第十話 エルレイの魔法授業 その一
「エルレイ、先程の試合はわざと負けたの?」
「いいや、イアンナ姉さんは強かったよ」
「そう…イアンナから剣を教わろうかしら?」
「それは無理だね。イアンナ姉さんは、明日にはヴァルト兄さんとこの家を出て行く事になっている。
その代わりと言っては何だけれど、僕の教師役のアンジェリカさんが明日には戻って来るはずだから、アンジェリカさんから教わると良いと思う」
「分かったわ」
ルリアは、どうしても俺に勝ちたいみたいだ。
その気持ちは分かるが、そう簡単に負けてやるつもりは無い。
そう言えば、アンジェリカは戻って来るのだろうか?
兄さん達の結婚式に合わせて、実家に見合いのため戻っている。
そのお見合いが上手く行けば結婚という事になり、ここには戻っては来ないだろう。
俺としては、まだまだ剣を教えて貰いたいから戻って来て欲しいが、お見合いが上手く行って欲しいとも思っている。
もし、アンジェリカが戻って来なかった場合は、別の教師役を雇ってくれるはずだろう。
「ルリア、これから魔法を教えて行くのだけれど、中級までは出来るんだったよね?」
「そうよ。上級の呪文を唱えて見たけれど、魔力が足りなかったわ…」
「じゃぁ、魔法を使って魔力を増やして行かないといけないな」
魔力を増やすためには、毎日出来るだけ多くの魔法を使って、体内の魔力を消費して行かなければならない。
俺も楽に増やす方法が無いかと探してみたけれど、結局見つからず、毎日地道に魔法を使って増やして来たからな。
ん?今ルリアは、上級の呪文を唱えて見たと言ったよな?
つまり、ルリアは上級の魔法書を持っているか、そうで無くても呪文を覚えているかも知れない。
公爵令嬢のルリアなら、上級魔法書くらい持っていても不思議では無いな。
ルリアに頼んで、上級魔法書か呪文を教えて貰う事にしよう。
「ルリア、上級魔法書を持って来てはいないか?もしくは呪文を覚えていたりはしないだろうか?」
「持って来ているけど、何に使うの?」
よし!流石公爵令嬢!
「もしよかったら、僕にも読ませて貰えないだろうか?」
嬉しさのあまり、何も考えずにルリアに要求してしまったのを、少しだけ後悔する事になった…。
「そうね…読ませてあげても良いけど、条件があるわ!」
ルリアは良い事を思いついた!といった感じで笑みを浮かべていた。
しまった…また奴隷とか言われるのかも知れないな…。
それだけは避けたい所だ。
「えーっと、奴隷以外の条件でお願いします…」
「そんな事言わないわよ!私にも呪文を唱えないで魔法を使う方法を教えなさい!
教えてくれるなら、上級魔法書を読ませてあげるわ!」
「うっ…」
そう来たか…。
出来れば教えたくは無かったが、ラノフェリア公爵の言う一流の魔法使いとは、無詠唱も含まれている様な気がする…。
ルリアに魔法を教えてくれと頼まれた時点で、ある程度覚悟はしていたが、秘密をばらまかれたくは無いな。
「ルリア、教えても構わないが、絶対に他人に話さないと約束してくれ。ラノフェリア公爵様であってもだ!」
「分かったわ、約束するから教えなさい!」
「それとあの子、リリーにも教えたくは無いから、出来れば他の所に行っていて貰いたんだけど…」
俺は、ルリアの傍に控えているメイドのリリーを、遠ざける様にお願いしてみた。
「リリーは、私が一番信頼しているから問題無いわ!」
「そ、そう…」
だけど、ルリアは少し怒った表情を見せて、俺を睨んで来た。
ルリアにとってリリーは、仕えるメイド以上の何かがあるのかもしれないな…。
今の俺では、それが何だかは分からないが、ルリアがリリーを大切にしている事だけは分かった。
「なに?私の言う事が信じられないとでも言うのかしら?」
「いや…わかった、ルリアを信じるよ」
こうして俺は、上級魔法書と言う餌をぶら下げられて、ルリアに無詠唱を教えて行く事となった。
「ルリアは、どの属性が使えるんだろうか?」
「火と風よ!」
