第十二話 エルレイの魔法実験 その一
俺は、ルリアから離れた場所で椅子に座って見ているリリーの所へとやって来て、リリーの隣に腰掛けた。
「リリー、魔法書を貸して貰えるかな?」
「はい、どれになさいますか?」
「上級風属性魔法書からだね」
「畏まりました」
リリーは脇に置いている大きめの鞄を膝に乗せて開き、鞄の中から上級風属性魔法書を取り出して俺に渡してくれた。
これでやっと俺は空に飛びだす事が出来る!
焦る気持ちを押さえ込み、上級風属性魔法のページをめくって行った…。
上級風属性魔法は範囲攻撃に特化していて、この訓練場で唱えられる魔法は無いな…。
でも今は、空を飛ぶ魔法だけで十分だから、その呪文だけ暗記して使って見ようと思う。
俺は上級風属性魔法書を閉じ、リリーに手渡して立ち上がり、リリーから少し離れた場所へと移動した。
「す~は~」
俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせ、覚えて他の呪文を唱える事にした。
「自由気ままなる風よ、我が満ち溢れる魔力を糧とし、吹き荒れる風で我が身を包み込み、大いなる大空へと我を導き、我に自由を与え賜え、フライ」
俺の周囲に風が吹き荒れ、その風が俺を包み込んだかと思うと、ゆっくりと俺の体が持ちあげられていった。
「やった!」
ゆっくりと離れて行く地面を見ながら、歓喜に震えていた。
上級風属性魔法書に書かれてあった通り、進みたい方向に意識を向ける。
「おぉ、自由に飛んでいる!」
進む方向を変える度に、魔力を少しずつ持って行かれるが、一日飛んでいられるくらいの魔力はありそうだな。
後はこれを無詠唱にして、自在に速度を変えられる様にすれば完璧だな。
俺は一度訓練場へと降り立ち、無詠唱で飛び立とうとしていた。
「エルレイ!ちょっと待ちなさい!」
そこに、ルリアが怒鳴りつけながら近寄って来た。
「ルリア、また分からない事でもあったのかな?」
「そうじゃないわ!エルレイ、私が空を飛べるようになるまで飛ぶのは禁止よ!」
「えっ!?」
「私が貸してあげた魔法書なんだから、いいわね!」
「う、うん…」
ルリアは、俺だけが飛べたことが悔しくて仕方が無かったのだろう。
理不尽な要求だが、ルリアの機嫌を損ねてしまっては、他の魔法書を読ませないと言われかねない…。
それに、間違いなく俺が拒否すると殴って来ただろう。
ルリアの拳を避ける事は可能だが、避けるとより一層機嫌を悪くするに違いない…。
俺は渋々、ルリアの要求を飲むしかなかった…。
しかし、空を飛べなくなると言う事は、他の上級魔法も使えない可能性が高い。
殆どの上級魔法が、広範囲に影響を与える魔法だろうと思うから、この訓練場で使うには狭すぎる。
飛んで行って、広い場所で魔法を使おうと思っていたのが出来なくなったな…。
でも、魔法書を読んで、呪文を覚えるくらいはしておいた方が良さそうだな。
ルリアも無詠唱で魔法を使えるようになったから、魔力もすぐに増える事になるだろう。
そうなれば、ルリアも飛行魔法が使えて、俺に許可を与えてくれる事になる。
その時の為に備えておくのは、無駄では無いからな。
俺はリリーの所に戻って、魔法書を読む事にした。
「エルレイ様、おめでとうございます」
「リリー、ありがとう」
俺がリリーの隣に座ると、リリーはこちらに顔を傾けて、少し微笑みながら飛行魔法が使えた事を祝福してくれた。
改めて見ると、リリーは本当に可愛いよな。
メイドだからか、大人しくて控えめな性格で、腰まで伸びた銀の髪が太陽の光をキラキラと反射していて美しく、微笑んだ姿はまるでどこかの国のお姫様の様だ。
婚約者になるなら、暴力的なルリアより、リリーの様な大人しい女の子の方が良かったと思える。
残念ながらその願いは叶わないが、リリーはルリア付きのメイドだから、ルリアとの婚約が解消されない限りずっと付き合っていく事になる。
可愛いリリーとずっと一緒に居られるとと思えば、ルリアとの婚約は悪い話では無いのかもしれない。
そうだな…。
リリーと話をして仲良くなっていれば、ルリアの機嫌の取り方とか、あわよくば弱点なんかも教えて貰えるかもしれないな…。
それと、一つ試してみたい事もあるんだよな。
この家に住む家族と使用人達が持つ魔力量を調べて見たのだが、全員魔力を持っている事が分かった。
では、なぜ魔法が使えないのか?
