地面へと落ちて弾けた。
リリーの足元は、俺が魔法で防いでいたため、水で濡れる事は無い。
一度失敗した事を繰り返すほど、俺は愚かでは無いからな。
「出来ました!」
「うん、おめでとう!」
リリーは、驚いた声を上げていた。
後ろから抱きしめているから、表情が見えないのが残念だが、きっと喜んでいる事だろう!
「エルレイ様…少し…眠くなってきました…」
「大丈夫、僕が抱きとめてあげるから、無理をせずに眠った方が良い」
「もうし…わけ…」
リリーは、魔力切れで眠ってしまった。
力無く眠ってしまったリリーを、しっかりと支えながら足の下に手を回して抱きあげた。
お姫様抱っこって言う奴だな。
このまま、リリーを部屋に運んで行って寝かせてあげたいが、ルリアの許可が必要だろう。
リリーが、穏やかな表情で眠っているのを確認してから顔を上げると、今までで一番恐ろしい表情をしたルリアが俺目がけて駆け寄って来るのが見えた…。
「エルレイ!!!リリーに変な事をしたら許さないって言ったわよね!!!」
ルリアは、今にも俺を殴りそうなほど、拳を握り締めている…。
しかし、今俺を殴ると、抱きかかえられているリリーにも影響が出てしまうので、歯を食いしばって我慢しているみたいだ…。
「う、うん、変な事はしていないし、とにかくリリーを部屋で寝かせたいのだけれど…」
「分かったわ!付いて来なさい!ただし、リリーが眠っているからと言って、変な所触ったら許さないわよ!!!」
「うん、分かった…」
ルリアは、リリーの穏やかな表情を確認し、俺がリリーに変な事をしないか注視しながら歩きだした。
俺は、家の二階にあるルリアの部屋までリリーを運び、ベッドに寝かせた。
リリーは、穏やかな表情で寝息を立てているし、運んで来る間に俺の魔力を送って回復させたから、暫く寝ていれば体調は回復すると思う。
ルリアはリリーの状態を心配そうにしながら確認し、問題が無いと判断したのか、俺の方に向き直って来た。
「エルレイ、廊下に出るわよ!」
「はい…」
リリーを起こさないように、ルリアは俺に聞こえる程度の小さな声で伝えて来た。
その声には怒気が混じっていて、廊下に出れば間違いなく殴られるのが分かる…。
リリーが魔力切れで倒れたのは俺のせいだし、ルリアから殴られるのは仕方が無いと思うが、出来れば痛くない様にして貰えないかと思う…。
ルリアと廊下に出て、部屋の扉を閉めた所で、ルリアの拳が飛んで来た…。
ガツンッ!
俺が廊下に倒れ込んでしまうくらい、思いっきり殴られた…。
非常に痛いが、ルリアの怒りも理解出来るので、暫くは治療せず痛みを受け入れようと思う。
俺が立ち上がると、ルリアは怒気を孕んだ目で睨み付けていた。
「それで、リリーに何をしたのか説明しなさい!」
「はい…」
俺はリリーに魔力を分け与えて、魔法を使わせた事を丁寧に説明すると、ルリアの怒気はだんだんと治まって行った。
「そんなことも出来るのね。それで、リリーの魔力は増えそうなの?」
「それは、明日…いや、数日魔法を使わせて見ない事には分からない…」
「分からない事を、リリーに試したのね!」
「そ、そうです…」
ルリアの怒りが、また湧き上がって来たみたいだ…。
また殴られる!
そう思ったのだけれど、ルリアの怒りは直ぐに治まっていた。
「リリーが魔法を使えたのは嬉しい事だわ。でも、リリーの魔力が増えなかった時にはまた殴るから覚悟してなさい!」
「は、はい!」
「私はリリーの看病に戻るわ」
「僕も…」
「結構よ!」
俺もリリーが心配だったから傍に居てあげたかったのだが、ルリアから拒否されてしまった。
そうだな。
男性が女性の寝室に、しかも寝ている所に居て待っているのは褒められた事では無いか。
リリーの事はルリアに任せて、俺は魔法の訓練をしに向かって行った。
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