ルリアは火と風か…。
ルリアが怒りに任せて、周囲を焦土と化しているイメージが脳裏に浮かんで来た。
ルリアに無詠唱を教えるのは、かなり危険な感じがして来たが、今更教えないとは言えないな…。
俺がきちんと教え込んで、ルリアが暴走しないように手綱を握る必要がありそうだけれど、自信は無いが努力しないといけないな。
「そう言えば、エルレイは全部使えるんだったわね」
「なぜかね…」
俺が転生し、女神クローリスのお陰で四属性使える事は、絶対に秘密にしなくてはならない。
言った所で信じては貰えないかも知れないけれど、自ら問題になるような事は言わない方が良いと思う。
ルリアから深く追求される前に、魔法の授業を始めるとしよう。
「それではまず、ファイヤーアローを使って貰えるかな?」
「ファイヤーアロー?そんな初級の魔法で良いの?」
「うん、無詠唱を覚えるのには簡単な方がやりやすいからね」
ルリアは、俺の事を信じていないのか、疑いの眼差しを向けて来た。
魔法の訓練として初級魔法を唱えろ、と言われれば、俺でも疑問に思うから仕方が無い事だけどな。
さて、無詠唱を教えると言っても簡単な事では無い。
どの様にして教えて行けばいいのか…。
言葉で説明して理解できるような物でも無いしな…。
やはり、ルリアの魔力を見ながら指導するのが良いか。
「ルリアが魔法を使う時に、ルリアの魔力を見ていたいのだが構わないだろうか?」
「私の魔力を見るとか、そんな事出来るの?」
「あぁ、ルリアに触れていれば出来るな」
「そう…」
っ!
そこで、とても素晴らしい考えが思い浮かんで来た!
殴られた恨みを返すのにも丁度いい!
「ルリアの魔力を見る為に、後ろから抱きしめるからな」
「えっ!?」
俺は有無を言わさず、ルリアを背後から抱きしめた。
「ちょ、ちょっと!変な所触ったら殴るわよ!」
「そんな事はしないし、魔力を見る為には体を密着させていなくてはならないんだ」
抱きしめたルリアからは、柔らかい感触と温かさが伝わって来る。
膨らみかけた胸を触って見たい衝動に駆られるが、間違いなく殴り飛ばされるから止めておこう…。
それと、花のいい香りが漂って来ていた。
先程、あれだけ汗をかいていたのが嘘の様だな。
流石は公爵令嬢と言った所だろうか。
「…わ、分かったわ、好きになさい!」
ルリアは文句を言いつつも、納得してくれたみたいだ。
本当は、体の一部を触るだけで良いのだが、これは殴られた仕返しだ。
ルリアを後ろから抱きしめているから、顔の表情を見る事が出来なくて残念だが、耳が赤くなっている所を見ると、相当恥ずかしいのだろう。
ルリアには、俺が殴られた痛みの分だけ、恥ずかしい思いをして貰おうと思う。
さて、真面目にルリアの魔力を感じ取る事に集中する…。
十歳の魔法使いとしては、多い方なのかもしれないな。
「ルリア、目を瞑って、自分の中の魔力を感じ取りながら、呪文を唱えて見てくれ」
「目を瞑ったら、何処に飛んで行くか分からないわよ!」
「それは僕が何とかするから気にしなくていいよ」
「分かったわ。それでは唱えるわよ」
「全てを焼き尽くす炎よ、我が魔力を糧として火の矢に変え敵を撃ち抜け、ファイヤーアロー」
ルリアの魔法は問題無く発動し、目を瞑っていても的に命中した。
「魔力の動きはつかめたかな?」
「良く分からなかったわ…」
「それなら、分かるまで何度も続けて見てくれ」
「頑張って見るけれど、まだ抱き付いていないと駄目なの?」
「うん、駄目だね!」
「そ、そう…」
恥ずかしがるルリアを背後からずっと抱きしめ続け、ルリアの魔力が切れるまで、何度も何度も呪文を唱えさせて行った…。
今日一日魔法の訓練に付き合って分かった事は、ルリアはとても真面目だという事だった。
これならば、もしかすればすぐにでも無詠唱を修得できるのでは無いかと思えた。
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