答えは簡単で、魔力使用量が一番低い初級魔法に必要なだけの魔力量が無いって事だ。
となれば、初級魔法に必要な魔力を他から補えば魔法が使えるのでは無いのか?と思っていた。
リリーと話をするついでに、その事も試せればなと思う。
「リリー、少し聞きたい事があるんだけど良いだろうか?」
「はい、私に答えられる事でしたら構いません」
よし、拒否はされなかった。
当たり障りのない所から話をしていこう。
「リリーはルリアから信頼されているみたいだけど、ルリアに仕えてから長いの?」
「ルリアお嬢様にお仕えしたのは一年前からです」
一年か、ルリアとリリーは同じ年齢くらいみたいだから、そんな物なのかも知れないな。
「ルリアに仕えるのは大変じゃない?」
出会っていきなり殴りかかって来るルリアに仕えるのは、とても大変な事だろう。
簡単な気持ちで聞いて見たのだが…。
「そんな事はございません!ルリアお嬢様はとてもお優しく、いつも私の事を守って下さいます!」
「そ、そうなんだ…」
「あっ、大声を出してしまい、申し訳ございません」
リリーは、力強い目で俺を見据えて、はっきりと大きな声て否定してきた。
俺はリリーの迫力に押され気味になってしまった…。
大人しそうにしているのに、しっかりと自分の意見を堂々と述べて来るとは少し予想外だった。
いいや、そうでなければ、ルリアのメイドは務まらないのかもしれない…。
主が間違った道に進もうとした時に諫める事が出来ないようでは使用人失格だと、ジアールが他の使用人達に言っていた事を思い出した。
そんな事を考えていると、ルリアが怒りの表情を見せてこちらに近づいて来た。
「エルレイ!!リリーに変な事をしてないでしょうね!!」
ルリアは今にも殴って来そうな勢いで、俺を問いただして来た。
「い、いや、何もしていないよ。ただ、リリーと話をしていただけで…」
「リリー、そうなの?」
「はい、ルリアお嬢様」
「まぁいいわ!エルレイ!リリーに変な事をしたら、私が許さないんだからね!」
「うん、分かったよ…」
「ふんっ!」
ルリアはそれだけ言うと、魔法の訓練を行う為に離れて行ってしまった。
「はぁ~、怖かった…」
ルリアが立ち去ってから、俺は大きく息を吐き、心を落ち着かせる事にした。
今もまだ、心臓がどきどきしている。
殴られるのは別に構わないが、いや、痛いのは嫌だが耐える事は出来る。
しかし、怒りの感情をぶつけられるのは、恐怖を感じるものだな…。
「申し訳ありません。私のせいでエルレイ様が怒られる事になってしまいました…」
「いいや、俺が変な事を聞いたのが悪い。リリーが気にする必要は無いよ。
でも、ルリアがリリーの事を大事にしているって事が分かったのは、良かったのかもしれない」
「はい、とてもありがたい事です」
リリーは、とてもいい笑顔でにっこりと笑い、魔法の訓練を続けているルリアを見つめていた。
怪我の功名と言うべきか、ルリアとリリーの関係が分かったのは良かったと思える。
俺もリリーの事を、大事にして行かないといけないな。
最初はリリーを使って、軽く試そうかと思っていたが、本格的に魔法を使えるようになるか試すのも良いかと思った。
なぜなら、ルリアのメイドと言う事で常に傍にいる存在だ。
公爵令嬢のルリアを守ると言う意味でも、魔法が使えた方が良いだろう。
もちろん、本人にその気が無いなら試す事はしない。
その確認を行わないといけないな。
俺はリリーに、魔法を使いたいか聞いて見る事にした。
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