第十一話 エルレイの魔法授業 その二

翌朝、ヴァルト兄さんとイアンナ姉さん、それと、執事のラモンとメイドのヘレネを見送るため、俺は家族と共に玄関へと来ていた。

ヴァルト兄さんは、国境にあるエレマー砦の管理者となる。

管理するのが仕事であって、敵が攻め込んで来ても、ヴァルト兄さんが戦う様な事にはなら無い。

国境を守っているのは、王国から派遣されてきている軍人だし、有事の際には王国軍が防衛の為に駆け付けてくれる事になっている。

それでも、こちらが負ければ、ヴァルト兄さんの身に危険が及ぶのは間違いない。

もしそのような事態になれば、俺はヴァルト兄さん達を助けに行くつもりだ。

戦争に参加する気はこれっぽっちも無いが、アリクレット男爵領を守るためなら全力を尽くすつもりだ。


「ヴァルト兄さん、イアンナ姉さん、お元気で」

「おう、エルレイも頑張れよ!」

「エルレイ君、機会があれば、また試合をしましょうね」

「はい、次は負けません!」

「それは楽しみね!」

ヴァルト兄さんからは頭を撫でまわされ、イアンナ姉さんも一緒になって俺の頭を撫でまわして来た。

お陰で、俺の髪の毛はぼさぼさだ…。

でも、ヴァルト兄さんとイアンナ姉さんからの愛情表現だと思えば、嫌な気はしない。

俺は手櫛で髪を手直ししながら、ヘレネの所に挨拶に行った。

「ヘレネ、今まで色々ありがとう」

「いいえ、エルレイ坊ちゃまは手がかからず楽をさせて頂きました。こちらこそ、ありがとうございました」

ヘレネには、本当にお世話になった。

それに、俺がこの世界に転生して来てからの初恋の相手でもある。

ラモンの妻になってしまったが、今でも好きなのには変わりない。

だから、別れるのは非常に寂しいが、笑顔で送り出してやらなくてはならないな。

「ラモン、兄さん夫婦とヘレネの事を、よろしくお願いします」

「エルレイ様、承知致しました」

他の家族も、ヴァルト兄さん達との別れの挨拶を済ませ、ヴァルト兄さん達は馬車に乗り込んで出発して行った。


兄さん達の結婚式に関連した行事が一通り終わり、やっと通常の生活に戻った。

午前中は剣の訓練となり、昨日の晩に戻って来たアンジェリカから指導して貰う事になる。

当然、ルリアも一緒だ。

今日は動きやすい様にと、袖の短い上着とひざ丈のスカートを着用していて、髪も後ろで三つ編みに編んであって可愛らしい。

ここは、ルリアの服装を褒めた方が良いのか迷う所だ。

素直に喜んでくれればいいのだが、恥ずかしがって殴って来る可能性もある…。

いや、間違いなく殴って来るだろうから、何も言わないのが正解だろう。

でも、剣を教われるという事で、ルリアの機嫌はとてもいい気がする。

一方、アンジェリカはどんよりと沈んでいる…。

ここに帰って来たという事は、お見合いが上手く行かなかったという事だからな。

なにか、元気づけるような言葉をかけてあげたいが…。

公爵令嬢のルリアならば、剣の腕が優れている男性を知っていたりしないだろうか?

駄目元で聞いて見る分には問題無いよな。

俺は、アンジェリカに聞こえない様に注意しながら、ルリアに小声で話しかけた。


「ルリアの知り合いに、剣の腕が優れた若い男性はいないだろうか?」

「いないわ!そんな人がいたのなら、私はここには来ていないでしょうね!」

「な、なるほど…」

そう言えば、ルリアは婚約者を剣でことごとく負かして来たんだったな…。

実に明確な答えだ。

「もしかして、アンジェリカのお相手を見つけてあげたいのかしら?」

「そうなんだけど、田舎者の僕には知り合いなんていないからさ…」

「私の知り合いに、詳しい人がいるから聞いてあげましょうか?」

「それならお願い…」

「その話は本当ですか!?」

俺達の話が聞こえていたのか、アンジェリカがルリアに飛び掛かって来るような勢いで近づいて来た。

「え、えぇ、多少時間がかかるかも知れないわ。それと、好みを教えて貰えない?」

「はい、好みと申しますか、私より強い男性なら年齢が多少高くでも気にしませんので、よろしくお願いします!」

「分かったわ。知り合いにそう伝えておくわね。

アンジェリカ、私はエルレイに勝ちたいから、厳しく鍛えてくれない?」

「はい、全身全霊を持って教えさせて頂きます!」

アンジェリカは、結婚相手を見つけて貰えるという事で、俺の事は放置して、ルリアに付きっきりで剣の指導を始めた。

俺もルリアに負けないように、頑張らないといけないな…。

一人放置された俺は、少し寂しさを感じながらも、一人で剣の訓練を始めて行った。


午後の勉強は全て終わっていて、丸々魔法の訓練に使える。

今日もルリアを背後から抱きしめようとしたら、断られてしまった。

やはり、相当恥ずかしかったのだろう…。

殴られた分の仕返しは、十分出来たという事だな。

「昨日の訓練で、魔力の流れはだいたい分かったわ。

だから、その後を教えて頂戴!」

「分かった。今度は呪文を唱えず、昨日感じた魔力の流れを再現しつつ、火の矢を頭の中に思い浮かべながら魔力を体の外へと放出して火の矢を作り出す。

火の矢が上手く作れたら、今度は魔力を再び送り出して、的へと向けて飛ばす。

最初は上手く行かないだろうから、火の矢を作り出す所までやって見てくれ」

「やって見るわ!」

ルリアは真剣な表情で集中し、眉間にしわを寄せながら、魔力を体外に放出させ、見事に火の矢を作り出していた…。

「出来たわ!」

「凄いな!」

いや…一度でそこまで出来るとは、正直思っていなかった…。

もしかして、ルリアは俺より才能があるのかもしれない。

ルリアはその後も、火の矢を作り出す事には成功していた。

しかし、飛ばす事が出来ないみたいで、俺に文句を言って来た。


「エルレイ、黙って見ていないで教えなさいよ!」

「そうだな…もう一度呪文を唱えて、火の矢が出来た後の魔力の動きを確認してはどうだろう?」

「そうね、やって見るわ!」

ルリアは何度か、呪文を唱えては無詠唱を繰り返し、ついに、火の矢を的に向けて飛ばす事に成功した。

「意外と簡単だったわね!」

ルリアは、勝ち誇った表情で俺を見て来た。

実際、ルリアは凄いと思うし、俺は落ち込んでしまった…。

無詠唱は、女神クローリスが俺だけに与えてくれた技術では無く、誰にでも修得できる技術だと言う事が分かったからだ…。

特別だったのは、四属性が使える事だけだったんだな。

それだけでも、十分すぎるほど優遇されているのは間違いない。

ここは素直に、ルリアを褒めておく事にしよう。

「ルリア、一日で無詠唱を修得できるとは思っていなかったよ。

ルリアはとても才能があるんだな」

「ふふん、当然ね!」

「他の魔法も、無詠唱で使える様に訓練を続けてくれ」

「えぇ、そうするわ!」

俺が褒めた事で、ルリアは上機嫌で魔法の訓練を始め出した。

さて、これで俺の魔法の訓練に集中できるな。

俺はルリアの傍を離れて、ルリアから預かった、四冊の上級魔法書を読む事にした。

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